第9話 花嫁の未来
シェリルはベアトリスが厄神の修道院へやってきたことに驚いたが、まずは受け入れ話を聞くことにした。
マルティナとライラは警戒しているのか、シェリルが来た時以上にベアトリスに対する態度が冷たい。これからはシェリルが取り持つように間に入るしかないと思った。
ベアトリスはシェリルと同室なので、荷物を置いてベッドを整える。修道服に着替えながらシェリルへ問いかけた。
「ねえ、あんたは生贄になったのではなかったの?」
「はい、それが厄神様の花嫁に認定されまして、今は極上の花嫁になるため鍛錬中なのです」
「はああああ!? なによそれ!!」
それはシェリルも強く思っていることなのだが、これが現実なのだから仕方ない。生贄として役に立たないと思った時はどうしようかと思ったが、新たな目標ができてやる気は十分なのだ。
「そうだわ! ベアトリス様、よろしければ以前のように私を鍛えてくださいませんか?」
「はあ!?」
「恥ずかしながら花嫁としての鍛錬がまったく追いついていないのです。ベアトリス様の鍛錬が一番私の心を強くしてくれましたし、クレイグ兄様の妻として活躍されていましたから学べることがたくさんあると思うのです!」
キラキラと新緑の瞳を輝かせたシェリルは、グイッとベアトリスに近づく。引きつった笑みを浮かべるベアトリスは、気持ちをぶつけながらシェリルの肩を強く押した。
「いい加減にしてよ! なんでここまで来てあんたの鍛錬に付き合わないといけないわけ!? それに花嫁なんて見え透いた嘘をつかないでよ!!」
「あっ」
バランスを崩して倒れそうになったシェリルを、温かいものが包み込む。
「シェリル、大丈夫か?」
耳元に聞こえてきたのは夫であるセイランの甘い声音だった。
背中から抱きしめられて、こんな風に囁かれたらシェリルは心臓がバクバクと鼓動しはじめて変な汗をかいてしまう。
「セ、セイラン様! だだだ、大丈夫です!」
シェリルは直立不動でビシッと立ち、問題ないことをアピールすると「くくくっ」とセイランのこらえるような笑い声が聞こえてきた。
(ああ、やはり妻としてはまったく役立たずだわ……! ここは是が非でもベアトリス様に鍛錬をお願いしなければ!)
もう一度ベアトリスにお願いしようとして、視線を向けるとポーッとした様子でセイランを見つめていた。
「ね、ねえ! 貴方、名はなんというの!? こんなに見目がいいなら、わたくしの侍従として使えることを許して差し上げるわ!」
ベアトリスの言葉にシェリルは青くなる。
神を侍従にしてあげるなど、いくらセイランが厄神だと知らないとはいえ、無礼すぎる発言だ。
「ベアトリス様。あの、大変申し訳ないのですが、こちらが私の夫である厄神様なのです」
「へ? 厄神? だって、厄神は封印されているでしょう?」
「はい。封印されていたのですが、私が祈りを捧げたら封印が解けまして花嫁に認定されました」
「……え、それ本当なの?」
「はい、事実です」
シェリルとセイランを何度も交互に見て、ベアトリスはだんだんと眉間に皺が寄っていく。ようやく頭の角や黒い翼も視界に入ったのか、ベアトリスはセイランが厄神の姿形そっくりだと理解したようだ。
そこへセイランが決定的な追い打ちをかける。
「シェリルの話していることは事実だ。なんなら我が妻に手を出した天罰を与えるが?」
「ふんっ、厄神がなによ! わたくしは豊穣と慈愛と叡智の神から祝福を受けているのよ! 厄神なんて跳ね除けてやるわ!!」
それはベアトリスが王太子妃に選ばれた理由でもあった。神々からの祝福を受けたベアトリスは、カレンベルク王国に豊かさをもたらすと考えられていた。
だが、それはあくまでも人間の考えだ。
「だからなんだ? それらは俺より格下の神だ」
「ぎゃあっ!!」
セイランの金色の瞳が光り、室内なのにベアトリスに雷が落ちた。ほんの少しだけ床が焦げて、ベアトリスからはゆらゆらと煙が上がっている。
神の世界では物質的な豊かさをもらたすのは下位の神で、時間操作や転生、幸運など目に見えない祝福を授けるのが上位の神となっている。
幸運の祝福を授けるセイランは、ベアトリスが祝福を受けた神々よりも格が高いのだ。
「セイラン様、私は大丈夫ですから、天罰はもうやめてください」
「シェリルがやめろというなら仕方ない」
「ひぃぃぃ! も、申し訳ございませんでしたー!!」
シェリルはベアトリスが自ら額を床につけて土下座するのを初めて見た。驚いていると、セイランが静かに言葉を続ける。
「では今後はシェリルに手を出すな。鍛錬だと言って愚弄するな。態度を改めシェリルの希望を全力で叶えよ。そうしたら天罰は下さないでやる」
「はいっ! 承知いたしました!!」
「えっ、では、極上の花嫁になるための鍛錬にお付き合いいただけますか?」
「はいっ! 喜んで!!」
シェリルは頼もしい夫の後押しで、極上の花嫁になるためベアトリスの協力を得ることができた。
「公爵令嬢だかなんだか知らないけど、ここじゃ自分のことは自分でやるんだよ! 食べた皿は自分で下げて洗いな!!」
「はいぃぃぃ!」
「ねえ、昨日のお風呂入った後湯船洗ってないでしょ? 最後の人が洗うルールなんだからちゃんとやってよ」
「ごめんなさいぃぃぃ!」
ベアトリスは公爵令嬢として育ち、王太子妃となったため生活力が皆無だった。そのためマルティナとライラから厳しく教えを受けている。
「まああ! ベアトリス様が身をもってダメな例を見せてくれているのですね! とても参考になりますわ!」
「うーん、まあ、シェリルが楽しそうなら、それでいいか」
こうして厄神の修道院で賑やかに、楽しく時が過ぎていく。
修道院の畑では野菜の収穫量が増えて、シェリルが山で魔物を捕まえてくるので、マルティナとライラは日に日に魔力が増大している。
シェリルはセイランの花嫁として鍛錬を重ねて、少しずつ妻として役に立てることが増えてきた。
セイランはシェリルが恥ずかしがるのがたまらなくかわいくて、ついつい甘い言葉を囁いてしまう。
(なにがあっても、俺は二度とシェリルを手離さない……たとえ、俺を憎むことになったとしても)
魂の伴侶となった人間がどんな人生を歩むのか、それは神様にもわからない——
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最後まで読んでいただきありがとうございます!
この作品は『嫁入りからのセカンドライフ』中編コンテストに参加しています。
そのため中途半端な終わり方になっていますが、ご理解いただけるとありがたいです。
スケジュールの調整がついたら長編にしてみたいなとは思っていますが、いつ頃になるか未定です。
もしここまで読んで、少しでも「面白い」「応援してやるか」と思われましたら、フォローや★★★などで評価してくださると嬉しいです!
少しでも皆さんに楽しんでもらえる物語を執筆したいと思っていますので、今後も応援よろしくお願いいたします<(_"_)>ペコッ
厄神の花嫁は極上の生贄王女〜厄神ではなくて実は幸運の神様でした! これでもかと溺愛されて気がついたら女王になっていました〜 里海慧 @SatomiAkira38
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