第13話 とらわれた王女

「父上をするなど、私は認めない!」


 国王の遺体が安置されている大礼拝堂の一室で、ネリはウィーダとクレイトスを前に大声を出した。二人が、国王の遺体を焼くと言いだしたからだ。

 マナナはそれを聞いたとたん、ショックのあまりネリの後ろでへたりこんでしまった。


「国王の遺体は、『死の島』へ運ぶのが習わしだ! おじい様も、ひいおじい様も、ずっとそうやってきた!」


 こしをぬかしたように、ゆかにぺたりと座りこんでいるマナナを気づかいながら、ネリは断固ゆずらないといった姿勢でウィーダとクレイトスをにらみつけた。


「『死の島』ねぇ」


 ウィーダがバカにしたように笑う。


「いいですか、王女さま。『死の島』にご遺体をお運びするとなると、それ相応の式をとり行わねばなりません。今この国には、そんな余裕などございませんでしょう。神官がいのりを捧げたのですから、おそう式としては形式上、十分ではありませんか」


「形式に文句を言っているわけではない!」


 国王の遺体を『死の島』に運ぶのは、葬送人に王のタマシイを保護してもらい、必要とあれば遺言をもらうという大事な意味があった。ライールのように急死した場合は特に、である。

 それをこばむということは、死者に口をきかれては不都合があると疑われてもおかしくない。

 ネリは探るような目をウィーダに向けた。


「もしやお前、父上のお言葉をきいて都合の悪い事でもあるのか?」


 とは言ったものの。もし何か、かくし事があったとしても、この程度であわてる男ではない、とネリは考えていた。予想通り、ウィーダはネリからのゆさぶりを、鼻で笑って流してしまう。

 それでもネリは、負けじと続けた。


「そもそもお前は大臣の一人にすぎない。宰相をさしおいて、しゃしゃり出るとは何事だ!」


 国王が死んだ場合、次の国王が決まるまで政治をまとめるのは宰相の役目だ。ウィーダは宰相の下で働く、内政大臣だった。


 宰相の意見を求めたネリに、ウィーダは「ああ、それならば――」と、ふところをごそごそと探った。三つ折りにたたまれた一枚の紙を取り出す。


「宰相どのなら、昨日おやめになりました。私に後をたくされて」


 ネリとマナナの目の前で、ペラリと広げて見せた。


 ネリは信じられない思いで、宰相の辞任表明書をひったくると、読みはじめる。そこには確かに宰相の字で、本日をもって宰相をやめる事。あとがまにはウィーダ内政大臣を指名する事が書きしるされていた。最後に宰相のサインと、きわめつけに宰相印まで。

 となると、国王が不在の今、政治を一手にになうのはウィーダという事になる。


「そんな……どうして……」


 ぼうぜんとしたネリだったが、やがてある事に気がつき、急いで大礼拝堂を出ていく。向かった先は、国王の執務室だった。


「ひめ様! お待ちを~!」


 マナナが必死にネリの後を追った。


 ★

 

 ライールの執務室に入ったネリは、執務机に飛びついた。かくし引き出しを開け、中を探る。

 思った通り、そこにあるはずの物が、消えていた。


「王印が、ない」


 ぼうぜんと言ったネリの後ろで、到着したばかりのマナナが「なんですって?」と息を切らせながらたずねる。


 王印は、命令書や外交文書、財政文書などに押される国王の判子だ。国王の権利の証でもある。本来ならば、次の王になるネフェルタリにわたされるべきものだ。しかし、今それが無いとなると――。


 ネリは後ろをふり返ると、クレイトスと数人の兵士をともなってゆっくりと歩いてきた宰相代理を問いつめる。


「ウィーダ。王印をどこへやった!」


 国王がなくなった直後のごたごたに乗じて王印をぬすんでおいたウィーダは、ゆっくりした動作でうでを組むと、ネリを下からにらみあげるような目つきで見た。口ヒゲにおおわれた口角が、かすかに上がる。


「外交にうとい王女様に王印をわたすとお思いですか。お父上がいらしたから国は平和を保っていられたのですよ」


 それを聞いたネリは、やっとウィーダの目的を理解した。どうやってもつぐなえないであろう、大罪もいっしょに。

 こぶしをにぎったネリの両うでが、ブルブルとふるえる。


「そうか……。お前は、最初から……」


「さすがは王女様。お父上もあなた様のように私を警戒しておられたならば、ワインに混入された毒に気付けたでしょうに」


「ウィーダ!」


 ネリは執務机の裏に手をのばす。そこには、いざという時のために備え付けられているライールの守り刀があった。


 迷わずサヤから剣をぬいたネリは、その短剣でウィーダにきりかかる。

 しかしその剣先は、ウィーダに届く前にクレイトスに止められた。ネリはうでをつかまれ、ぎゅっと上にひねられる。

 

 うでの痛みにたえながら、ネリはウィーダにさけぶ。


「やはりケスタイの圧制からのがれてきたというのはウソだったか! ――貴様、エレルヘグを落とした張本人だな!」


「ひめ様!」


 マナナがネリに走り寄ろうとした。

 「マナナ! 動いてはダメ!」とネリがするどい声で止める。兵士達がマナナに槍先を向けていたからだ。


 いつの間にか、城の兵士達もウィーダの味方に付いていた。


 畑や難民にばかり気を取られていて、城の中の事にまで気を配るよゆうが無かった。ネリは警戒が足らなかった自分のあまさを痛感した。


 エレルヘグは、外からではなく実は内から落とされたのではないか。社会科の先生がそのように言っていたのだ。

 

 小国でも、エレルヘグは軍事力が強い。その国が、砂で固められただけの建物が、だく流にのまれるように、またたく間にケスタイに負けてしまった。それは、戦争が始まった時にはもう、国の内部がケスタイに操られていたからではないか、と。


 対岸の火事ではなかったのだ。


 国民の前で王族を処刑したケスタイは、そこから暴力的なやりかたでエレルヘグの国民を支配していった。監禁や殺りくなどの見せしめを繰り返した結果、今やエレルヘグでケスタイに反抗する者はいないという。


 このままでは、ペラもエレルヘグと同じになる。ネリは両うでがしばられる痛みに顔をしかめながらも、もがき暴れた。


「エレルヘグでお前たちがやった横暴は、私は絶対に許さない! 貴様などにペラをわたすものか!」


 マナナと共に兵隊に連行されながら、ネリは必死に声を張り上げる。しかしそんな悪あがきはなんの意味もなさないのだと、頭では分っていた。 


 ★


 王女とその乳母が地下牢に連れて行かれ、国王の執務室にはウィーダとクレイトス二人が残った。


「これでやっと終わりますな。ウィーダどの」


 感傷的になってもいい台詞を、クレイトスは無表情に言った。


「ああ。ギリギリだった」


 ウィーダもあっさりとこたえる。しかし、クレイトスはそのこたえに、不思議そうな顔を返した。


「ギリギリ?」


 何がきわどかったのか。 

 視線で回答を求めてきた数年来の相棒に、ウィーダはうす笑いをうかべる。


「この国の成人は十五だ。この計画があと二年遅れていたら、私はあの王女に首を落とされていたであろうよ」


 殺すには惜しいが、いたしかたない。と残し、ウィーダは執務室を出て行った。

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