第21話 もう一つの戦場

 イサらに少しおくれて、トトとネフェルタリ、ハルディアとシェンは、夜明け前に『死の島』から船を出した。

 ナツと見送りに来たイトがずっと、岸から大きく手をふっている。

 

 オールをこいでいるトトの足元から、かたへと登ったシェム―が、トトのほおを、とがった前足でチョンチョンとつついた。


 トトはシェム―にほほえみかけた。その目にはもう、昨日のような泣きあとは無い。


「大丈夫だよ、シェム―。後かいはしないって、決めたんだ」


 東の対岸にふり向いて、決意をかためるように、表情を引きしめる。


 イサは昨日、タマシイの保管庫に並んでいるネフェルタリの先祖や、葬送人の先祖に相談をもちかけていた。ネフェルタリを助け、そして葬送人の今後の安全を守るために。


 もし、ペラをウィーダやケスタイにわたさず、このままライール一世の子孫の手にゆだね続けてもよいと考えるのなら、力をかしてくれないだろうか。


 イサは、どうくつの一番おくの部屋で柔らかく光っている古い小ビンに向かって、そんな風に語りかけた。


 そして、ペラにせまっている大軍をしりぞける助けになってやろう、と先祖達がこたえた時、イサの心は決まった。

 葬送人は、ペラとケスタイ両国の先祖の意向を伝えるために、戦うことになったのだ。

 もちろん、それは葬送人がケスタイに剣を向ける表向きの理由でしかなかった。


 イサは島の葬送人達をタマシイの保管庫に集めると、葬送人を苦境に追い込んでしまった事を深く謝り、協力者をつのった。


 ハルディアのアドバイスを受けたトトが、イサを探してタマシイの保管庫にたどりついたその時、イサは仲間達に深く頭を下げて、大軍と戦ってくれる戦士をもとめているところだった。


 ミンがイサに歩み寄り、それをきっかけに次々と葬送人達がイサに集まるその様子をまのあたりにしたトトは、声を上げて泣いた。


『しっかりやりなさい』


 イサは、出発に立ち会うナツやイト、島に残る仲間達にあいさつしたあと、トトのかたに手を置くと、それだけ言い残して行ってしまった。


 イトはナツの背中にかじりつき、顔をうずめていた。

 トトはだまって、遠ざかってゆく仲間達を見送った。


「……あの時だれも泣かなかったのは、おれがその場にいたからだ。だから、メソメソなんてしてられない」


 同じ船に乗っている三人には聞こえないように、トトは声を小さくしてシェム―に気持ちをつたえた。


「おいトト。一つ確認したい事がある」


 ハルディアが言った。うでを組んで、船の後ろで仁王立に対岸をにらんでいる姿は、とても勇かんに見える。――が、なぜかどことなく、顔がこわばっている。


 「なに?」と返事をしたトトに、ハルディアは対岸をにらんだまま、「こいつらは肉食か?」と聞いた。


 『こいつら』とは、船底にひしめきあっている光グモの事だった。船底につんだ杖や武器が見えないほどの大群だ。


「そうだけど」


 トトが当たり前のように答えたとたん、ネフェルタリとシェンが青ざめた。二人とも、船が出発してから何もしゃべらず、ぴくりとも動いていない。


 生まれた時から光グモと家族同然で過ごしているトトは、三人がどうして固まっているのか、まるで分かっていなかった。


「りょうかいした」


 ハルディアがそう言った時、一匹の光グモが、ハルディアの足のこうを横ぎる。

 ハルディアは無言で鳥はだを立たせた。


 ★


 ネフェルタリは、礼拝堂からのびている、かくし通路の出口の場所を知らなかった。だから五人は、街をぬけて城にしのびこむ事にした。


 はね橋は下りている。門のまわりには兵士が何人もいて、警備はいつもより厳重だった。けれど問題ない。光グモが次々と兵士の顔にとびつき、混乱させたからだ。

 五人はすんなりと門をくぐり、街に入った。


 まだうす暗い街中は、人気も少ない。

 五人はシェム―の案内で、なるべく人通りのない道を選んで進んだ。


 数歩先をはっているシェム―が、曲がり角にさしかかるたびに、人がいない事を確認する。人がいた場合は、他の光グモが、城門をくぐった時のようにその人の顔面に張りつき、おどろかせている間に後ろを走りぬけるのだ。それを繰り返し、五人は難なく城の前までたどりついた。 


「さ、こっから先は別行動だぜ」


 そう言ってハルディアがこしの剣を抜き、シェンも弓に矢をつがえて、いつでも攻げきできるよう準備をする。


 うなづいたネリも、ハルディアより一回り小さい剣をぬいた。

 トトもこしの短剣に手を伸ばしかけたものの、思いなおして、使いなれている杖をぎゅっとにぎりなおす。


「シェム―、たのんだよ」


 トトがかたに乗っているシェム―に声をかけると、シェム―は、かたから飛び降りて、カサカサと地面をはってゆく。数メートルほど進んだ所でこちらをふり返り、『早く来い』とばかりにハルディアとシェンをした。


 ハルディアは思いきり顔をしかめると、「おれ、実はクモきらいなんだよなぁ」と小さくぼやいてから、シェム―の後を追った。

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