僕は知らなかった
学校を出て数十分後、僕は家ではなく近くの墓地へと来ていた。山の麓の墓地は雨なこともあってか誰もいなかった。
閑散とした墓地の奥に僕の探すお墓はあった。
「長谷川 信久」
そこに眠る人は僕の祖父だ。じいちゃんは僕が六歳の時に病気で亡くなった。
じいちゃんだけは僕の話を優しく聞いてくれて、色んなことを教えてくれた。何をするときも僕のことを褒めてくれて、否定することはなかった。僕はそんなじいちゃんのことが大好きだった。
それなのにじいちゃんは僕に病気のことを言わずに隠していた。幼い僕に言っても悲しませるだけだと家族には伝えていたらしい。それでも僕は言って欲しかった。そうしたらじいちゃんに何かしてやれたかもしれないのに……
過去のことに何を言っても仕方がないことくらい分かっている。しかし、さっきのことでボロボロになった心は過去を否定することを止めようとはしなかった。
お墓の前でただひたすら泣いている僕に降る雨が急に止まった。
涙で歪んだ視界のまま僕は顔を上げた。そこにいたのは、学校を退学した優だった。
優は雨に濡れている僕に傘をさしていた。
「久しぶりだな長谷川。元気にしてたか」
曇りのない彼の言葉に僕は、崩壊したダムのように言葉が溢れ出した。。
「助けて。もう、僕はどうしたらいいの」
「何があったんだよ。話聞くから、とりあえず涙拭けよ」
彼の言葉に頷いた僕は目をこすって立ち上がった。
「あっちに屋根のあるベンチあるから、とりあえずそこまで行くぞ」
彼は僕にそう言い傘を渡してきた。
「でもこれじゃ優が……」
言いかけた僕の言葉に彼は「大丈夫」と言い走って行ってしまった。
僕は走る彼の後ろをついていった。
ベンチに着いて座った彼は、僕にも座るように言った。ベンチは少しだけ冷たかった。
「それで、どうしたんだ? 長谷川があんなに泣いてるなんて驚いたよ」
「ごめん。ちょっと学校で色々あって」
「どうして長谷川が謝るんだよ。気にすんなって」
彼がまっすぐな言葉で僕に話しかけるから止めたはずの涙がまた溢れそうになる。
「……ありがとう」
「学校で何があったの?」
「実は今日、進路についての面談の日でさ、話してたんだけど先生の言葉に我慢できなくなって飛び出してきちゃって……」
「あぁ、三上先生か。あの人そんな酷いこと言うような人じゃなかったと思うけど?」
そう考えるのも不思議じゃない。実際先生はいい人だし、僕たちの事もちゃんと考えてくれている。だからこそ先生の言葉が刺さったんだ。
「分かってるよ。でも、進路とか将来とかの話をされると辛くなって」
「長谷川ってさ、何がやりたいとか、こんな自分になっていたいとかってあんの?」
さっきは苦しかったのに、彼の言葉には何故か答えることが出来る。
「一応あったけど、子供の頃にすごく否定されちゃって。そこから自分の将来の事考えたりするのが怖くなってしまって……」
「そっか。長谷川がそんな風に悩んでたなんて知らなかったわ。でもさ、俺は長谷川がやりたいことをやってる方が楽しいと思うぞ」
「僕が、やりたいことを?」
そんな事言われたのいつぶりだろう。やりたいことをやっていいなんて言ってくれたのは今までじいちゃんしかいなかった。彼は、それを当たり前のこととするように話した。
「俺がさ、なんで学校辞めたか知ってる?」
「え? 問題行動で退学するしかなくなったんじゃ……」
僕がそう言うと彼は笑った。
「やっぱみんなそう思ってるよな。実はさ、俺自分で辞めたんだ」
知らなかった。噂では問題行動を起こしたから学校を辞めさせられたんだって言ってたからそれが本当のことだと思っていた。
「俺って昔から勉強苦手で、それでも頑張って勉強して、塾にも行って、テストとかでも良い成績取ってたんだけど、去年妹が亡くなったんだ」
突然の事実に何も言えずに黙り込んでしまった。
「驚きだよな。今頑張ればきっと報われるって思ってたのに、病気で妹が亡くなってからは、親も急に人形みたいに笑わなくなっちまってさ」
「そのせいで父さんが家を出ていって、それで家のこととか、母さんのこととかもあって、俺が働くしか道がなかった」
「だから、優は学校を辞めたんだ」
なんて反応するのが正解なのか分からなくてありきたりな言葉を言ってしまった。
「でもさ、俺後悔してないよ」
「働き始めてから色んな事経験できたし、色んな人と出会えた。学校にいた時みたいにずっと無理せずに、今じゃ俺がやりたいことをやれてる。だから、後悔はない」
彼の言葉は僕の心に深く刺さった。学校じゃあんなにしっかりしてても僕と似ているところがあったんだって思うとなんだか安心できた。
「優がそんな事思ってたなんて知らなかったな。やっぱり、聞かないとわかんないね」
「そうだな。俺だからこそ言えるのかもしれないけど、言いたいこと、伝えたいことがあったら面と向かって言ったほうが長谷川の想いは届くと思うよ。俺だって学校辞めて働きたいって母さんに言えたとき、少し泣いちゃったけど認めてくれたしさ」
「ありがとう。なんか、少し自信持てたかも」
これは本心だ。彼の言葉が僕を救ってくれた気がした。
「いいってことよ」
「うん。そういえば一つ気になったんだけどさ、どうして優はここに居たの?」
よく考えてみればどうして彼はこんな場所にある墓地にいたのだろう。いくら仕事だとしても雨の日にこんなところまで来るのだろうか。
「あ〜、そのことなんだけどさ。頼まれたんだよ」
「頼まれた?」
「クラスの女子から頼まれた。お前が雨の中学校飛び出してどっか行っちまったって」
クラスの女子? そういわれても思い当たる人がいない。なんたって僕はあまり女子と話してこなかったからだ。でも強いて言えば……
「もしかして、玲菜?」
皐月 玲菜。
僕と同じクラス、そしてなにより僕が昔毎日のように遊んでいた人だ。
「それは、本人に聞いてみればいいと思うぜ」
そういった彼は、少し濡れている顔ではにかんだ。
「わかった、本当にありがとね。優に助けられたよ」
「いいんだ。妹の友人からの頼みだし、俺も長谷川が元気になったんなら満足だ」
「待って、妹の友人って?」
そういった僕に彼は、
「答えは、長谷川が行くべきところにあると思うぞ」
「じゃ、また」
そうして彼は立ち上がり、走っていった。
「またね」
僕の言葉に彼は振り返って微笑んだ。僕の右手には彼の傘が握られている。
「……ありがとう」
僕の言葉は空に流れていった。
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