第23話 武人クレイトス

 ネフェルタリとトトは、等間かくに並ぶ大柱のかげにかくれながら、城の中を進んだ。中庭に出ると、草花の中にまぎれるように身を低くして、神殿の前までたどり着く。


 神殿正面の出入り口に向かおうとしたトトを、ネフェルタリが声をおさえて呼びとめた。


「そっちじゃないわ」


 ネフェルタリは、正面の出入り口からはなれた、すきまのような細道を指さす。それは、人一人、うでをのばしたらカベにとどいてしまうほどの通路だった。白を基調とした明るい神殿とは正反対の、黒い石で囲まれた、どうくつのような道だ。ところどころ、明り取りの穴から差しこんでいる光が通路を照らしてはいるが、それでもおくの方は暗くてよく見えない。ネズミやコウモリくらいは住んでいそうだった。


「ほんとにこの先に礼拝堂があるの?」


 どう想像しても不気味な場所にしかたどり着きそうにないと顔をしかめたトトに、ネフェルタリは「そうよ」と答える。


「ここをまっすぐ行って、つき当りを右に曲がって、一番おくのとびらを開けたら、また通路があるの。その先に……」


 ネフェルタリがふらついた。カベに手をついて、大きく呼吸する。血の気が引いていて、顔色がとても悪い。


「ネフェルタリ、どうしたの――」


 顔をのぞきこんだトトは、ネフェルタリの胸元に信じられない物を見つける。


「何持ってるんだよ! わたして!」


 胸元の物を取り返そうと手をのばしてきたトトから、身を引いたネフェルタリは、胸元を両手でかくす。


 ネフェルタリの手の下からは、赤い光がもれていた。とても強い、こうげき的な光だ。

 ネフェルタリが初めて『死の島』に来た時、トトやイサがつかまえた怨霊達を入れた小ビン。それをいつの間にか、ネフェルタリは持ち出していた。


「それ……どうするつもり?」


 おそるおそる、トトが聞く。


 ネフェルタリは、答えなかった。そのかわり、


「ごめんなさい、トト」


 とかたくなに、胸元をおさえる手に力をこめる。


 トトはがく然とした。ネフェルタリが自分の命をギセイにするつもりだと気付いたからだ。


 ネフェルタリが持っているビンの中に入っている怨霊達は、ペラ王家への復しゅうを望んでいた。援軍を求めても、兵士どころか剣一本よこさなかったペラをうらんでいたのだ。 

 だからイサもトトも、ネフェルタリがこのビンにふれないよう、気をつけてきた。


 考えてみれば、ウィーダに対抗するために怨霊の力をかりようとネフェルタリが思いつくのは、自然な流れだった。

 キセキのような技を使い、多くの人の心を操って、いくつもの国を手に入れてきた魔法使いのような人間が相手では、生身の人間など敵わないかもしれない。

 だからネフェルタリは怨霊に、ウィーダをほろぼす代わりに、自分の命をやると約束したのだ。

 

 もっとしっかり、ネフェルタリを見張っていればと、トトは激しく後かいしながら、大きく首を横にふった。


「ダメだよそんな! だって――」


 そこから先は、『また話そうって約束したのに』と続けるはずだった。けれどその言葉は、通路のおくから大きな人かげが現れた事で、消えてしまう。


 人かげもこちらに気付いているようだった。けれどその人かげは、歩の速さを変えなかった。日の光が差しこむあたりまで、ゆっくりと出てくる。


 日の光のもとに出てきたのは、二メートルはありそうな、大男だった。シワの刻まれた額から右ほほにかけて、切られたような傷あとがある。かみの毛にも不精ひげにも白いものが混じっていて、若くはない。けれど、どんな兵士よりも強そうだ。


