第2話 生贄王女の断罪
その日もシェリルはいつも通り過ごしていた。
けたたましい足音と共に扉が開かれ、今日はどんな鍛錬かと期待が膨らんだが、入ってきたのは四人の騎士たちだった。
あっという間に手枷と足枷をつけられ拘束された上、
シェリルはそのまま塔から連れ出され、目を白黒させた。
(待って! 私、塔から出てもいいの!?)
シェリルの動揺など無視したまま、騎士たちは国王の待つ謁見室までシェリルを連行していった。
絢爛豪華な国王の謁見室に入り、シェリルは目がチカチカするのをこらえていた。人もたくさんいて緊張のあまり心臓が潰れそうだが、これは規模の大きな心の鍛錬なのだと考える。
質素な部屋しか知らないので、どうしていいかわからないので騎士におとなしく従った。
近衛騎士に引き渡されたシェリルは引きずられるようにレッドカーペッドを進み、王座に座る国王の前へ騎士に乱暴に床へ抑えつけられる。
「シェリル・ド・カレンベルク。お前は王太子妃ベアトリスへ何度も暴言を吐き、さらには口汚く罵った」
国王の謁見室で厳かな空気を震わせ、部屋の主人はシェリルの罪を明朗に読み上げた。
隣の椅子には王妃が座り、両サイドには王太子夫妻と第二王子の顔もある。さらに国中の高位貴族たちもずらりと並んでいた。
罪状はシェリルにとって身に覚えのないことだったが、この場での反論は許されていない。
シェリルは弁明の機会さえ与えられず、ただ現状を受け入れる選択しかないのだ。鍛えられた騎士の拳が背骨に当たって、シェリルは痛みに眉根を寄せた。
それをシェリルが悔しくて顔を歪めたものと勘違いして、国王は氷のような視線を娘へ向ける。
「生贄の王女でありながら無謀にもベアトリスに反抗し、王族の役目を放棄した罪は重い」
国王の瞳には娘であるシェリルに対してゴミでも見るような視線を向けている。さらに罪人を裁く為政者としての冷酷さが浮かんでいた。
「よって生贄として厄神の修道院へ直ちに送る。終焉の地で己の罪を詫びるがよい」
シェリルは信じられない思いで目を見開いた。
(——厄神の修道院へ送る。つまり生贄として命を捧げろということ……!?)
厄神の修道院へ送ると言うが、本来ならまだ二年ほど心の鍛錬をする必要があるのに、どこをどう勘違いされたのかシェリルは誤解を受けてしまったようだ。
シェリルにとっては予定が早まっただけなので、特別悲しむこともない。むしろ不要な存在だと言われ続けたシェリルが、やっとこの国の役に立つのだから歓喜しか感じない。
(まあ、まあああ! 私、やっとお役目を果たせるのね……!!)
シェリルは嬉しさのあまり瞳が潤んだ。
こんな形ではあるけれど、思いがけず夢が叶ってシェリルは感極まっている。
瞳からこぼれ落ちた雫がシェリルのなめらかな頬を伝っていくが、誰も歓喜の涙だと思っていない。
「今さら後悔しても遅い! 命をもって罪を償え!!」
国王の一喝でシェリルは近衛騎士に連れていかれるが、その足取りは羽のように軽く、あまりにも抵抗がなさすぎて近衛騎士は困惑する。
シェリルはすでに最後の旅へと心が向いているので騎士の様子は気にもとめないし、ワクワクしながら謁見室を後にした。
ネズミが走り回る牢屋に入れられても、シェリルは気持ちが高揚したままだ。手枷も猿轡も外され、初めて来る場所にも興味津々である。
「ふんっ、お前のような悪女には薄汚れた牢屋がお似合いだ! ネズミとでも一緒に寝てろ!」
「はい、そういたします。ご提案いただきありがとうございます!」
「その強がりがいつまで続くか見ものだな! ざまあみやがれ!」
シェリルの興味はすでに別のところに移っていたが、看守たちの言葉は微笑みを浮かべて受け止めた。
それに牢屋で過ごすのが新鮮でネズミがどこから出入りしているのか、備え付けられているベッドは真っ白なシーツで包まれていて、本の中でしか知らない情報が目の前にあり気になって仕方ない。
(まああ、牢屋とはこういうところなのね! 壁は同じような感じだけど、ここのベッドの方が寝心地がいいわ、天国かしら! ネズミさんに餌付けしたらペットにできるかも……?)
