第11話 ツーリング、そして

「ねえ、深、私を後ろに乗せて」

「どうしたの急に」

 土曜日の夕方、萌が急に家に来て、ヘルメットを差し出した。

 つまりはツーリングに連れて行けということだ。

「今から? 夜は危ないよ」


「あしたでいい、琵琶湖に行きたい」

「なんか怒ってる? もしかして」

「何も、弁当作るから、何時に出発する?」

「うん、それじゃ六時」


 それだけ言うと萌は勢いよく玄関のドアを閉めて帰った。

 どう考えても彼女は怒っている。

 考えられることは緑のことだけだ。何か急に気が重くなってきた。

「なあ、萌のことどうしよう」

 カメラに聞くがまったく返事がない。


 つまり萌はカメラの好みではないということなんだろう。

 それはいいのだが、深の気持ちとしては、萌を一番大事にしたいのだ。

「ここまで、言うこと聞いたんだから、少しは助けてくれてもいいんじゃないか」

 愚痴ったところで始まらない。


「おはよう」

 萌もジーンズの上下。

「にあう? いろいろ考えたんだけど、深が着てるのがいいんだろうなあって、この前買った」


 ゴーグルをして、グローブを付けて、荷物を荷物入れに。

 初めて二人で行くツーリングに、深はちょっとドキドキしている。

 キックを踏み込むとエンジンは一発でかかった。

 萌が後ろに乗って腰に手を回した。ジージャンなので胸の感触はない。それでも少し体温が伝わってくる。

「出発するよ」

「うん」

 ギヤをローに入れ、クラッチをゆっくりつなぐ、アクセルを少し回すとハスラーはすっと前に出た。


 どこから行こうか、いったん南に下がって南郷洗堰からということにした。

 道は快適。だんだん後ろの萌も乗り方がうまくなってくる。

 あちこちで休みながら、彦根まで。

 休むとき以外話がほとんどできないけれど、ずっとは萌が張り付いている感じがなんかうれしい。


 萌が作ってきてくれたおにぎりと、卵焼きと、ウインナーと、バナナ。

 彼女がバナナを食べるときにちょっとドキッとしたが、萌はそんなことまったく考えていないようだ。

 そうだよな、まだ萌はできないよな、そんなことを思った。


 一周は今度ということにして、大津に戻り逢坂山を越えて蹴上川から京都に戻ってった。

 三条で京阪でバイクを止めて鴨川を歩くことにした。

「ここ歩いたらもう恋人同士だね」

 萌が、高校生らしい可愛いことを言う。だけど深もそうだと思った。

「あのね、ううん何でもない。帰ろっか」

 萌は何か言いたそうだったけれど、言葉を飲み込んだようだ。


 家まではもうほんの少しだった。でもツーリングは最後が危ないと聞く。

 無事到着、ちょっとほっとしたら急に疲れが出てきた。

 家に帰り顔を洗ったら電話が鳴った。

「わたし、あのね、今日誰もいないの。十分後に来て」

 それだけ言うと萌は電話を切った。

 誰もいない、誰もいない、深はカメラを採りに部屋に戻った。

 やっぱりこれもいるよな、引き出しの中から、ゴムを取り出した。


「入って」

 十分で着替えたのだろう、萌は水色のワンピースに着替えていた。





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