第18話 二千年前のペラと葬送人

 今の王家の先祖であるライール一世は二千年前、ペラを治めていたアトム王に勝利した。三日三晩の戦いのすえ、アトム王が降参したのだ。

 遊牧民の長だったライール一世は、仲間を引き連れペラに移り住み、王となる。

 それから二千年。ライール一世の子孫は、国王の権力を守り続けてきた。


「実は葬送人の始まりも二千年前だ」


 イサが葬送人についての最初の秘密を明かす。


「ずばり言ってしまえば、我々の先祖はネリの先祖に負けた王族の一部でね」


「ええ!」


 トトが大声を上げた。


「おれ達の先祖、王族だったの!」


「あくまで大昔の話だよ」


 ビックリしているトトに、イサは落ち着くよううながす。


「それは、ウィーダの先祖では? 戦いに負けたアトム王は、ペラを追い出されて北へわたったんじゃないんですか?」


 トトからの情報を思い出したネフェルタリが質問する。

 二つに分かれたのだ、とイサは答えた。新たな土地を求めて北へわたったのがアトム王ひきいる国王派。『死の島』へ移住したのがルイという王弟派だった。


「二分したからといって、不仲というわけではなかったそうだ。それぞれがそれぞれに合った生き方を選んだだけだった」


 元々王弟派は死者と会話する技に長けており、神殿をまとめる役割を担っていた。ゆえに、彼らはこの土地に残り、戦死者達の魂をとむらう人生を選んだ。そして彼らはやがて、葬送人として暮らしをたて、大陸全土の死者を世話する集団へと変化をとげた。


「王弟派が『死の島』を選んだのには、もう一つ理由がある。ヒントは、『ペラ』は二千年より前からずっと『ペラ』だという事だ」


 これが、どういうことか分るかい?


 イサが二人に問いかける。

 その質問には、ネフェルタリが答えた。


「ライール一世がペラの国名を変えなかったのは知っています。彼がどの国にもぞくさない遊牧民だったからでしょう?」


 確かにそれも理由の一つとしてあったかもしれない、とイサはうなづいた。


 しかし、もっと大きな理由があったという。


「君の先祖はペラの王権をうばいはしたが、そこに住む人々の文化や宗教、言語まではうばわなかった。むしろ先住民の今までの暮らしを守り、彼らに混じ入る形で統治を始めたんだよ」


 だから国名もそのままに残った。

 戦いに負けた王族についても、さすがに国王は国を追い出されたが、王弟については権力をうばわれるだけで済んだ。


「ライール一世が情けぶかい人だった、ってこと?」


 トトの解しゃくに、イサが「いや」と首を横にふった。


「そうしなければ、国民がだまっていなかったからだ。特に王族の扱いについては、下手な事ができなかった。特別な力を持つ王族は国民にとって聖なる存在で、特に王は神の子としてあがめられていたから」


 そしてライール一世は、たいかん式でペラの国民に約束した。


『私は神秘の力を持たないただの人間だ。ゆえに、今後はこれまでになかった苦難がこの国をおそうだろう。しかしその時には、必ず私の血を引く者が人々を守り、助けよう』


 その演説が上手くいき、ライールは『神の子』にかわる『強王きょうおう』として人々に受け入れられた。


「それから二千年。ライール一世の子孫つまりネフェルタリのご先祖たちは、ペラに何度も起こった危機から人々を守り導いてきた。しかも不思議な事に、初代国王の約束が語りつがれなくなった今でも、君たち王族は彼の言葉通り、人々を守ろうと立ち上がる事を忘れない」


 これはもう、『血の盟約めいやく』とでも呼べばいいのかもしれない。ライール一族がせおった宿命だと、イサはネフェルタリに語った。


 ネフェルタリは、注意深くイサを見る。


「……葬送人はずっと、新しい王家をみはってきたんですか?」


 イサがふっと笑う。


「最初はそうだったかもしれんが、今はただの風変わりな集団でしかないよ。安心してくれ」


 政治よりもこっちのほうが性に合いすぎて、すっかり落ち着いてしまったのだと、イサは葬送人に共通する、生まれつきのんびりとした気質を楽しそうに語った。


「おれもこの仕事は好きだよ。生活リズムが整わないのが、つらいとこだけどね」


 トトもじょうだんを言って笑う。


 二人の和やかなふんいきにつられて、ネフェルタリの表情も明るくなる。

 そして、大事な事を思い出した。

 乳母のマナナはまだ牢に閉じこめられている。助けなければならない。

 さらにマナナの他にも、牢にはウィーダに逆らい、つかまってしまった人が大勢いた。ハルディアの仲間のコンも、生きているなら同じように牢屋に入れられたはずだ。

 王族の一人として、ウィーダの支配から国民を守るというつとめもある。

 ネフェルタリには助けたい人がたくさんいたのだ。それだけでも、動かないわけにはいかなかった。


「トト」


 ネフェルタリは勇気をふるいたたせて、たったひとりの友達を見つめた。


「私、やる」

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