「厄神の修道院へ明日の早朝に出発だからな、今晩はここで泣き叫んでろ!」
明朝すぐに出発できると聞きシェリルは嬉しくて狂喜乱舞しそうだった。歓喜に震えていると、それを恐怖したのだと勘違いした看守たちが満足げに引き上げていく。
シェリルはさすがに牢屋で騒いではいけないと思い、心の中だけでのたうちまわった。
(まあああああ! 明日が楽しみだわ……! ついに人生最後の旅に出られるのね!? 道中の景色を堪能して、それからもしかしたら野宿も経験できるかもしれないし、どんな経験ができるのかしら……!)
喜びに震えていたが、これまでの厳しい教育がシェリルの脳裏を掠める。
どんなに厳し言葉でも、どんなにきつい態度でも、シェリルは笑顔で受け止めてきた。ひたすら忍耐を続け心を鍛え、厄神の生贄となるべく努力し続けてきて、ようやく報われる時が来たのだ。
(そういえば、とんでもない誤解を受けていたようだったけれど、私なにかしてしまったのかしら?)
ベアトリスに反抗しただの、生贄の役目を放棄しただの、まったく心当たりのないことを言われていた。最後にベアトリスに会ったのは、土下座した時だ。
(あ! もしかして私の動きが鈍かったから誤解を招いたのかも……)
今頃気が付いても明日には出発だしどうにもならないと、さすがのシェリルもあきらめた。
明日に備えて休もうとシェリルはベッドに横になる。
ふわふわとした感触が気持ちよくて、つい何度も寝返りを打ってしまう。その度にギシギシと音がして、どこかの牢屋から「うるせえぞ!!」と怒鳴られた。
すぐに謝罪したら静かになったので、シェリルはそっと瞳を閉じる。
(厄神の修道院はどんなところなのかしら。山奥にあると読んだけれど、山はどんなところで、どんな景色なのか考えただけで眠れないわ。いけない、明日は出発だから早く寝なければ……)
シェリルは明日からの自由を想像して、笑みを浮かべたまま深い眠りについた。
翌朝、王城から一歩外に出た時の開放感を、シェリルはきっと一生忘れない。
空はまだ暗いけれど、塔の窓から見るのとはまったく違う。どこまでも広がっている空をぐるりと眺めて、シェリルはその開放感に感動した。
(空はこんなに広いのね! 東の空がオレンジ色で、夜空とのグラデーションが綺麗だわ……)
胸いっぱいに吸い込んだ空気は少しだけひんやりしていて、シェリルの興奮した精神を落ち着かせてくれる。
まるでシェリルの背中を押すように背中から風が吹き、粗末な麻布のワンピースの裾が大きく揺れた。
「この馬車に乗れ。逃げられると思うなよ」
「はい、逃げません! お役目を果たすためこの命をしかと捧げます!」
護送騎士はシェリルの言葉が意外でポカンとしている。確か王太子妃殿下に反抗し役目を放棄するような王女だと聞いていたので、抵抗もせず護送騎士に同意するような口振りは想定外だった。
しかし個人的な感情はすぐに心の奥へ押し込んで、職務を
「いいから、早く乗れ」
当然ながらシェリルは馬車に乗るのも初めてのことで、恐る恐る乗り込んだ。対面のシートに腰を下ろすと、護送の騎士も乗ってきて憮然とした表情でシェリルの斜め前に座る。
馬車の外には馬に乗った騎士がふたりいて、こちらもシェリルが逃亡しないよう監視していた。彼らはシェリルを厄神の修道院へ送り届けるまで、二週間に渡り旅を共にするのだろう。
(ふふ、いよいよ私の最後の旅が始まるのね! ひとりじゃないから心強いわ……!)
すぐにガタガタと音を立てて馬車は進み出す。
窓から覗く景色がどんどん後ろへ流れていく様子を、シェリルは食い入るように見ていた。
これからどんなものを目にするのか、どんな経験ができるのか、シェリルは胸が高鳴るばかりだった。
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