第19話 『死の島』での作戦会議

 ネフェルタリはイサの家にもどってきたハルディアに戦う決意を伝えた後、市内での派手な争いはやめてくれとたのんだ。


「街には子供や難民が大勢いる。民からは、ぎせいを出したくないの。お願い」


「むしろ、この人数で市街戦は無理だぜ」


 笑いながら言い返したハルディアは、派手に争うよりも、まずは城の牢屋に閉じこめられている軍人や兵士を解放し、味方につける事をていあんする。そして、トトに紙を持ってこさせると、ネフェルタリに城内の地図をかかせた。


「本当に将軍兵士あわせて百人くらいが牢にいるんだろうな?」


 うんうんうなりながら地図をかいているネフェルタリを横目にみながら、ハルディアがトトに確認する。


 トトは自分の右かたに乗っている大グモと視線を合わせてから、ハルディアにうなづいた。


「シェム―はそう言ってる」


 トトのかたに乗ったシェム―が、同調するように前足をパタパタと動かす。


 ハルディアは疑いの目で、てい察から帰って来たばかりのシェム―を見た。


「大丈夫。光グモはかしこいの」


 ネフェルタリが、机にはりつくようにして地図をかきながら口をはさんだ。

 ちょうど地下牢の部分をかいていたので、ネフェルタリは作業をすすめながら説明する。


「地下牢は三層になっていて、私がマナナといたのは一番上。正面の牢には将軍と大神官が一人ずつ。残り二層は、だれがいるのか分らなかったけど、そこに兵士達が閉じこめられているのをシェム―が見てきたなら間違いない」


「クモがスパイねぇ」


 ハルディアが感心したように、また呆れたように、シェム―をまじまじと見る。それから、シェンと顔を見合わせると、『そこまで言うなら信じましょうか』といわんばかりに二人してかたをすくめた。


「言っておくが、市民が暴動を起こそうとすれば、ウィーダは牢屋にいるやつらを見せしめとして、一気に公開処刑するぜ。エレルヘグでもそうだった」


 だから牢屋にとらえられている人達を助けたいのなら、国民が大人しくしている今のうちだとハルディアは説明する。


「まあ、うまい具合に牢にいるのは軍人様だ。味方につけりゃ、これほど強いもんはねえ。とっとと助け出そうぜ」


「ウィーダはどこにいるのかな」


 トトが完成間近の地図をにらむ。


 それについては、ハルディアが答えた。


「あいつはいっつも安全な場所にいる。身をかくしながら、手下に外の様子をちくいち報告させてるんだ」

 

 そして、どこか思いあたる場所はないかとネフェルタリにたずねた。


 ネフェルタリはしばらく地図とにらめっこをしていたが、やがて城の北側の部屋に人さし指をトンと置く。


「城にある王族専用の礼拝堂。ここを知ってるのは、王族と大神官だけ。もしもの時は国の外へにげられる通路もあるの」


「よっしゃ、よくできました!」


 ハルディアはネフェルタリの頭にぽんと手を乗せると、まるでウィーダを追いこんだかのように、きょうぼうな笑顔を作った。


 ★


 ハルディアは、シェンといっしょに地下牢にしのびこんで、閉じこめられている人達を助ける役目をかってでた。ネフェルタリには、ウィーダをにがさないよう、つかまえておくようにと指示をだす。


「そんで、お前はどうすんだ。おひめさんといっしょに行くのか?」


 聞いてきたハルディアに、トトが「当たり前だろ」と上目づかいにハルディアをにらむ。


 ハルディアはブハッと大きくふき出すと、大声で笑う。そして、トトの背中をバシバシとたたいた彼は、「今度はオヤジさんにちゃんと了解とれよ」とアドバイスした。


 ★


「じゃ、すぐもどるから」


 ハルディアのアドバイスどおり、トトがイサにかけ合うため、家のおくへと入って行く。


 トトがとびらを閉めると、ダイニングに残ったハルディアは、ネフェルタリに「条件がある」ときりだした。


「この一件がかたづけば、おれに兵と軍資金を貸すと約束しろ。とっておきの武将付きでな」


「わかってるわ」


 しんけんな表情で、ネフェルタリはこたえる。

 ハルディアが自分の国を取りもどすために協力しているのは、ネフェルタリも理解していた。


「ハバスという将軍が牢にいる。彼はペラでもゆびおりの剣士よ。義理がたい人だから、きっとあなたがたの力になってくれるわ。弓兵隊と騎馬隊にも、隊長クラスをつけてあげる。お金は、高級神官のかくし財産をあたってみるわ。多分、エレルヘグまでの軍資金くらいは集まるはずだから」


 ネフェルタリは、スラスラと答えた。王女はいつの間にか、国王の顔になっている。


「そのかわり、あなたにも約束してほしい事があります」


 ネフェルタリは、エレルヘグを取りもどしたあかつきには、エレルヘグとペラをつなぐ商用ルートの整備に協力する事。そして、ペラに帰る兵士達に、帰りの分の水と食料に加え、当面のあいだ、ペラの国庫をまかなえるだけの穀物を持たせる事。最後に、エレルヘグの情勢が安定したら、ペラにいる難民の一部を受け入れる事を求めた。


 兵力をやるから、さっさと王座を取りもどして『お友達』として、えん助をしろ。という事だ。


「ちいとばかし厚かましいお願いだが、まあいいぜ」


 ハルディアはにやりと笑った。


「交渉成立だ。約束は守れよ。ペラの女王」


 ★


 問題はもう一つあった。すぐ近くまで来ている大軍隊だ。


「実際こっちの方がやっかいだぜ。ウィーダからペラを解放しても、大軍にせめこまれちゃどうにもなんねえ」


 ハルディアが、あごをさすりながら考える。

 その時、おくに続くとびらが開き、イサがあらわれた。後ろには大勢の葬送人と、トトもいる。何故かトトの目は赤くはれていた。泣いたようだ。

 

「そっちは我々が引き受けよう」


 おだやかな笑顔で信じられない事を言ったイサに、ハルディア達はぽかんとする。


「あんたら戦えたのか」


 ハルディアが意外だといわんばかりにイサを指さした。


 イサは首を横にふる。


「いや。自分の身を守るだけで精いっぱいだ」


「んじゃやめとけよ」


 ハルディアが更に目を丸くする。これ以上まぶたを開いたら、眼球が飛びだしそうだ。勇ましいライオンのようだった若者が、急に魚そっくりの顔になった。イサの後ろでルウがプッとふき出し、声を殺して笑いはじめる。


 イサはルウの頭をおさえて、しのび笑いをやめさせると、「だいじょうぶだ」と言いきった。


「味方ができたんだよ。ものすごく強い味方が」


 聞かされた方としてはとても気になる言い回しで、イサは自信たっぷりにほほえんだ。

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