第8話 ベアトリスの失脚

 ベアトリスは己の欲望に忠実だった。


 欲望のままに王族たちを操り、ベアトリスが一番だと確かめるように傲慢でわがままに振る舞った。


 だが、そんな様子をなにも言わずに見過ごすほど、カレンベルク王国の貴族たちは無能ではなかった。


「宰相殿、ベアトリス殿下のことでご相談が……」

「ああ、私もだ。さすがに、この状況を国王陛下が許されているのはおかしい。そうだな、今夜私の執務室へ来てくれ。他にも何人か集めよう」


 宰相であるスペンサーは、この国の破滅を黙って見ているわけにはいかない。二億もの民の命がかかっているのだ。それに、厄神の生贄として気高くその身を捧げたシェリル王女の犠牲を無駄にしたくない。


 スペンサーの執務室へ集められたのは、騎士団長ニコラス、魔道士団長キリア、それと先ほど声をかけてきた筆頭公爵家のロートレック公爵だ。


 集まったメンバーは宰相をはじめ、国を運営する上で実務をこなすトップである。


「今の王家について、率直な意見を聞きたい」


 スペンサーの声かけにまずはロートレック公爵が口を開いた。


「私は、何者かに王家が操られているのではないかと考えている。実は王妃様からベアトリス様の予算について調査を依頼されたが、報告した際は王太子妃の予算が多すぎると言っていたのに、翌日にはコロッと意見を変えたのだ。王妃様がこのように判断を覆すのはおかしい」


 誰もがロートリック公爵の話に頷いている。続いてニコラスが言葉を続けた。


「俺も同感です。それに、シェリル様を厄神の修道院まで送り届けた護送騎士にも話を聞きましたが、しっかりと役目を果たそうとしていたそうです。先日のベアトリス様へ反抗したというのも、ご本人の証言のみで物証はありません」

「あー、なるほど。僕、わかったよ」


 ここまで無言を通していたキリアが、ニヤリと笑う。言葉使いはフランクだが、圧倒的な知識量と天才的な魔法の腕に間違いはない。それゆえ態度に関しては不問とされている。

 キリアは三人の視線を集め、楽しそうに語り出した。


「あのね、ベアトリス様が身につけているピンクの魔石が嵌められたネックレスはわかる?」

「む、そんなものをつけていたか?」

「言われてみれば……いつも同じ宝石をつけていたような」

「ああ、そうかもしれない」


 貴族女性のアクセサリーまでは気を配っていなかったので、キリアの問いかけでようやく思い出せるくらいの記憶だった。


「あれね、魅了の効果が付与されている古代の魔道具だよ」

「なんだと!?」

「では、王家は魅了魔法にかけられているのか……!?」

「王太子妃がそんな魔道具を身につけていたら大逆罪だぞ!!」


 スペンサーたちはここ最近の王族の様子がおかしい理由に合点がいく。それからベアトリスの生家であるイルクナー公爵家を密かに調査する算段を立てはじめた。


「でも、おかしいなあ。あの魔道具は魅了魔法の成功率が二分の一だったはずなんだけど……。失敗した時点で魅了魔法が解けるから、よっぽど運が悪くない限り、当たりを引き続けるはずないんだけどな」


 首をひねるキリアの言葉は、スペンサーたちの白熱した議論にかき消された。




     * * *




「ベアトリス、なにかいいことがあったのか?」

「ロジェ様、わかる? ふふふ、お義父様が今度宝物庫から好きなものをくれるっていうの」

「父上、それはずるいですよ。僕の妻がかわいいのはわかりますが」

「仕方ないであろう。ベアトリスのお願いは断れんのだから」


 庭園の東屋でベアトリスは王族に囲まれ、ニコニコと機嫌よく笑っていた。

 左隣には夫のクレイグ、右隣には義弟のロジェ、正面には国王夫妻がかけて、王太子妃ベアトリスへ光のない瞳を向けている。


「でも、あれくらいの宝石でないとベアトリスの美貌に負けてしまうわね。王家の華らしく、もっと特別なものでないと」

「ううむ、いっそ宝物庫ごとくれてやろうか」

「まあ、お義父様、嬉しいわ!」


 そんな穏やかな空気をぶち壊したのは、突然目の前に現れたキリアの声だった。


「うっわー、ひどいね、これ。さて、国王陛下、そろそろ目を覚ましてください」


 そう言うと、キリアは国王たちに黒い魔石が嵌め込まれたバングルを一瞬でつけていく。それが合図なのか、わらわらと魔道士と騎士たちがやってきてベアトリスのいる東屋を取り囲んだ。


「ちょっと、なんなのよ! 今は王族以外ここに入れなはずなんだけど!?」

「はいはい、罪人は黙っててください」

「なんですって!? 誰が罪人よっ!!」


 ベアトリスは無礼な態度を取るキリアを排除しようと、胸元の魔道具に魔力を流していつも通り国王にお願いをした。


「お義父様! この無礼者たちを処分してください!」


 いつもなら一瞬の沈黙の後に、すぐにベアトリスの言葉のままに動くのだが、この時は違った。


 ——バチンッ!!


