第15話 トトとハルディア

 ネリと共に畑を作っていた若い親子は、その日も朝から畑に出ていた。


 周りで同じように農作業をしている農民たちの話題は、今日の昼に広場で処刑される王女について一色だ。


「おとうさんも、おうじょさまのしょけい、見にいくの?」


 女の子が畑に水をまいている父親にたずねた。

 父親は水をまく手を止めて、しぶい顔を小さな娘に向ける。


「そんな悪シュミなもん見てどうすんだ。お前ら、絶対行くんじゃねえぞ」


 男の子と女の子が、「うん」と同時にうなづく。


 うなづいてすぐに、男の子が「ネリ、こないね」とさびしそうに言った。

 姿を見なくなって一週間以上。今まで、こんなにも長い間、ネリと会えなかった事はない。


 何かあったのだろうかと不安げに顔を見合わせる子供達に、赤ん坊を背負った母親が明るい笑顔で元気づけた。


「きっと勉強で忙しいのさ。ネリが来ない間は、あたし達がしっかり畑を守んなきゃね!」


 そして、父親の水まきを手伝うよう、幼い二人をおいたてる。


 幼い兄妹は、「わかってるー」と言いながら、井戸で水をくんでいる父親の元へ走って行った。

 そこに、「よお」と声がかかる。


 母親がふり向いた先には、二人の人間を連れたディーがいた。一人はこの暑い中、フード付きのマントを頭からすっぽりかぶっているので、男か女かも分らない。もう一人は、体が大きく、がっしりとした初老の男だった。こしに手斧をひとつぶら下げている。


「おはようディー。今日は一人じゃないんだね」


 ディーが仲間を連れているなど初めてで、母親は不思議そうにあいさつをする。父親も、二人の子供を連れてやってきた。


「そろそろここを出て行こうと思ってさ。あんたらには水もらったり、しょっちゅう世話になったから、あいさつに来たんだよ」


 ペラを出ていくと聞いて、夫婦は目を丸くする。


「どこへ行くんだい? ここら辺でまともな国は、もうペラしか残ってないじゃないか」


 ペラより南は、小競り合いや戦争続きでボロボロ。そこに人間が住めないから、人々が難民となってペラに押し寄せたのだ。ペラより北にも国はあるが、広い砂ばくをこえなければならない。東や、河をこえた西も同じで、次の国までは広大な砂ばく地帯をぬける必要がある。


「そうかもしれんが。ここももうすぐケスタイに取られちまうんでな」


 ディーが静かに言った。

 おだやかでない情報に、夫婦は顔を見合わせる。


「ケスタイが、わざわざ大砂ばくを渡って戦争しに来るってのか?」


 疑わしげに、夫の方がたずねた。妻の方は、いつもとちがう空気を感じてしがみついてきた子供達をなだめている。


「エレルヘグの商人が使っていたオアシスルートをたどれば簡単だ」 


 ディーが答えると、後ろにひかえていた初老の男が、暗い表情で視線を落とした。


「……エレルヘグがケスタイに制圧されたってのは本当だったのか」


 夫の方が、ぼう然と言ったが、それでも夫婦は、まだ信じられないといった様子だ。

 ディーは、かたをすくめた。


「ま、信じる信じないは、あんたら次第だ」


 そして、目の前の若い夫婦に、真正面から向き合う。


「それでどうする。いっしょに来るか? それとも、ペラと共にほろびるか?」


「ディー、お前いったい……」


 若い夫婦はとまどいながら、自分達を試すような質問をなげかけてきた難民の若者を見つめ返す。

 そこに、新たな声が割って入った。


「王女がいるから、ほろびはしないよ」


 ディーの後ろにひかえている二人の向こうから、息を切らせた一人の少年があらわれた。

 黒い服に、黒いかみ、青い目。夫の方が、めずらしそうに「おお」と声を上げる。


「君は、葬送人か」


「そうそうにん? なんだそりゃ」


 ディーがひょいとまゆを上げた。ディーと後ろの二人は、葬送人の存在を知らない。


 葬送人の少年トトは、額からあごを伝って流れてきたあせをぬぐうと、一晩中探し歩いていたエレルヘグ人のとくちょうを持つ青年を、両の目で見すえた。


「やっと見つけた。ハルディア王子」


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