第20話 古代の騎士たち

 夜のうちに『死の島』を出立したイサは、十数人の葬送人を引きつれて、北の砂ばく地帯に到着した。それぞれの馬の横腹につり下げられている葬送人の杖と剣が、朝日をあびてきらりとまばゆい光を放つ。


「本当に一万の軍隊がいるんですかね」


 先頭を進むイサの横にルウが並んで、言った。

 前だけを見ながら、イサが返事をする。


「こわければ今のうちに帰れよ。命の保証は出来ないんだから」


「まさか」とルウは笑う。


「ずっとあんたについてきたんだから、今回もついていくに決まってんでしょ」


「そうじゃ。放っとけんのだから仕方あるまい」


 ルウの横に出てきたミンが話に入った。


 ルウはめいわくそうに、戦士として一番に立候補した最年長の剣士を見る。


「ジジイこそ帰れよな。いつもの怨霊集めとはちがうんだぞ」


「師しょうと呼べい、バカもんが。ワシは『死の島』一の剣の使い手じゃぞ。お前らより役に立つわい」


 いつでもどこでもリラックスして軽口を言い合う二人の姿に、イサの緊張も少しゆるんだ。


 砂丘を上がり、頂上から見下ろすと、オアシスを背景に進軍してくる大軍が見えた。砂色一色の大地に、きょ大な黒い帯をねかせたような大隊は、ゆるゆるとわずかにうねりながら、こちらに向かってきている。

 ルウがごくりとツバをのんだ。


 軍隊の先頭を歩く男の顔が分る距離まで近づいたとき、イサは葬送人の杖をかかげた。

 それを見つけた大軍の動きが、ぴたりと止まる。


「何ものだ!」


 ケスタイの軍旗を持った、将軍の一人らしい男が、馬の上から大声できいてきた。


「我々は死者の世話人である!」


 その男に負けないくらいの大声で、イサが答える。


「ケスタイの武将たちにつぐ! そなたたちがペラを侵略することは、そなたたちの先祖であらせられるアトム王の弟君およびその騎士たちも望んでおられない! 今すぐ軍をひかれよ!」


 古代のえいけつの名を聞いて、軍隊がざわめく。しかし、葬送人をよく知らない遠い砂ばく向こうの民たちは、やがて、イサをバカにして笑いはじめた。


「バカバカしい事をぬかす黒服の集団などに従うと思うか! お前達こそ、そこをどかねば剣のサビにするぞ!」


 軍旗を持った将軍はそう言うと、後ろの兵たちに片手を上げてみせた。すると、先頭の歩兵隊が剣や槍を一斉に構え、その後ろの弓兵隊がさっと、弓に矢をつがえる。


 イサは杖を下ろして大きく深呼吸すると、後ろにいる仲間達に「開けてくれ」と命じた。


 横一列に並んでいる葬送人達が、それぞれ持っていた小ビンのフタを開ける。それらの小ビンは、タマシイの保管庫から持ってきたものだった。


 開かれたビンの中から、うすい黄色にかがやく騎馬隊が、次々と飛びだす。

 まるで大量の水が吹き出すように現れた騎馬隊のユウレイをまのあたりにして、ケスタイひきいる軍勢は、どよめいて後ろへ下がった。


 数千のユウレイ兵が、またたく間に砂丘に広がる。


「手助けをして頂き、恩にきます」


 イサは自分の両どなりに並んだ『強王』ライール一世のユウレイと、アトム王の弟であるルイのユウレイに語りかけた。


『連れてゆけと命じたのはおれだ。民を守るためならば、手をかさんわけにもいくまい』


『我が子孫イサよ、死んだら私のとなりに並べばよい』


 ラクダのユウレイに乗った皮よろいの男と、ゆったりとした服を着て馬のユウレイにまたがっている男が、イサにこたえた。馬にまたがっている男は、うっすらとだが、かみが黒く、目が青い事が分る。二人とも、死んだ時にひつぎに納められた愛用の剣をにぎっている。今はもう、彼らの体や乗りものと同じく、実体はない。


 後ろに並んでいるユウレイ兵たちも、二人と同じように馬やラクダに乗り、今では作られなくなった古代の武器を持っている。


『我が戦士たちよ! いまいちど剣をふるい、いさおをたてよ!』


『ひるまずなぎたおせ!』


 ライール一世とルイの声に、ユウレイ兵が武器をかかげて、一せいに『おおおお!』とほえた。

 二人の将は、それぞれの兵をともなって勢いよく砂丘をかけ下りていく。


「私が帰らなければ、トトをたのむ!」


 イサは役目を終えて後退していく数人の仲間にさけぶと、指令笛をくわえた。剣をぬき、馬を走らせる。


「後でちゃんとタマシイ拾いに来てくれよな!」


 ルウがイサに続いた。


「強気でいかんかこわっぱども!」


 戦死を前提にとっ進していった教え子たちをしかりつけながら、おくれまいとミンが追いかける。それに続いて、残りの葬送人達も剣を片手に馬を走らせた。


 生きている者、死んでいる者、北からしんこうしてきた者、それを止めようとする者。それぞれのさけび声とイサの指令笛から発せられる高い音が、青くすんだ空の下に、大きくひびきわたった。

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