いちご味
期末テスト前の部活停止期間に入る頃には彼女との仲も近付いていた。と俺は思う。
休み時間も席を立たずに二人で話をしていた。
「テスト嫌だなぁ」
「でも成績いいだろ。英語とかいっつも一位じゃん」
「英語だけね…」
「俺一位なんか取ったことないよ」
そんな話から。夏休みどう過ごすか、そこまで。
「倉本さんは、夏休みどこか行く予定とかある?」
もしかして、ワンチャン。そんなことを思ったんだ。私服はどんな風だろうって、そんなこと。
「どこかはまだ決まってないんだけど、一年生の子とね。夏休みも会おうね、いっぱい遊ぼうねって話してたの」
彼女特有の小さくて聞き取りにくい声に耳を澄ました。
仲いい後輩なんていたんだ。こんな言い方すると彼女には失礼だけど、後輩に好かれるタイプには思えなかった。
彼女はお淑やかで、大人しくて、友達も多いようには見えない。女子にしては一匹狼のような、移動教室の時だって一人で移動するし。甲斐甲斐しく誰かの世話を見てやる姿が想像つかない。せめてまだ、仲のいい先輩がと言われた方がしっくりくる。
「一年ってここの?誰?」
「齋藤渉」
彼女は“一年生の子”の名前だけをスパッと答えた。
「え、あ。男?なんだ、彼氏?いたんだ」
まさか男の名前が出てるくるとは思わなくてあたふたしてしまった。“一年生の子”なんて言い方されたら女子だと思… てか彼氏…。彼氏いてあんな…。
彼女の口から出た男の名前と、夏休みはそいつといっぱい遊ぶ約束してること、普段俺に見せる思わせぶりな態度が渦巻いて目眩がした。
「ううん」
彼女が首を振った。
「まだ彼氏じゃないよ」
否定の返事にほんの少し安心したのも束の間。どんどん地獄に落とされる。
「渉くん本当に可愛いの。いつも先輩、先輩って駆け寄ってくれるんだけど…」
彼女は周りを見渡して、少し前のめりになって話を続けた。
「あのね。この間『先輩じゃなくて名前で呼んで』ってお願いしたの。そしたら『紫織ちゃん』って顔真っ赤にして私の名前呼ぶのよ」
「……」
「ね、可愛いでしょう?」
口元に手を当ててクスクス笑った。
聞いてもいない話をつらつら。倉本ってこんなにハキハキ喋れたんだ。ずっと綺麗だと思っていた存在が急に歪んで見えてきた。
「はい、どうぞ。三つ取って」
「3個も?なんで?」
「んー…口止め料かな?渉くんの話、君にしかしてないから。特別に」
「…それはどうも」
巾着袋の中をちらっと覗いて、パッと目についた赤色、いちご味を3個摘んだ。
「本当に好きだね」
「まぁ、好きというか。…そうだな」
いちご味を持つ俺の手を見て彼女は幸せそうに口角を上げた。彼女が小さく手招きをして、口元に手を添える。身を傾けて耳を寄せた。また、彼女特有の小さな声。そっと耳打ちされた。
「そのいちご味、渉くんも好きなの」
ぐるりと胃が持ち上がって落ちるような、気持ち悪い浮遊感がする。これまでに食べたいちご味を思い出しては吐きそうになった。
いつもの赤とは真逆。真っ青に染まった俺を、彼女は悪戯に笑った。
「取っちゃだめだよ。私の渉くん」
ニィと目を細めて唇を伸ばした。色めいた、初めて見る笑顔にクラクラ、世界が揺れた。
▽
次の日からも彼女は俺への態度を変えなかった。ずっと楽しそうににこやかに、何かにつけて巾着袋を広げて見せる。
俺は赤色だけを避けて選ぶようになった。
期末テストの結果は散々。赤点なんて初めて取った。次の席替えでは一番前の端、彼女は一番遠くに行ってしまった。時折気になって後ろを見ても、新しく隣の席になった奴に黄色の飴をあげる彼女が遠くにいるだけ。
何が運命だ。
彼女 風鈴 @wind_bell
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます