第16話 王女のさけび

 その日の正午、中央広場にはペラ中の民がひしめきあっていた。かれらの正面には、首つり台が設置されてある。


「ネフェルタリ様、本当に殺されちまうんだね」


「あの王女様が反逆罪なんて、信じられんが……」


「なんにしても、ウィーダ様が『そうだ』とおっしゃるんなら、仕方ないさ」


「まあな。ウィーダ様はペラのために、もっとも力を尽くしてくだすっている方だしな」


「たよりない王女様だったが、最後くらいは見届けてやるかね」


 国民は自国の王女が処刑される確かな理由も分らないまま、王女の死けいを受け入れていた。神の力で自分達の生活を支えてくれていた内政大臣を、それくらい強く信らいしていたのだ。


 ペラは本日もカラリとした快晴だ。けれど、処刑場へと変わった広場は、なんともいえないじっとりとした重たい空気に包まれていた。


 やがて、後ろ手にしばられた王女を連れて、ウィーダとクレイトス、そして、死けいしっこう人が処刑台に上がって来る。


 ウィーダはざわめいている野次馬を見下ろすと、くいと片ほおを上げて笑みを作った。


「みなに面白いものを見せてやろう」


 そう言うと、おもむろに王女のカツラをとる。オレンジ色に近い明るい茶ぱつが、太陽のもとにさらされた。


「ネリ!」


「うそでしょ!」


 そこかしこから、おどろきの声が上がる。


 この男、一体どういうつもりだ。


 ネリは、困わくしている見物客達を、ゆうぜんとながめているウィーダをにらんだ。


「どういうことだ!」


「どうしてネリが処刑されるんだ!」


「ネリを解放しろ!」


 混乱し、いきり立った市民がどっと前におし寄せる。何人かが処刑台に続く階段を登ろうとして、兵士に槍でたたき落とされた。


「待て!」


 たたき落とした市民に槍の切っ先を向けようとした兵士を、ウィーダが止める。


「だれも傷つけぬという約束だ。王家と我がいしんにかけて、民に手を出してはならん」


 はっとした市民は、新しい統率者の威厳に満ちた姿に注目する。


 そういうことか、とネリはくちびるをかんだ。

 わざと暴動を起こさせ、自分の株を上げたのだ。


「これがお前の、人心を操る術ですか」


 ネリは勝ちほこった笑みをうかべてこちらを見ているウィーダに、うなるように言った。


 もはや、王女としてもネリとしても、自分にできることは何もない。残こくな真実を告げ、国民に心の準備をさせる事しか。


 ネリはかくごを決めて、民衆に向かって声を上げる。


「みなさん、私の話を聞いてください!」


 今度はネリに民衆の視線が集まった。


「みなさん。これからこの国は、ケスタイにせんりょうされます。エレルヘグの軍勢を連れて、じきにやってくるでしょう。王家は争わず、門を開けるつもりです。みなさんはどうか、ケスタイの指示に従って下さい。そうすれば、少なくとも身の安全は保障されます」


 静かだった広場が、一気にどよめきたつ。


「ペラがうばわれるって、どういうことだ!」

「説明を!」「ウィーダ大臣!」


 民衆が口々にさけびはじめる。ウィーダはだまっている。


 ネリは、さらに声を張り上げ、「私は無力でした!」と民衆に向かってさけんだ。


「本当にごめんなさい。私は、あなたがたの命以外、何も守る事が出来なかった!」


 再び静まり返った民衆を前に、血をはく思いで謝ったネリは、でも――と次の言葉へとつなげて、苦しみにゆがんだ顔を上げる。


「大陸中のどこをさまよってもきっと、あなたがたの楽園は見つからない。苦しくても、どうか負けないでください。この地で生きて! どうか、あなたがた自身の足で立ち上がって!」


「おれ達に立ち上がれというのなら、まずはお前が立ち上がって見せろ!」


 とつぜん、民衆の中から、勇ましい声がひびいた。次のしゅんかん、死けいしっこう人と兵士に矢が命中する。


 ウィーダとクレイトスにも矢が飛んできたが、クレイトスは自身に向けられた矢を左のうでで受け、ウィーダの分は自分の剣ではじき返した。


「曲者だ! とらえよ!」


 矢の飛んできた方向から、そげき手の位置をすぐに割り出したクレイトスは、真南の建物の屋上を指さす。そこには弓を構えた、黒かみの小がらな男の姿があった。


 男は弓を矢づつの後ろにさっとひっかけると、屋上から飛び降りて姿を消す。


 矢を受けていない兵士達が、一せいにそげき手を追いかけた。そこにいる全員が、そげき手と兵達の動きに注目する。


 そのすきに、トトが処刑台に上がってきた。ナイフでネリの縄を切る。


「トッ――」「静かに!」


 おどろくネリの手を引いたトトは、処刑台のすぐ横まで連れて来ていた馬の背に、ネリを乗せた。


「王女がにげたぞ!」


 ウィーダの声がする。


「ダメよ! 私がにげたらみんなが!」


 自分の後ろにまたがって馬を走らせようとしているトトに、ネリは首を横にふってうったえる。


 そこに、馬に乗ったディーが合流した。


「ウィーダのやり方は、おれらの方がよく知ってる! 策があんだから大人しくしてろ!」


 そのどなり声でネリは、民衆の中から聞こえた勇ましい声が、ディーのものだった事に気づいた。


 ディーが「やっ!」と馬を走らせた。トトもそれに続く。


「若、お早く!」


 体格のいい老人が、城門の前でこちらに向かって呼ばった。

 はね橋が上がりかけているのだ。


「急げ葬送人!」


 ディーがふり返り、トトを急かした。

 さきほど屋上で弓を射た青年が、いつの間にか老人の横に来ていた。こちらに向かって、矢をつがえる。


 青年は次々に矢を放って、王女をにがすまいと追いかけて来る兵達を馬から落としてゆく。


 トトの馬が、真正面からびゅんびゅん飛んでくる矢にひるんでスピードを落とした。乗馬が苦手なトトは、ディーからどんどんはなされてゆく。


「頼む、がんばれ!」


 トトが必死に馬に呼びかける。


「かして!」


 トトの前に座っているネリが、トトから手づなをうばった。


「しっかりつかまってて!」


 手づなをとったネリは、「行け!」と一声かけると同時に、馬の腹を強くけった。つい先ほどまで矢をこわがっていた馬が、ぐんぐんスピードを上げてゆく。


 トトは落とされないよう、ネリのこしに、しっかりうでをまわした。


 馬をジャンプさせたディーが、はね橋をわたり終えた。それでもはね橋はどんどん上がって行く。


「飛ぶわ!」


 ネリがさけんだ。

 

 馬はネリの宣言通り、急しゃ面になったはね橋をかけあがり、高くジャンプして、ほりを飛びこえた。

 着地してすぐ、はね橋がごおんという音を立てて門を閉じる。


「早く来い!」


 船着き場で、ディーが大きく手招きする。そこでは、イトが小船を用意して待っていた。


 馬から降りたネリとトトは、急いで船に乗りこむ。


「よし、いいぜ! おじょうちゃん!」


 ディーがイトに船を出すよう指示を出す。


 イトはディーの勢いに、びくりとかたをふるわせたが、すぐにうなづき返してオールをこぎはじめた。


 ★


 三人が脱出した街の中では、そげき手の青年と体格のいい老人の二人が残された。


「もうよいぞ、シェン」


 老人に言われ、そげき手の青年がこくりとうなづく。

 老人が、伸ばした両うでを前に出し、手を組んで少ししゃがんだ。シェンは迷わず、その手に片足を乗せて、ぐっとこしを落とした。


 老人がうでをはねあげるタイミングで、シェンは高くジャンプする。


 シェンの小がらな体は、軽々とカベの上まで飛び上がった。


 カベのてっぺんで再びジャンプしたシェンは、ほりを飛びこえる。着地するとディーの乗っている船に向かってまっすぐ走り、岸をけった。

 ほりを飛びこえた馬よりも軽い動きで川の上をすべるように飛んだシェンは、四人が乗る船に無事、着地した。


 シェンが飛び乗ったしょうげきで、船が大きくゆれる。

 「きゃあ」と悲鳴を上げたイトがオールを取り落としそうになり、あわててにぎり直した。


「あのご老人は!?」


 ネリが船のへりにつかまりながら、ディーにたずねた。


「ああ、コンか」


 ディーは大きくゆれる小船の上で平然とうでを組みながら、仲間の安否を心配するネリに向かってニッと笑う。


「エレルヘグの男はあれくらいじゃくたばらねえ。だいじょうぶだ」


 それより、『女王』として戦うカクゴはできてるか? ペラの王女。


 エレルヘグ第二王子ハルディアは、大きな別れ道に立たされている若き王女に、不敵な笑みを向けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る