第3話 俺達は交わらない

「……いや、辞めておこう」


 俺は静かに言った。そんな俺の答えに、寂しそうに笑いながら言う広田。


「あーあ、フラれちゃったか」


 河岸を変えて2人になるのには同意しなかったが、それでもこの場で話したい事はある。どう切り出したのか思案していたが、先に広田が口を開いた。


「……私さ、離婚したんだよね。子供もいるんだ」


ついさっき聞いた話だが、改めて広田の口から言われるとじくり、と胸が痛む気がする。この歳で改めて失恋の痛みを痛感するとはやはり俺もクソザコ童貞という事。


「そうか」


すっかり味のしなくなったビールを飲みながら言う俺に、広田が笑っている。


「大変だったな、とか、ドンマイ、とか何も言わないんだ」


「……結婚や離婚を知らない俺が何言っても嘘っぽいだろ」


「ノブはそう言う所はなんていうか昔から変わらないねぇ」


 そんな俺を懐かしむように、遠い過去を眺めるような表情をする広田。無味のビールを飲んでから、そんな広田に言葉を返す。


「俺は昔から捻くれ者だからな。だからまぁ、俺に言えることは……頑張ったんだろ、広田」


 そんな俺の言葉に目を見開いた後、少しだけ目尻に涙を見せる広田。


「ずるいなぁ。そう言う事言っちゃうからノブは……。あーあ、ノブと付き合ってたらなぁー」


 テーブルの上にのせた自分の腕の上に顎をのせながら俺を見上げてくる広田。


「……ねぇ、やっぱり抜け出さない?」


「いや……俺は……」


 だが、言葉を濁したり、お茶を濁せば、広田を余計に傷つける気がした。


「俺は……いや、俺も広田の事は好きだったし、今でも改めて可愛いと思う。けど、俺には覚悟が足りない」


「……覚悟?」


 俺の言葉に、言葉の意味をはかりかねる、とでもいうように悩む様子を見せる広田。


「……父親になる覚悟だよ」


 その言葉をひねり出した後は、喉がカラッカラになっていたので、ちょうどきていたおかわりのグラスからビールをまた

口に流し込む。


「今のこういう雰囲気とか空気もある。お前とそういう関係になりたくないわけじゃない。……けど俺はまだ、子供の父親に慣れる程大人になれてない。広田とそう言う関係になって付き合うってなったその先、子供の父親が出来るほど俺はまだ大人じゃない。だから軽率な事はできん」


 上手く伝わったかはわからないが、俺なりに精一杯、正直に答えたつもりだった。


「ノブはさー、本当真面目というか、馬鹿正直だよね」


 そう言って、あの頃のような、あの頃毎日のように見ていた表情でルージュラが笑っていた。


「うん。でもそういうのってノブのいいところだと思う。でも、あー、やっぱりうまくいかないねー」

 

 寂しそうな広田に、すまん、と謝るしかなかった。


「謝まんなって。……やっぱり付き合うならノブみたいな奴じゃないとだめだったなーって思ってるだけだし。それじゃその代わりに私の愚痴、聞いてもらえる?」


「それぐらいならいくらでも」


 それから広田は高校から大学に入っての事を、くだをまきながら愚痴った。高校の間付き合っていた先輩は、一年先に大学生になったあとあっさり浮気したので広田が高3の時に破局。

 大学生になった広田が入ったサークルで新しい恋人ができたが子供が出来るとトンズラをしようとしたので親同士の話し合いで決着し、お互い学生結婚として大学生の間は両親の援助で生活するという形で結婚したものの、一年足らずで旦那浮気が発覚し離婚。


「私の男を観る目がなかったんだわ、わははは」


 なんて自嘲気味に笑うが、どんな理由があれ少なくとも浮気する方が悪いと思う。

 今日はお母さんが子供の面倒を見てくれているので、成人式という事で羽を伸ばすことが出来ているが普段の毎日は中々慌ただしくて大変なようだ。広田が言う“大変”という短い言葉に込められた九郎は、俺のように実家暮らし学生で休日は元気にカドショで環境デッキでシャカパチしながらソリティアするような奴には、到底理解できないような事なのだろう。


「……今までの良い事も悪い事も全部ひっくるめて今の広田を作ってるって思えないか?お前がそういう経験をしてきて形作られた今の広田だから、俺は今日、改めて素敵だと思ったんじゃなかろうか。中学の時よりずっと大人で綺麗になってると思うぞ」


 そう言う俺の言葉に、はー、と息を零す広田。


「お誘い断っといてそう言う事いうの本当にノブお前って感じだよもぉー……ねぇノブ、やっぱ2人で抜け出さない?」


「抜け出しませんぞ」


「ちぇっ、ダメかー。でも語尾がですぞのその赤い毛むくじゃらは単体では何もできないので緑の恐竜のおこぼれに預かるだけのヒモ、弱者野郎よ」


「赤い毛むくじゃらさんに謝れ」


 それから、俺と広田は飲み会の片隅で、お開きになるまで話に花を咲かせた。

会計を終わらせた後、家まで送って行こうか?と言ったら「送り狼になってくれるなら送ってほしい」と言われたので閉口した。


「冗談だって。大通りに出たら兄貴が迎えに来てるから大丈夫。……今日はすごく、楽しかったよ。ありがと、ノブ」


「おー、俺もだ、いろいろ話せて楽しかった。……無理するなよ」


「そこで頑張れよとか無責任な事じゃなくて無理するなよとかいうからノブはさぁ、お前本当さぁ、この、この、この!」


 顔を真っ赤にしてゲシゲシと俺の腹を殴ってくる広田に笑ってから、去っていく広田の背中に手を振った。


「じゃあね、ノブ」


「……おたっしゃで」


 最後に交わした言葉はまたね、ではなくサヨナラ。

歩き去る広田の背中が見えなくなるまで見送っていたが、広田は振り返ることなく歩いていった。


「ふー、寒いな」


 日付の変った真冬の夜空を見上げながら、俺もまた家に向かって歩き出す。

中学の時から心に残っていた恋が、やっと終わった。初恋の棘は抜けず、結局心に残ったままだったけど、それでも今日ルージュラと話せてよかったと思う。

もしかしたらルージュラも俺と話すためにここにきていたのかも、なんて今になって振り返れば思う。

 俺がそうだったように、ルージュラも心のどこかに残っていた子供の頃の恋心に区切りをつけに来たのかもとしれない。


 もしあの時一歩踏み出していたら――――俺の隣にはルージュラがいた未来は確かに存在した。けれど、そうはならなかった、それだけの事。

 でもこれで少しだけスッキリした。

 きちんと終わらせることができたから、俺も次に進める、と思う。


 ティーンエイジャーだったころの恋愛なんて、結局そんなものなのだ。二次創作のような華やかさも派手さもない。ただ、振り返れば後悔するような事がたくさんで、今よりも未熟だった自分の反省点しかない。

 後悔はある。けれど、後悔するだけでなく、その経験を糧にして成長していくことが大事なんじゃなかろうか。


 今日も童貞、明日も童貞。いいじゃない、童貞だもの。そんな風に一人でツボに入って笑う。

 勿体無いことしたなって?わかってるよそんな事。多分10年たってももったいないことしたなって後悔すると思うけど納得したんだから、こまけえことはいいんだよ!ってね。


とりあえず今日は、散々視界に入ってきたルージュラの暴力的な谷間で賢者タイムになるか、と思いながら。―――――そしてその日は帰ってから滅茶苦茶賢者タイムしましたとさ。

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