第35話 大人な対応

「えーっとお酒は、すみません、ガキなものでまだ」

 ホテルの中華レストランに、京子と深は居る。取りあえず何か食べようということになったのだ。

「お母さんがいいと言っているんだから飲みなさい」

 ホテルの宿泊名簿に、京子は深との関係を親子と書いた。


 笑ってはいるが、目な真剣だ。自分が酔いたい気分なのだろう。わかるような気がする。

 仕方ないなあと言いながら、深はグラスを出した。もちろんお酒は初めてではない。

 この前の萌との婚約式でも、結局、深も萌も飲まされてひどい目に遭った。

 二人の親は、検察官と警察官だ。


「へへ、酔っちゃった。キスして」

 京子は深に抱きついた。唇を重ねてくると舌を入れてきた。


「バカだと思ってるでしょ、あんな男と、そのせいで娘まで」

 京子は深の胸に縋りついたまま泣き出した。

 深には京子の背を撫でるしかできることはなかった。


「シャワー浴びてくるね」

 大丈夫かなと深は少し心配になった。

 案の定、どたんと、結構派手な音が響いた。


「京子さん」

 素っ裸の彼女が、バスタブに上半身を寄しかかってこけていた。

 トイレの便座から落ちたみたいだった。

「京子さん、大丈夫ですか、仕方ないなあ」


 抱きかかえて深は彼女をベッドに乗せた。真子が通った場所も、彼女が吸ったおっぱいも丸見えだけれど、今どうこうしようという気分はとうに失せていた。

 掛布団をかけると、彼女は寝息を立て始めた。


 取りあえずシャワーを浴び、買ってきた缶ビールを飲むと、深も急劇に眠気に襲われた。

 京子を起こさないように、静かにベッドに入った深はそのまま眠ってしまった。


 夜中に目を覚ました時に、深は自分に張り付くように寝ている京子を見た。

 背中を丸めた彼女はびっくりするほどすやすやと眠っている。

 さびしいのか、辛いのか、彼女はうっすらと目に涙御浮かべていた。


「萌、聞こえるか」

「うん」

「起こしたか、ごめんな」

「気になって起きてた」

「大丈夫何もしてない、こんな感じ」


「なるほど、そうなったのか」

「このまま、寝かしておこうかなあって」

「そうだね、それがいいかも」

「じゃ寝るな」

「おやすみ、愛してる」

「帰ったらしような」

「うん」


「おはようございます」

 起きたとたんに、京子の声が聞こえた。

「ごめんなさい、私ったら」

 彼女は一応下着だけは付けていた。


「いいですよ、疲れてたんでしょ」

「どうします、私のこと抱いてもらえますか」

「京子さん素敵ですよ、でも、そうならない方がいいような気がします」

「俺には一応婚約者がいます」

 京子が驚いた顔をした。


「ガキのくせに生意気でしょ」

「ううん、そんなことはないけど」

「京子さん寂しいんですよね。なら、俺としたらいっそうドツボにはまりませんか」

 京子はうつむいた。


「もし、俺でよかったらいつでも、抱きしめたまま眠ります、それで寂しさを埋めてもらえませんか」

 京子はうつむいたままだ。

「でもきっといい人みつかりますよ、お世辞抜きで、今も押し倒したいのはやまやまなんです。あんな男に引っかからないでも、絶対いい男の人がいます。真子のためにも頑張ってください」


「住谷君て優しいね、あんなのにひっかかかる前に会いたかった」

「光栄ですけど、小学生かよくて中学生ですよ」

「そっか」

 京子は苦笑した。

「ね、もう一度キスして、私頑張るから」

「頑張らなくても無理もしなくてもいいと思いますよ」

 深は、京子にキスをした。


「ねえ、じいちゃん。あのセリフじいちゃんが言わしたんだよね。俺にはかっこよすぎないか」

「ま、そのうち似合う男になりな」

 じいちゃんの笑い声が聞こえた。




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