第2話 間の悪い両片思い
「それじゃあらためて、カンパーイ」
「おーう」
飲み会の中でも人の少なくなった区画で、俺と広田は2人だけの乾杯を交わした。
「いやー、あのハゲデブドドリアがシュッとしちゃってまぁ」
「滅茶苦茶失礼言うなよ」
ハゲデブドドリアだったのは高校までの話なのだよ?しかし、ここに来るまでに既に出来上がっていたのか、普通に失礼なことを言ってくる広田だが、よくよく考えたらあの頃もこんなやり取りを毎日していたのであまり違和感はなかった……むしろ懐かしいというか、昔に戻ったような気がしてかえって落ち着いたくらいだ。実家のような安心感ってやつ。
今日の成人式の感想やら、誰と会っただとかの世間話からはじまり、中学の時の思い出話から今の話へと話題はあっちこっちとめまぐるしく変わる。そんな中で広田が、俺を見ながら言葉を零す。
「っていうかなんかノブ本当にかっこよくなったね。モテるっしょ」
「……そうでもねーよ」
褒められて悪い気はしないが、なんとなく広田に軽い男だと思われるのはなんだか嫌だったので否定しておいた。そんな俺を、ふーんと言いつつ興味深そうに見る広田。それから、うあー、と机に突っ伏して伸びをしながらのっぴきならないことを言う。
「はー、マジ失敗したなー。あの時ノブに告っておけばよかったわ」
「あぁ?」
告る?お前が、俺に?
「何の話だよ」
「……卒業式。中学の。あの時告ろうかって思ってたの」
「マジかよ」
……俺もそう考えてはいたのだ。中学の卒業式、俺は男子ばかりの工業高校に進学し、広田は共学の普通高に進学する予定だったし、学区も遠い。中学を卒業しても広田と遊びたかったし、彼女になってほしい……と思う気持ちはあった。
だが結局、2人きりになるタイミングを見つけられず……というのは言いわけで、勇気が出なかった俺は告白するのを辞めたのだ。
何せリアルに中学生だ、仕方がない。ラノベや漫画やアニメのように、好きになったから告白!なんて簡単に出来るほど、現実は甘くない。勿論それも今となって振り返れば俺が臆病だっただけなんだけれども。
「うわ、何その顔。もしかしてノブもそうだったの?」
「悪いかよ」
「うっわああああああああああああああ20年生きてきて人生で一番ショックだわマジかよ言えよ告れよ秒でOKしてたし」
机に顔を伏せたままの広田の、容赦ない言葉がデンプシーロールのように俺の心にめり込んでくる。広田がバツイチ子持ち、だというさっきの話と共にじわじわと。この美人の広田が、もしかしたら今俺の彼女になっていたかもしれないと思うと後悔したくなる。あの時に戻れたら告白してるのに。でも、そんな都合の良い展開になんてならないし、いくら悔やんでも――――もう遅いのだ。
「はー、マジうまくいかないなー」
そう広田が呟いた言葉はは俺との事か、それとも自分の人生か。俺にはわからなかった。
「でもそれならなんであの時俺の告白断ったんだよ」
それは高校一年生の夏の日。駅前通りで歩行者天国がある夜の日の事。ホコ天に向かう前に寄り道がしたくて少しだけ早く家を出た俺は、駅近くの行きつけの本屋で広田と再会したことがあった。実は高校に進学してからメールのやり取りはしていたが、なんだかんだで会うタイミングがなくてその時が、中学卒業してから初めて広田に会った日でもあった。
俺は、少しだけ髪が伸びていたが広田を見間違えず声をかけた。話しかけた広田はパァッと花の咲くような笑顔の中に、ほんの少し悲しそうな顔をみせたのが不思議だったが。
その時、話が盛り上がって近くのコンビニでシャーベットを食べながら30分ぐらいは話しこんだと思う。そうして席を立ち、去ろうとする広田を追いかけて、コンビニの外で咄嗟に言ったのだ。確か―――
「「ルージュラ俺と付き合ってくれ」」
俺と、顔をあげて言った広田の言葉がハモった。少しだけ顔を見合わせて笑う。
「いやー、なかったわー。ムードも雰囲気もへったくれもない告白とかなかったわー。しかもまずタイミングがなかったわーしかもルージュラ呼びとかもないわー」
さらにフルボッコをする広田。しかたないだろう咄嗟の事だったんだから、とは言うまい。
「っていうか言うのが遅いんだよ卒業式に言ってほしかったし。それかもっと早く、あ、いや私も卒業式に告れなかったからダメなんだけどさぁ」
そういう広田の微妙なリアクションに俺が言葉に迷っていると、その時を思い出すように、天井を見上げながら広田が言った。
「高校に入ってからさ、先輩にめっちゃアタックされて告白されて付き合い始めたんだよね。それでノブと会う少し前に……まぁ、大人の階段昇っちゃったのね」
その言葉で色々と察するところがあった。
あの時微妙な表情をしていたのは、彼氏ができて、もう“シて”しまった後に、そんなことを言われたからだったのか。そりゃ本当に、もう遅い。
「だからあの時、“私たちそういう関係じゃないっしょ”っていって俺の告白断ったのか」
「当たり前じゃん、彼氏に悪いし。確かにノブの事は好きだったけどさ、私なりに色々考えて先輩と付き合う事にしたんだし、付き合ってる自分の彼氏がまずは優先じゃん?」
「そりゃそうだな、違いない。俺が遅かったわけだ」
はー、マジで卒業式がターニングポイントだったんだなー、今さら言っても仕方ないけど。現実はままならないし、上手くいかないものである。タイムリープとかそういう便利なご都合機能もない。失敗しても、やり直しなんて聞かないのである。
「ま、ね。卒業式の時はめぐちゃんがノブと竹林君を天秤にかけてて行き来しながら他の女子を牽制してたから微妙にノブ近寄れなかったのもあるけどそれはまぁ、臆した私が悪い。その後結局竹林君にいったのはなんなんだよって感じだけどね。あぁ、めぐちゃんはノブと竹林君のどっちもが好きでどっちに告白するかずっと悩んでたんだよ」
「うわ、マジかよそれ初耳だわ。つーかあの頃のデブの俺に告ろうとか、今更だけどお前も中村さんもすげーよな」
中村恵美さんも俺の中学時代の同級生の女子で、竹林君はヤリチンで有名な不良だったなぁ。確か二年の時に女子ヤリ捨てして泣かせたり屑ムーブ無双してたよなあいつ。しかし中村さんなぁ、そのあたりも初耳だけど聞きたくなかった。というか聞かずに居たかった。
「ノブは優しかったし面倒見良かったからね、顔も贅肉でプルプルなだけで可愛い顔だったし。そう言う所は女子受け悪くなかったよ。ハゲでデブじゃなかったらなぁって死ぬほど言われてた」
「ハゲじゃねぇよ丸坊主にしてただけだよデブは否定しないけど」
そんな話をしていると、だんだんと喧騒も減って行っていた。みると、幹事にお金を払って二次会を抜け出していく、成立したばかりのカップルもちらほらと見える。
「ねぇ、ノブ。私たちも河岸変えない?」
背後からはイチガキのいびきの音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます