第22話 地下牢にて
地下牢の最上階では、マナナが元気にわめいていた。
「ちょっとそこの牢屋番! 清潔な布はもっとないの!? こんな傷だらけの人を牢に放りこむなんて、あなたのお母様が聞いたら呆れて泣いてしまいますよ! きれいな水も持っておいで! ほら早く!」
鉄格子の間からのばした手を上下左右にふりまわし、牢屋の出入り口近くで待機している牢屋番の若者に手当の道具をさいそくする。
昨日の昼にとらえたエレルヘグの老戦士をマナナと同じ牢に放りこんでから、ずっとこんな調子だ。牢屋番の若者は、いよいよまいった、といった様子で、机の上で頭をかかえた。
「マナナどの。ワシは大丈夫でございます。おかげで、傷の痛みもだいぶひきましたゆえ」
すみの方で横たわっていたくっきょうな老人が、体を起こして、鉄格子に張りつきっぱなしのマナナを手まねきする。
正面の牢に入っている軍人らしい身なりの男、ハバス将軍が、ごう快に笑った。
「さすがは、ごうけつぞろいで名高いエレルヘグの戦士ですな! 一晩で起き上がれるまでに回復なさるとは」
「マナナどのが静かであれば、もっと早く回復されたのではないか? ひめ様がご無事と知って気力を取りもどしたのはよいが、やかましいことこの上ない」
一方、ハバスと同じ牢に入っている大神官は、みけんをもみながらイヤミを言う。マナナが一晩中わめきたてていたおかげで、全く眠れなかったからだ。
最上階のしゅう人たちは、本当にしゅう人かと疑いたくなるほど、みな堂々としている。
「二階の担当にかえてもらおうかな……」
牢屋番は、つかれ切っていた。机につっぷして、頭をがしがしとかく。
その時、前の方でトスンと軽い音がした。
「ん?」
牢屋番が顔を上げる。
顔を上げた彼の前には、見た事も無い大きなクモがいた。クモと目が合った。クモは八本の足を小刻みに動かしながらくるくると回る。
「ひえっ!」
おどろいた牢屋番は思わずのけぞった。そこに飛びこんできたシェンが、牢屋番の腹をなぐった。牢屋番は気絶する。
ハルディアも階段からかけ下りてきた。
「コン、いるか!?」
細い通路をへだてて並行している牢に向かって、ハルディアが呼びかける。
「若!」
前から二番目の牢から、返事があった。
カベにかかっている、カギの束を見つけたシェンが、それを取ってハルディアに投げる。
カギをキャッチしたハルディアは、コンの声がした牢屋へと走った。
「ああっ! お前、この前のくせもの!」
牢の前に来たとたん、とびらに張り付いていたワシ鼻の老女に、目をひんむいて怒鳴られる。
「おっと!」
マナナの剣幕に思わずひるんだハルディアだったが、マナナの後ろにコンの姿を見つけると、急いでカギをカギ穴にさしこんだ。
回そうとするが、動かない。カギがちがうようだ。
ハルディアは次のカギを差し込んだ。
これもちがう。
「ああくそ! どれがどれか分んねえ」
目の前でガチャガチャと正解のカギを探す。
「早くおしよ!」
マナナがせかした。
そうこうしているうちに、後ろで、キイイ、という音がする。
ふり返ると、カギ穴に前足を一本つっこんだシェム―が、開いた格子とびらにぶら下がっていた。その向こうには、前足でカギを開けた器用な大グモに、どぎもをぬかれている将軍らしき男と、位の高そうな聖職者の男がいる。
「……うそだろ」
ハルディアが、ぼう然とつぶやく。
シェム―はハルディアに向かって触角をパタパタ動かすと、ぴょんと地面に飛びおりて、かさかさと廊下をすすみ、下へ続く階段へと消えた。
しばらくすると、下の階からたくさんの悲鳴が聞こえた。続いて、「おおお!」という、かん声が。
牢屋にいる兵士達が、とつぜん現れた大グモシェム―にびっくりぎょう天したものの、そのクモがカギをあけたので喜び興奮しているのだろうと、その場の様子が簡単に想像できる。
「あいつがクモじゃなかったらなぁ~」
ため息をついたハルディアは、とても残念そうだった。
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