第25話 果たされた約束。やぶられた約束
王族専用の礼拝堂は、せまい通路から一気に解放されたような広い空間だった。太い柱がずらりと並んで天井を支えている城の構造とはちがい、その部屋に太い柱は一本もない。その代わり、高く大きな神々の像が、部屋をぐるりと囲み、天井を支えていた。そして、入口の正面には太陽を象徴する最高神の像が、両手を広げている。
ウィーダは礼拝堂の中央に、ぽつんと立っていた。神々の像の間に備え付けられた明り取りの窓から差しこむ日の光を浴びて、ローブのすそのシシュウが、金色にキラキラとかがやいている。
ネフェルタリの後ろで、とびらがひとりでにバタンと閉まった。おどろいたネフェルタリは、思わずふり返る。
「実にすばらしい。おとぎ話に聞かされてきた神殿の様子そのままだ」
たっぷりとしたそでを広げたウィーダは、王女が部屋にしん入してきたのにも構わず、礼拝堂を囲んでいる神の像一体一体に、うやうやしく礼をする。
幸福にひたっているような、とうすいしているようなウィーダの姿をにらみながら、ネフェルタリは問いかける。
「ペラをうばい、お前は何がしたいのです。今さら、アトム王のセツジョクを晴らそうとでも?」
ネフェルタリの緊張した声が、礼拝堂にひびいた。
ウィーダは最後に中央の最高神に礼を捧げると、背中ごしに答える。
「アトム王は北に渡り、ケスタイという大陸最強の軍事国家の始祖となった。子孫としてはそれで十分だ」
「それでは、なぜこんな事を」
ウィーダのかたが大きくゆっくり上下した。深呼吸をしたのだと分る。
「二千年の間で、ペラは弱くなった。周辺諸国の小競り合いさえ満足に片付けられぬくらいにな。まこと、見るにたえんよ」
ネフェルタリはほんの少し顔をしかめて胸元に手を当てた。胸にしのばせてある小ビンが、ジリっと熱を持った気がしたのだ。
ウィーダがネフェルタリにふり返る。その顔には、勝利を確信したよゆうが見て取れた。
「小娘よ、悪あがきをするでない。国のはけんを、古の王の血をつぐ私にゆずればよいのだ。そうしてくれれば、神の力を持つ我が血脈の元、砂ばくをこえた国々までペラの力を示し、歴史上類を見ないはん栄をご覧に入れよう」
「ペラが国力を落としているのは認めます。しかし、お前のやり方は好みません」
ネフェルタリは、はっきりと言った。
ウィーダが高らかに笑う。
「神々はそうは思っておられない」
ウィーダが大きく両うでを広げた。風もないのに、そでがはためいている。まるで、部屋中の空気がウィーダに集まっているようだ。
「しんりゃく者のまつえいであるそなたには分らないであろう。この礼拝堂に満ち満ちている、素晴らしき神の気。ああ本当に、祝福されている心地だよ」
ネフェルタリは、ひやりとした。
本当にウィーダが神々に祝福されているのだとしたら、もはや何をしても自分に勝ち目は無いのではないか。そんな弱気な考えが、頭をかすめる。
するとまた、胸の小ビンが熱を持った。ジリっとした熱さではなく、今度ははっきりと、焼けているように熱い。
ネフェルタリは思い出した。
そうだった。例え、神々がウィーダに加護を与えようと、自分や、この傷ついたタマシイたちは、ウィーダを受け入れる事などできない、と。
「神の気を感じる事ができなくとも、神々から祝福されなくとも、私の成すべき事は変わりません」
服ごしに小ビンをにぎりしめながら、ネフェルタリは前に出る。
「あなたと私は同じだわ」
ネフェルタリは言った。
「いいやちがう」
そくざにウィーダが否定する。
「同じよ。多くの人を苦しめた」
ネフェルタリは胸元から小ビンを取り出した。中でタマシイが暴れ狂っているのが、ガラスを通して感じられた。早く出せ早く出せ、と言っている。
ネフェルタリはビンのふたをつまんだ。開く前に、ちらりと後ろのとびらを見る。トトはまだ来ない。もしかしたら、入って来れないのかもしれない。とびらはウィーダがキセキの力とやらで閉めたのだろう。ならばカギをかけるくらい、できるはずだ。
ネフェルタリは、心の中でトトに謝った。約束を守れずごめんなさい、と。
そして、ビンのふたを開ける。
「報いを受けましょう。いっしょに」
小ビンから、黒いドロ水のかたまりのようなものが一せいにふき出した。
あまりの勢いに、ネフェルタリは反動でしりもちをつく。
ドロ水のかたまりは、けものの遠吠えのような鳴き声を上げながら、大きな大きな幕のように広がって、ウィーダにおそいかかる。
「怨霊か。つまらん」
怨霊のかたまりを半眼でにらんだウィーダは、両うでを、後ろから前に向かってさっとふるった。とっ風が起こり、怨霊をふき飛ばす。
ネフェルタリも、ゆかにはいつくばって、風にたえた。
散り散りになった怨霊が、やがて、ずるずると大きなミミズがはうようにして、ネフェルタリの元に再び集まって来る。
『無念晴らさせろ』『命よこせ』『約束はたせ』
怨霊はネフェルタリの命を欲しがった。
「分ってる。でも、もう一度だけ!」
立ち上がったネフェルタリは剣をぬく。そして、自分のえんごをしてくれと、怨霊にたのんだ。
「これで絶対、終わらせてみせる」
地面をけったネフェルタリは、ウィーダに向かって一直線に走った。
ウィーダがまた、とっ風を起こす。しかし、ネフェルタリはふき飛ばされなかった。怨霊が分厚いたてとなって、風をさえぎったからである。
怨霊のたては、表面からけずり取られるように飛ばされてゆく。神の気を利用したとっ風を浴びて、どんどんうすくなってゆくたてに守られながら、ネフェルタリはスピードを落とす事無く走り続ける。
最後の一体がふき飛ばされた時、ネフェルタリはウィーダを間合いに入れる事に成功した。ウィーダと目が合う。ウィーダは、これでもかというほど目を見開いて、心底おどろいている顔をしていた。
ネフェルタリは体当たりをするように、ウィーダのふところに向かって一気に飛びこむ。
ネフェルタリの剣が、ウィーダの腹をつらぬいた。
「ぐあっ」
ウィーダが苦しげな声を上げて、あお向けにたおれる。ネフェルタリも、いっしょにたおれた。
そこに、怨霊が頭上からおそいかかる。
ウィーダとネフェルタリをいっしょくたに、ほうむってしまおうとしているのだろう。
ネフェルタリは、受け入れた。短剣をウィーダの腹に残したまま、おおいかぶさって来る怨霊に両手をのばす。
「ネフェルタリ―!」
トトのさけび声が聞こえた。ふり向くと、こちらに向かって一目散に走って来るトトの姿が目に入る。
トト。約束どおり守りに来てくれた。ああでも、もう間に合わない。
ネフェルタリは命をかけて自分を助けてくれた友達の姿を、目に焼き付ける。
必死の形相でネフェルタリに向かって手をのばすトトの姿が、ドロ水のまくで、さえぎられた。
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