【三人称多元視点】、場面転換ありの場合

 一番難しかったです。

 それぞれの場面で、それぞれのキャラにカメラを移動させる。時に、ズームしたり離れた場所から映したり。

 とにかく頭を使いました。


————————


 奥城崎の砂浜は、晴れ渡っている。

 燦々と降り注ぐ日差しに、ジリジリ焼けつく砂浜。蝉の声と波の音が、夏の風景に彩りをもたらす。


 今日は、男4人で思い切り遊ぶ日だ。

 ——いや、正確には男1人、雄猫3匹、だろう。

 雄猫3匹は、訳あって一時的に人間の姿になっているのだ。


 彼らを紹介しよう。



「海かあー! 何年ぶりだろな!」


 稲村誠司、45歳。

 お酒が大好きで、大柄な体型のおじさんだ。


「フォボスの奴も来りゃあよかったのにな……」


 一時的に人間になった茶トラ猫、ダイモス。

 艶のある黒髪に筋肉隆々の体が自慢で、見た目は20代前半。


「気が向かないが、まあ行くとするか」


 同じく一時的に人間になった、キジトラ猫、マーズ。

 茶髪ロングで、右耳に派手なピアスをつけている。見た目は20代後半だ。


「オレ、美味い飯食えりゃそれでいい!」


 同じく一時的に人間になった、空色の体毛の猫、ソアラ。

 格闘技が大好きで、普段から道着を身につけている。短い茶髪で、見た目10代後半。


 今日はみんなして嫌なことを忘れ、海ではしゃぎ、夜はビールを飲みながらバーベキュー。

 彼らは楽しみを胸に、奥城崎へ向かっていた。


 ♢


 一番乗りの稲村は、ビーチパラソルを広げ砂浜に寝転んでいた。

 熱を含んだ砂が、ジリジリと背中を焼く。海に来たんだなあ、と改めて実感する。


 足音。

 稲村は体を起こした。


「よおおー!! 来たかぁ、ダイモス!」


 稲村の声に気づいたダイモスは、筋肉隆々の上半身を自慢げに見せつつ、ビーチパラソルの方へと走ってくる——。


 気温は34℃。

 高く昇った太陽が照りつける。

 湿った風が、砂浜に吹いた。


 ♢


 ダイモスは、奥城崎へ一番に着くつもりだった。が、既にガタイのいいオッサンに先を越されていた。

 ビーチパラソルの下で体を横たえている。

 稲村だ。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。早く海に入りたい。


「よおおー!! 来たかぁ、ダイモス!」


 稲村の声。ダイモスは彼の元へ駆けつける。


「おう、いなちゃん! 早く泳ごうぜ!」


 言って、稲村の手をぐいと引っ張る。が、すぐに振り解かれた。苦笑いする稲村。彼はまだ着替えていないからだ。

 苦笑しつつ、大急ぎで更衣室へ向かっていった。


 着替えを済ませ、海パン姿になった稲村が出てくる。

 彼の腹が、タプタプと揺れている。見られたくないのか、ずっとキョロキョロしている。

 人間も運動不足になると、ああなるんだなと妙に納得するダイモスだった。

 ビーチパラソルのある場所へ向かっていた稲村が、声を上げる。


「……お? マーズも来たかぁ! 早く着替えて来いよ!」


 ♢


 何でわざわざ、海なんかへ——。

 

 マーズは気が進まぬまま、渋々海へ行くことを承諾したのだった。

 到着したが、泳ぐ気など全くない。

 着替えるつもりも当然なく、赤いTシャツに短パンを身につけ、茶髪をハーフアップにしている。


「……お? マーズも来たかぁ! 早く着替えて来いよ!」


 稲村に声を掛けられるが、だるそうに大あくびをする。


「ふああ……俺はここで日光浴させてくれ」


 すでに波打ち際でバシャバシャやっているダイモスを見たマーズは、ますますテンションが低くなる。

 砂浜に寝転ぼうとした、その時だった。


「日光浴ー? つまんねえ奴だなあ!」


 突然稲村がマーズの腕を掴み、ダイモスがいる場所へと駆け出したのだ。


「お、おい! 俺は水は苦手……」

「ガハハ! いいじゃねえか、人間になったんだから大丈夫だろ!」


 稲村は笑い声を上げる。思わず「うわああ」と声をあげるが、気にする様子もない。

 何て強引なんだ。やめろ、やめろ……!

 マーズの祈りは、波飛沫の中に消えた。


 はしゃぐ3人の上で、ウミネコの呑気な鳴き声が響く。


 ♢


 稲村はマーズの腕を掴んだまま、飛沫をあげ、海水にダイブする。


 潮の匂いが心地いい。

 水が若干鼻に入るも、気にしない。

 沈んだマーズは……まあ大丈夫だろう。


 ダイモスは「遅えぞ」とでも言いたげに、水飛沫を思いっきりぶっかけてきた。上等だ。ぶっかけ返してやる。


「おらおらー! ガハハ!!」


 子供の頃、同じように同級生と海ではしゃいだ記憶が蘇る。


「うわ! やったなダイモス! おりゃ!!」


 マーズは嫌そうな顔をしつつも、ダイモスに水をかけ返していた。なんだかんだで、楽しそうじゃないか。

 一緒になって水を掬い上げ、はしゃぐ稲村。すっかり浮かれた気持ちになっていた。


 学生の頃を思い出すぜ。後で飲むビールが楽しみだ——。


 ♢


 日は、西に傾き始めていた。

 先に着いた3人が相変わらず夢中ではしゃいでいた頃、ようやくソアラが到着。

 だが、着くやいなや、彼がしたことは——。


「うめぇー! コイツがビールってやつか! たまんねぇな!」


 何と、勝手にビール瓶を開け、1人でグイグイやっていたのだ。

 ふわりと口の中に広がる生暖かい泡。直後、キンと冷えた苦味が喉を潤す。

 たまんねえ。

 あっという間に瓶3本を飲み干し、思わず「ぷはぁー!」と息を吐いた。


 さて、ションベン行くか!

 そう思いトイレに向かったソアラ。

 大慌てで海岸に戻ってくる稲村には、気づいていない。


 ♢


 アイツ! ビールを1人で勝手に飲んでやがる!!

 

 グイグイと瓶を空けていくソアラを見た稲村は、大慌てで水をかき分け、海岸へと戻っていく。


 ビーチパラソルのところへ戻った時には、既にビール瓶は3本とも空っぽだった。

 飲んだ犯人はトイレにでも行ったのだろう。

 稲村はその場に崩れ落ちる。


「ああ、俺の楽しみがぁぁ……!」


 夕刻の奥城崎に、オジサンの嘆声が響いたのだった——。

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