「クレイトス!」


 ネフェルタリの顔がひきつった。

 トトはネフェルタリのうでをひっぱると、自分の後ろに下がらせる。


「この人だれ?」


 トトはゆっくり後ずさりながら、自分達を見すえて近づいてくる男の正体を、ネフェルタリにたずねた。


 目の前の男がとんでもなく強いという事は、トトにも一目で分った。クレイトスからは、剣の師であるミンと同じくらい。もしかしたらそれ以上の気迫が感じられた。


「ウィーダと一しょに来たの。剣が強くて、騎士もぜんぜん、かなわなくて――」

「にげろ!」


 ネフェルタリの説明を聞き終える前に、かみの毛をネコのように逆立てたトトが、ネフェルタリの背中をおした。クレイトスが剣をぬいたからだ。


 一度どこかにかくれようと中庭まで引き返した時、前からハルディアが走って来た。


「どこへ行く気だ! 礼拝堂は逆方向だろうが」


 責めるようにたずねてきたハルディアに、トトはとんでもない武人があらわれたと説明する。


「ハルディアも一回にげて! あいつと戦っちゃダメだ!」


 トトがハルディアのうでをつかんで、回れ右をさせようとしたが、ハルディアは動かなかった。クレイトスを見て、こう直している。


「クレイトス……」


 ハルディアがつぶやくように、武人の名前を口にする。


「こいつはおどろいたぜ。まさかお前までこの国に来てたとはな」


「ハルディア王子。いずれまた会うだろうと思っておったわ」


「ああ。父上のお導き、ってやつかもしれん」 


 向き合った二人は、再会をなつかしんでいるような雰囲気ではなかった。

 ハルディアは、今すぐにでも切りかかりたそうな、きょうぼうな笑みをうかべているし、クレイトスは目つきがさらにするどくなっている。


「ダメよ待って!」


 ネフェルタリがハルディアのうでをつかむ。ハルディアはそれをふりほどいた。


「こいつはエレルヘグの裏切りもんだぜ。ウィーダの片うでになって、二人しておれの国と家族をこわしやがったんだ」


 国と家族のかたきをしっかりと見すえて、ハルディアは剣を構えた。


「行けよ。こいつは引き受けてやる」


「ハルディア!」


 トトが止める前に、ハルディアは剣をふりかぶって走りだしていた。


 ★


 だつごくした囚人達は、武器を取り戻して牢屋番を牢に放りこんだ後、ウィーダに加担する兵達と戦っていた。城内は、おおわらわだ。


「王女に味方する者はワシに続け! 前に立ちはだかる者にはこのハバス、容しゃせぬぞ!」


「神官は、城と神でんの出入り口を全てふうさせよ! ウィーダをにがしてはならん!」


 ハバスと大神官は、ウィーダが市街地や国外へにげないよう、城を外から囲いこもうとしている。


「道を開けな! 煮え湯ぶっかけるよ! それいけ~っ!」


 マナナは下働きの者を集めて、前に立ちはだかろうとするジャマ者達に、手当たりしだい、ふっとうした湯をおみまいしている。


 先を行ったハルディアに追いつこうとしていたコンとシェンは、建物の外へと続く下り階段にさしかかっていた。

 階段の手前で、顔をしかめたコンが、ひざに手をつき、苦しそうにかたで息をする。

 コンはとなりで追手に向かって弓を射ているシェンに「先にゆけ」と命じた。


「しかし」


「若をお守りするのが我らの使命である!」


 しぶるシェンに、コンは傷だらけのかたをいからせて、声を張り上げた。

 シェンはその大人しそうな顔をすっと悲しみにくもらせると、小さくうなづく。


「承知」


 コンに軽く一礼して、目の前の階段をかけ下りる。


「シェン!」


 コンが呼びとめた。手斧をシェンに向かって投げる。


「持ってゆけ!」


 回転しながら飛んできた斧を難なくキャッチしたシェンは、コン愛用の手斧をじっと見つめた。そして、きゅっと口を結ぶとコンに深く頭を下げ、残りの数段を一気に飛び下りる。


「後はたのんだぞ。むすこよ」


 シェンを見送ったコンは、さっそくつきこまれて来た槍をたたき折る。「うおお」とホウコウを上げると、兵士がひるんだすきに、背負い投げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る