 なにかが弾かれたような音がして、次第に国王の瞳に光が戻っていく。

 ハッと我に返った国王は、キョロキョロと辺りを見渡した。


「私は、なぜここにいるのだ……?」

「えっ、お義父様? あの、この無礼者を処分してください」

「……無礼者だと? いったいどうしたというのだ?」

「陛下! ようやく目を覚まされましたか!!」


 騎士の間からスペンサーが駆け寄り、国王の前に姿を見せた。そして、ベアトリスの所業を明らかにしていく。


「陛下、実はベアトリスはイルクナー公爵と共謀して、王族に対して魅了の魔道具を使用していたのです。その黒い魔石のバングルは古代の魔道具を改良したもので、魅了の魔法を防ぐ効果があります」

「なっ、なんだと!?」

「間違いないよ。そのピンクの魔石のネックレスは、相手の視界に入れて魔力を込めれば魅了効果が発揮される。それで今までみんなを操ってきたんだよね? それに、危うく宝物庫の中身が全部、その女の物になるところだったし」


 キリアの言葉で、国王はみるみる顔を真っ赤にして久しぶりにまともな命令を口にした。


「この悪女を捕まえて、牢屋にぶち込め!! イルクナー公爵家は取り潰しだ!!」

「嘘! 嫌よ、嫌あああ! わたくしは王太子妃なのよ! わたくしこそが、一番なのよ!!」


 ベアトリスの叫びは庭園に響き渡り、可憐に咲き誇る花たちを微かに揺らした。だが、騎士たちに捕まり手枷をつけられては、まともに身動きすら取れない。


「助けて、クレイグ! ロジェ様! ねえ、王妃様も助けてよ!!」


 そのまま首の根本を容赦なく掴まれて、涙に濡れた顔は地面に押し付けられた。


「うぅ……あれ? ベアトリス、どうして……?」

「あー……頭が痛い……。というか、ここはどこだ?」

「はっ、あら? わたしはここでなにをしていたのかしら?」


 クレイグたちも魅了の魔法が解けて、現状を把握しはじめる。国王とスペンサー、それからキリアからの説明でベアトリスの所業が明らかになるにつれ、ベアトリスへ向ける視線は冷めたものになっていった。


「まさか……そんな悪女を妻にしていたなんて、信じられない」

「くそっ、この頭痛は好みでもなんでもない女に抵抗していた証なのか。どうりで正気に戻ったら気分が悪いわけだ」

「ありえないわ……! わたしを都合のいいように操るなんて絶対に許せない!!」


 すべてが明るみに出て、ベアトリスはなにもかも失った。魅了の魔道具のネックレスもキリアに取り上げられて、自分を守るものはなにもない。


「待って! わたくしは父に言われた通りにしていただけなの! わたくしはなにも悪くないわ!!」

「反逆者の分際で黙らんか! お前のような強欲な女は王都から永久追放だ!! 王太子妃を処刑するには外聞が悪から、そのまま厄神の修道院に送ってやる! 骨になるまで祈りを捧げて償え!!」

「そ、そんな……! どうして、どうしてよおおお!!」


 しかし、すっかり魅了魔法が解けた国王はベアトリスの所業を揺るはずもなく、厄神の修道院送りとなった。

 イルクナー公爵は大逆罪を問われ家門は取り潰しになり、公開処刑された。


 そのゴタゴタの中、キリアは楽しそうに笑い魅了の魔道具を掲げて魔導士団の団長室でじっくりと調べている。


「うーん、やっぱり僕の読み通りなんだよなあ。確率的にあんなに当たりを引き続けるはずないし。……まだ、なにかありそうだなあ」


 キリアは気になったらそのままにはしておけない。その探究心こそがキリアを今の地位に押し上げた。


 そこでキルアは今回の報奨に無期限の休暇を申請し、謎解きの旅へと出たのだった。



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