第14話 『死の島』での動き

 ネリが牢に入れられたその日の夕刻。国王の遺体が、かそうされた。その日に命を落とした、国民や難民たちと共に。


 王の遺体が共同かそう場で焼かれたという事実は、少なからず国民をおどろかせた。しかしそれよりも、ケスタイ人である大臣がペラの政治をとりしきり、王女は近々反逆罪で処刑されるというウワサのほうが、人々のどうようをさそった。


 ★


 『死の島』でも、長であるイサの家には葬送人達が集まり、話し合いが行われていた。


 せまいダイニングルームに、各家の代表がひしめき合っている。


「ライール三世の遺体がかそうされたのは、神官のいのりが捧げられた後だ。かれのタマシイを保護するのは、もう無理かもしれん」


「昨夜、川下で宰相のタマシイを拾いました。どうやら、内政大臣に殺されたようです」


「反乱、ということかしらね?」


「しかも北の仲間からの情報では、エレルヘグからペラに向けて大軍が送られたと」


「まさか、エレルヘグの第二王子がからんでいるとか?」


「そんな事をしても、かれには何の得にもならんじゃろう」


「王女は牢屋にいるのかしら」


 代表達から次々と報告や疑問が飛びかう中、イサはうでを組むと小さくうなった。


「検問が厳しくなって中に入れないからな。シェム―をてい察にやっているが、まだもどらん。しばらく待ってくれ」


「なんにせよ、国王のご遺体が運ばれてこないなんて事は、『死の島』始まって以来かもしれんわ」


 葬送人最年長の男が、しわの刻まれた口を真一文字に結んだ。


 トトとイトは、ろうかで聞き耳を立てていた。イサとナツから外に出ているよう言われていたのだが、いてもたってもいられなかったのだ。


「何とかしてネリを助ける方法はないかしら。処刑なんて、ひどすぎるわ」


 ナツの話し声を聞いた二人のかたが、はねあがる。次のしゅんかんには、トトは大人たちの中に飛びこんでいた。


「処刑されるって、どういうこと!」


 言いつけを守らなかった事をとがめられるのを承知で、話し合いに割って入る。


「トト。外で待っていなさいと言ったでしょう」


 やはりナツから開口一番、小言をくらった。

 それでもトトはひるまず、大人達が囲んでいるテーブルに身を乗り出した。代表それぞれの顔をぐるりと見回しながら、


「ネリが殺されるって本当?」


 とたずねる。


 みなが回答をしぶる中、イサが


「ウワサの域を出ないが。ウィーダという内政大臣が王女を処刑するという話だ」


 と、答えた。


「いつ!」


 すぐに、トトが質問をぶつける。


「明日の正午じゃ」


 今度は、最年長の葬送人が答えた。


 息をのんだトトが、イサの後ろを走りぬけようとする。――が、イサにうでをつかまれて、つんのめった。


「待ちなさいトト。国同士のいさかいに我々が首をつっこむのは禁じられている」


「国同士の争いじゃない! これは、たった一人の人間がやってるんだ!」


 トトはイサがつかんでくるうでを、何度も振りほどきながら言い返した。


「知っている!」


 イサが声をあらげた。とてもめずらしい事で、そこにいる全員が目を丸くする。トトもおどろいて、暴れるのをやめた。


「知っているがしかし、国が動いてしまっているんだ。葬送人である以上、公平は守らねばならない」


 国同士の争いに関係をもたず、常に公平でいること。大陸をわたり歩いてタマシイを集める葬送人が、各国と交わしている古くからの約束だった。


 これを破ってしまえば、これまで築いてきた各国とのしんらい関係が崩れてしまう上に、タマシイを回収しようと戦地に向かう葬送人までが、こうげきの対象になってしまう。葬送人の黒衣と杖は、中立の証でもあった。


「分ってる!」


 今度はトトが怒鳴り声を上げた。つかまれていた右うでを、力いっぱいふりほどく。


「どっちだっていい! どっちにしても、放ってなんておけない!」


 さけんだトトは、げんかんとびらの前まで走ると、最後に両親や代表達をぐるりと見回して、ぐしゃりと苦しげに顔をゆがめた。


「みんなごめん。けどおれ、ネリを助けに行かなきゃ」


 そう言うと、とびらを開けて走り去る。

 その後ろを、「おにいちゃん!」とイトが追いかける。


「あ! イト、あなたまで!」


 ナツが呼びとめたが、イトはトトに続いて外へ出て行ってしまった。


「トトにも春が来たのかねえ」


 二十代後半くらいの若い男が、のんびりと言いながら頭をかいた。


 イサが「まったく」とつかれたようにため息をつく。王女の救出方法を探すためにシェム―をてい察にやったというのに、これでは意味がない。そもそも、たった二人でどうやって王女を助け出すつもりなのか。


「二人とも、あなたの若い頃にそっくりだわ」


 イサの後ろで、ナツがあきらめたように苦笑った。

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