第17話 ネフェルタリの苦悩
イサの家には、トトが家を飛び出した時に『春が来た』と見送った青年ルウと、最年長の老人ミンが居残っていた。二人は、ペラの王女ネフェルタリとエレルヘグの第二王子ハルディアそして従者シェンをまのあたりにして、出された茶を飲むのも忘れて、ぼう然としていた。
「信じらんねえ。トトの奴、本当に助け出して来やがった……」
「しかもエレルヘグの王子付きとはのう……」
いやあ、おそれいった。
としの差五十以上ある二人の感想が、キセキ的にいっちした。
イサの前には、トトと、トトが連れて来た三人の客人がテーブルをはさんで座っている。
イサの顔色をうかがいながら体を小さくしているトト。暗い表情でうつむいているネフェルタリ。うでを組み、この部屋で最も堂々としているハルディア。無表情のシェン。
息子と三人の客人を順に目で追ったイサは、「さて」と前置きすると、息子のトトに話しかける。
「これで我々葬送人はケスタイとエレルヘグの敵になった。どうするつもりだ? トト」
イサの声とふるまいは、いつも通り静かで落ち着いている。しかしトトは、イサの問いかけから、とんでもないいかりを感じ取った。「えっと、その……」と何かしゃべりかけはしたものの、ごにょごにょと返事に困ると、ごめんなさい、とばかりにだまってうなだれる。
「まあそう言うなよオヤジさん」
ハルディアがトトをかばった。
「こいつは好きな女のために命張ったんだ。大したもんじゃねえか」
にやりと悪そうな笑みをうかべながら、ハルディアは、じょうだん混じりに少年のがんばりをほめる。
からかわれたトトは、真っ赤になった。
「ち、ちがうよ! おれ達、友達だから!」
ムキになって友情を主張したトトに、ハルディアが「へっへー」と笑う。
きんちょう感のないやり取りを始めた二人に、イサは小さくため息をついた。
「君は、どうして息子に協力しようと? 葬送人を味方につけたところで、君が得する事はないと思うんだが」
エレルヘグの第二王子に、もっともな疑問をぶつける。
「まあな」
ハルディアはイサに同意した。
「確かに、味方にしたところで死者の世話人じゃあな。悪いがあんたらにゃ、なーんも期待してねえんだわ」
ずばずば言うと、ハルディアは椅子にふんぞり返った。
「言ってくれるねぇ」
「ワシらじゃ大した戦力にならんのは確かじゃからのう」
部屋のすみで、ぬるくなりはじめた茶をすすりながら、ルウとミンがぼそぼそと会話する。
ハルディアの前に、お茶が入った湯のみが置かれた。中の茶がこぼれるくらい、やや乱暴に。置いたのはイトだ。
ハルディアの発言を葬送人へのぶじょくと取ったイトは、大きな目でハルディアをひとにらみすると、残りの湯のみをネフェルタリとトトの前に置いて、すぐに台所にもどっていった。
ハルディアは、おこらせてしまったイトの背中を苦笑いで見送った。しかし、すぐに気を取り直したように話にもどる。
「おれが味方にしたいのは、ペラの女王陛下だよ」
そう言うと、ネリにするどい目を向けた。
「お前さんに恩を売りたくてな。どうだい。たたかうカクゴは、できたかい?」
勇ましい笑顔でたずねられたネフェルタリは、青白い顔でハルディアを見つめ返す。そしてまた、うつむいた。ひざの上で、ぎゅっと両手をにぎる。
「私、女王にはなれません」
低い声で、ぼそりと返事をする。
なぜ? という問いかけは、だれからも起こらなかった。そこにいる全員が、だまって次の言葉を待つ。
ネフェルタリは、くちびるをふるわせながら、ようやっと、といった様子で理由を話し始める。
「わ、私、父上が亡くなった時……私、もちろん辛かったし、悲しかったけど。それと同じくらい、ホッと、したんです。これでやっと、自由にふるまえるって。ネリじゃなく、ネフェルタリとして街に出て、発言して、行動できる。それが、う、うれ、しくて」
言葉の最後で、ネフェルタリは泣き声のようなものを上げると、両手で顔をおおった。
そこからは感情をはきだすように、まくしたてる。
「私、絶対おかしい! こんなどす黒い人間、王になっちゃいけない!」
とつぜん、トトが勢いよく立ち上がった。椅子がはねあがり、後ろへたおれる。
「君はぜったい、だいじょうぶ!」
こぶしをにぎって断言した。
いきなり大声を出したトトに、みなはあっけにとられる。ネフェルタリも、てのひらから顔を上げて、おどろいた様子でトトを見上げた。
「だって君がどういう人かは、ネリに感謝しながら冥府に旅立った人達が証明してくれてるじゃないか! おれ、ペラの街で仕事してる時に、たくさんの伝言をたのまれたんだ。ネリに『ありがとう』って伝えてくれって、みんなが言うんだ。だからおれ、ずっとネリに――ううん。ネフェルタリに、会いたかったんだよ!」
最初から最後まで大声でまくしたてたトトは、興奮と息切れで、ゼエゼエとかたで息をする。
赤んぼうの時からトトを知っているルウは、一丁前にいきまいているトトの成長を目の当たりにして、「必死になっちゃってカワイイ」と、ヘラヘラ笑った。
「だまっとれ」
ミンがすぐさま、野暮をしかる。
イサはトトに、座るよう言った。
注目を浴びている事に気付いたトトは顔を赤くすると、後ろに倒れている椅子をあわてて元に戻し、座った。そこからは居心地が悪そうに、かたをすぼめて、だまりこむ。
台所のすみから、ナツとイトがくすくす笑う声がした。
「おれには、お前さんは普通にしか見えんがな」
今度は、ハルディアが話し始めた。椅子の背もたれにどっかりと体をあずけたまま、少しめんどうくさそうにしている。
「近しい者が死んだ時、悲しみ以外の感情がわいて出んのは別に変じゃねえ。その感情が明るかろうが暗かろうが、それだけ相手に向き合ってきた証でもある。別に恥じるこっちゃねえ。ついでに言うと、上に立つ人間は腹黒いくらいで丁度いい」
そこまで言うと、ハルディアはお茶をごくりと飲んだ。
「――が、残念なことにお前さんは腹黒いわけじゃなく、未熟なだけだ。王として問題にするなら、むしろそっちだな」
言いながら、お茶を飲み干す。
湯のみを空にすると、ハルディアはテーブルに湯のみを置いて立ち上がった。
「時間をやるよ。でも、あんま待たせんな」
ハルディアに合わせて席を立ったシェンを連れて、外に出ていく。
「ほれ、ワシらも出るぞ」
「え~? ここからが本番なのに」
ミンに連れられ、ルウも外に出た。
ダイニングには、どんよりとしたままの王女ネフェルタリと、葬送人を率いるイサとその家族が残った。
イサは、だまりこくっているトトとネフェルタリを前に、「ふむ」と小さくうなった。が、やがて「これは本来ならば、いちにんまえと認められた葬送人にしか明かされない秘密なのだが――」と話し始める。
ナツがイトを連れて部屋を出て行った。イトにはまだ早いと思ったようだ。
それは、葬送人の始まりの物語だった。
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