第9話(発信器)

ーー俺は弥生を連れて自宅マンションに帰って来た。弥生には玄関で待っててもらう。すると、母親が様子を見に来た。


「あら、レイ。彼女できたの?」

「そうだよ」

「駒田弥生と言います。宜しくお願いします」


俺は弥生を待たせて、自分の部屋に入る。ハビィがパソコンで勉強していた。


『お帰り。早かったね』

「ハビィ、実は…………」

『何? 別れちゃっての?』

「違うんだ。よく聞いてくれ。ハビィ、注射は好きか?」

『注射が好きな生き物いないよ』

「だよな。だからハビィ、今から注射に行くぞ」

『何でー!?』


ハビィが部屋の片隅で震えてる。こうなる事は想定内。


「発信器だ。猫や犬を飼う場合、体内に埋め込まなきゃいけないんだ」

『ついに来たか、この時が』

「知ってたの?」

『パソコンで日本の法律を見てたら偶然』

「痛いのは一瞬だ。我慢してくれ」

『うう、怖い』

「野良猫扱いで殺処分は嫌だろう?」


ハビィは迷ってるようだ。数分考え込んで、意を決したようにひょこひょこと俺の元に歩いてきた。


『僕、やるよ』

「おお、そうか。良かった。これで全一教会にハビィが奪われるような事があっても大丈夫だ」

『全一教会をぶっ潰さないとね』

「一つ問題がある」

『全一教会を潰すのに問題は山積だよ?』

「違うんだ。注射は動物病院でするんだが、弥生も着いてくる。俺とハビィが会話できる事は伏せておきたい」

『大丈夫だよ。弥生の霊的能力が高ければ聞こえちゃうけど』

「そんときはそんときだ」


俺はハビィを抱き抱えて、玄関へ行く。弥生は座って母親と話し込んでた。


「準備できたよ。行こ、弥生」

「うん。それではお邪魔しました」

「またいつでも来てね」


この二人、数分の間で意気投合してる。良いのか悪いのか判らん。


俺と弥生は動物病院へ向かった。ケージがないから俺はハビィを抱いたまま歩いてく。段ボール箱でもよかったんだけど、捨てに行くみたいで町行く人々からの印象が悪い。


俺達は動物病院に着くと、ハビィが震え出した。怖いよな。


「大丈夫だからな」

『う、うん』


弥生がハビィを覗き込んだ。


「おとなしい子ね、ハビィって」

「そうだね。躾が良いのかな、アハハ」

『おいっ』


どうやら弥生にはハビィの声が聞こえないようだな。


俺達は動物病院の中に入ると様子がおかしい。眼鏡を掛けた中年の男が院内で怒鳴っていた。その怒鳴り声に呼応し、ケージに入ってる犬達がワンワン吠える。コイツ確か、勅使河原とかいったか。全一教会の幹部。まずいな、タイミング悪すぎ。恐らく、ハビィや弥生の猫を取り返しに来たのだろう。生き埋めした所から近い動物病院で張って。迷惑な野郎だぜ。


「三毛猫の雄は我々の物だ! この動物病院に来ただろ! 教えろ!」

「お帰りください! 警察呼びますよ!」


動物病院の院長らしき、おばちゃんが対応してる。勅使河原って奴は上から相当叱られたんだろうな。カルト教団を盲信してる奴らは皆、極刑一択だぜ。


「出せ! 泥棒!」

「お客様、警察に通報してください!」


おばちゃん院長が俺達に向かって言った。勅使河原に携帯電話を壊されたかな? ってか固定電話あるよね、普通。何で? 俺はハビィを抱いてて携帯電話を取り出せない。弥生が代わりに携帯電話で110番をするようだ。すると、勅使河原がこちらに気付く。


「弥生ちゃん! それと傷害罪の男! 猫を返せー!」

「弥生、早く警察に。おい勅使河原とかいう奴、また殴られたいのか? 生き埋めにした猫は二匹。もう一発殴らないとな。ハビィ、降りて」

『うん』


俺はハビィを床に降ろして、瞬時に勅使河原との距離を詰める。


「アイム・ナンバーワン」


ドスッ! 俺は二割の力で勅使河原の鳩尾にボディーブローを喰らわす。ドサッ。勅使河原は気を失い、床に倒れ込む。黙ってくれればそれでいい。


「獣医師さん、こんな時に悪いんだけど、この子猫に発信器を埋め込んでくれないかな」

「え、ええ」

「この男が起きる前に済ませてくれ」

「分かりました」


「もしもし警察ですか? えっと…………事件だと思います。男が動物病院で暴れていました。彼氏が静めてくれました。はい、はい。すぐに来て下さい」


弥生はちゃんと通報した。やっぱり、全一教会と対峙するつもりだ。俺もだけど。弥生は信じてるふりとはいえ、二世信者だ。幹部を通報するのに勇気が要るだろうな。


おばちゃん獣医師は注射の準備に入った。まずパソコンで発信器に飼い主や猫の情報を入れて、針がぶっとい注射器に発信器カプセルを装填した。


俺は、おばちゃん獣医師に指示され、ハビィを手術台に乗せる。


「大丈夫だからな」

『う、うん。怖い』


おばちゃん獣医師が注射器を持ち、ハビィの首根っこの辺りに針を向ける。


「それじゃあ子猫ちゃん、ちょっとチクッとしますよう」


チクッ。ぶっとい針がハビィに刺さったと思ったら、スッと引き抜かれた。


『いってーー』


「はい、お仕舞い。これで発信器はちゃんと入りましたから」

「良かった」

「お支払いは結構ですので」

「え、タダ?」

「暴漢から助けてくれたので、せめて」

「じゃ、ありがたく」


パトカーのサイレンが聞こえてきた。勅使河原はかなり反省しないとな。いや、一生反省だ。

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