第24話 最強のさいご
クレイトスをハルディアに任せたネフェルタリとトトは、神殿の前までもどってきた。
「行きましょ」
ネフェルタリが先頭に立って、通路を進もうとする。トトはネフェルタリの手首をつかんで引きもどした。
「ネフェルタリ。君は絶対死んじゃダメだ! 君が死んだら、この国はだれがまとめていくんだよ!」
ビンの使用をやめさせようと、トトはネフェルタリのかたをゆすって説得を試みる。ネフェルタリはトトの手に、自分の手を優しく重ねた。
「私がいなくなったら、ハルディアに王権をゆずりたいって書き置きをしてきたわ。彼がエレルヘグに帰っても、執政官をここに置いてくれれば、みんな今まで通り生活できる。ううん。ハルディアなら、今までよりも、きっともっと豊かにできるはず」
トトから見たネフェルタリは、全く悲しそうではなかった。むしろ、ハルディアの力のもとで栄えてゆくペラを想像して、嬉しそうにさえ見える。
「おれはそんなのイヤだ!」
トトは力いっぱいさけんだ。青い目から、ぼたぼたと涙がこぼれ落ちる。
ネフェルタリは杖を持つトトの右手を取ると、そっと両手で包み、胸元に引き寄せた。
「私のタマシイ、あなたが拾ってね。お願いよ」
そう言ってにこりとほほえむと、トトの額に口づけた。
★
ネフェルタリとトトは、手を取り合って礼拝堂に続く道を進んだ。明り取りの穴から差しこんでくる光だけではよく見えず、トトは杖をふって、杖先に張りめぐらせてあるクモの糸を光らせる。
「約束してほしいんだネフェルタリ。ビンを開ける時は、おれのそばにいるって。君一人くらいなら、きっと守れるから」
トトはビンの使用を諦めさせるよりも、自分がネフェルタリを守る方法を選んだ。
ネフェルタリは返事をする代わりに、つないだトトの手をにぎりしめた。
つき当りを曲って、とびらを開けた二人の前には、これまでと同じような通路が続いていた。ただし、今度はきちんとランタンがつるされ、道が照らされている。通路の先にはまた、木で組んだとびらがあって、その前には一人、剣を持った若い兵士がいた。
「王女様!」
兵士は、ユウレイでも見たかのような顔をこちらに向けた。
トトの手をはなしたネフェルタリはすっと背筋をのばすと、剣をこしの鞘にしまった。おくせず兵士に近づいていく。
兵士はおたおたと後ろのとびらとネフェルタリを交ごに見てから、剣をぬいた。おびえるように、王女に切っ先を向ける。
ネフェルタリの鼻先が、剣の切っ先にふれるかふれないかのキョリまで近づく。
「そこを通して下さい。お願いします」
ネフェルタリが兵士をまっすぐに見て言った。
兵士はぶるぶると首を横にふる。
「い、いけません! ウィーダ様から、だれも通すなと言われております!」
「どいてください」
もう一度、ネフェルタリが命じた。
兵士はぎゅっと目をつむると、剣をにぎる手に力をこめる。
「お許しください!」
腹を決めたようにネフェルタリをにらんだ兵士は、剣をふり上げる。
王女に向かってふり下ろされた剣は、トトが杖で受け止めた。トトはミンに教えられた通り、杖をひねって剣を返す。たったそれだけで、兵士はあっさり剣を取り落とした。
トトはすかさず、杖で兵士の体をカベにおさえつける。
「行け、ネフェルタリ!」
兵士と押し合いながら、トトがネフェルタリに叫んだ。
ネフェルタリはトトの後ろをダッとかけぬけ、とびらの取っ手をつかむ。
カギはかけられていなかった。ネフェルタリは礼拝堂に飛びこんだ。
★
中庭では、ハルディアとクレイトスが戦っていた。
丁寧に手入れされた花壇には、たおれこんだあとや、バッサリと剣で切られたあとがある。レンガがしかれた通路には、ところどころに血が落ちていた。
ハルディアは、何度目かのつばぜり合いにたえていた。つい先ほどよけたと思っていた切っ先が、腹に傷を作っている。
クレイトスのうでやモモにも、切り傷がついていた。服がすっぱりと切れており、下から血がにじんでいる。
刃こぼれだらけの刃の向こうから、クレイトスがふん張るようなうなり声と共に、ハルディアの剣をおしてきた。
「どうした二番目。うでがにぶったか!」
「やかましい!」
二人はガラガラと乾いた声で剣をおし合う。
ハルディアにめまいが起こる。腹の傷がきいているようだった。
このままでは負ける。ハルディアはあせった。
その時、ハルディアの後ろから、「若!」と声がする。
ハルディアはとっさに、頭を横にそらした。次のしゅんかん、矢がクレイトスの額に命中する。
クレイトスは目を大きく見開いたまま剣を取り落とすと、ぐらりと巨体をゆらしてたおれた。
九死に一生を得たハルディアは、腹をおさえて苦しげにうめきながら、弓を手に走って来た従者をむかえる。
「シェン。助かった」
「察して下さると思っていました」
「付き合い長いからな」
子供のころからハルディアと兄弟のように過ごしてきたシェンは、ハルディアが頭をそらすことを前提で矢を放ったのだ。
ハルディアが、負傷した腹をかかえて座りこむ。シェンはさっとかけ寄ると、ハルディアにかたを貸した。
ゆらり、と二人の上に、かげが落ちる。
強敵を討ち取ったものと安心しきっていた二人の前に、クレイトスが立ちはだかっていた。クレイトスは、おたけびを上げながら矢をぬいて捨てる。
「これしきの矢では、ワシのうらみは消せはせん!」
「化けもんかこいつは」
ハルディアとシェンはおどろきのあまり、武器を構えるのも忘れて、不死身のような男を見上げた。
クレイトスは額から血を流しながら、ふー、ふー、とかたで大きく息をしている。
「むすこ……ワシのむすこ……。エレルヘグ王に殺されたむすこと同じ、あわれな青二才どもよ……」
と、切れ切れに言いながら、クレイトスは落とした剣を拾った。そして、ハルディアめがけて大きくふりかぶる。
「運命を変えたくば、ワシをたおす他に道はなし!」
ハルディアの前に出たシェンが、クレイトスのふところに飛びこんだ。
クレイトスが「がっ」とつぶれたような声を出して、口を大きく開く。
「その、斧は……」
クレイトスは、自分の腹に深手を負わせた斧を見下ろした。
「父の――元エレルヘグ軍総司令官、コンのもの」
斧のやいばをクレイトスの腹にめりこませる力をゆるめることなく、シェンが答える。
クレイトスは 四年前に同じ斧で傷をつけられた顔を歪ませた。
「そうか。お前は、ワシにゆいいつ、傷を刻んだ男の―― ぐあっ!」
そしてまたクレイトスは、何かがぶつかったように体をゆさぶった。
クレイトスの後ろに回ったハルディアが、背中にトドメをさしていた。
「見事……なり……」
腹と、こし。両方からこんしんの一げきを受けたクレイトスは、ハルディアとシェンの間をすべるようにたおれると、花だんの上にどさりとくずれ落ち、二度と立ち上がる事はなかった。
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