第40話 事故に遭ったら
「深、死んじゃやだ」
病室に萌が駆け込んできた。周りの病人が何事かと入り口を見たぐらいだ。
「よかった、馬鹿、何やってんの」
深の姿を見たとたん力が抜けたのか、萌はベッドに手をついてへたり込んだ。
「ごめんなさい、みんな私のせいです」
ベッドサイドにいた女性が、頭を下げる。
「あなたは」
「事故の相手方、吉見倫子さん」
「あんたが、深を殺そうと」
「おい萌、言いすぎ」
倫子は泣きそうな顔をしている。
さすがに萌はバツが悪そうな表情になった。
「ごめんなさい、深が彼が心配で、気が動転してしまいました」
萌が頭を下げた。
「大丈夫だから、バイクの下敷きになって足を打っただけだから」
「なんだそうなの、交通事故に遭ったって聞いたからてっきり」
交差点で、外車の後ろに停まっていたら、信号が青になったとたんに車がバックしてきたのだ。
深は慌てたけれど、バイクはもうどうしようもない、飛び降りて逃げたがバイクの下敷きになってしまった。
幸い車はすぐに止まったのと、バイクのフレームが丈夫だったので打ち身だけで済んだ。
「ごめんなさい、オートマチックになれてなくて、本当に申し訳ありませんでした」
「もういいですよ、こんな病院で検査まで受けさせてもらって」
「ここは叔父の病院なので、気兼ねなく」
いいところのお嬢さんということだ。
「バイク壊れてしまいました。ぜひ弁償させてください」
「いいですよ、あれ貰い物なんで」
「深の祖父の形見なんです」
「萌それは」
そこまで言うと重荷になるから深は言わないつもりだった、それに気づいたのだろう萌がごめんと目で謝った。
「そんな大切なもの」
「いやそっちより、こっちの方が大事だったんで」
深はベッドサイドのカバンからカメラを取り出した。カメラは無事だったのだ。
「あ、そっちは無事だったの、よかったね」
「ずいぶん古そうなカメラですね、壊れなくてよかった」
「だからあまり気にしないでください」
「でも、やっぱり弁償させてください」
「んーじゃあ、カブをお願いしていいですか」
「カブ? 原付の?」
「はい、あっちの方が楽なので」
「でもそれじゃ値段が」
「それはいいですよ、もうぼろだったし」
「じゃあ、こちらの方のために二台贈らせてください」
「え、私の分」
萌が素っ頓狂な声をあげた。
「だって、ふたりで走ることもあったんですよね、原付だと」
「あ、そうか」
「じゃあ、そうさせてください」
二人はありがたく話を受けることにした、あまり遠慮するのもカッコ良くない。
結局深はあちこち検査されて三日目に退院することになった。
「ありがとうございました」
その日も、倫子は来てくれた。
彼女にすれば、萌の父親が口をきいて遅れたおかげで、ずいぶん軽い処分で済んだことも、ありがたかったらしい。
「深くん、あのカメラで私を撮ってくれないですか」
「ヌードなら」
倫子はびっくりした顔をした。軽いつもりで行ったらしい。まさかそんな返事が来るとは思っていなかったらしい。
「あのカメラ、祖父の形見って言いましたよね、実は」
深はカメラに、まつわる話をした。
「信じられませんよね、いいんです別に、何か取られる人は理由があるらしく、僕が無理にって話じゃないんです」
「それって、何か内面に抱えている人?」
「みたいです」
「そうですか、だから。わかりました、また連絡させてください」
深は倫子が手配したタクシーに乗って家に帰った。
「お帰り、倫子さんの送ってくれたカブあるよ」
確かに新品のカブが二台、急ぎで納車されたみたいだった。
色違いの、カブ。
「あれ、萌、免許は」
「へへ、いつか私もバイク買おうと思って、取ってある」
「そうなんだ、じゃ一緒にどこか行こうか」
「琵琶湖」
「なんで」
「何となく、それか日本海」
「とりあえず琵琶湖かな」
「ね、倫子さん脱ぐの?」
「な、なんで」
「何となく」
「もしかして、萌が相手を探してるのかなあ」
深は、本気でそう思っているところがあった。
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