第12話 ネリとネフェルタリ
見つけた!
ディーの姿を求めて裏路地をさまよっていたネリは、赤いレンガのカベにもたれて座っている金色のかみの青年を発見して、早足で歩み寄った。
正面にすっと立つと、ディーが顔を上げる。
ライオンのように力強い目。あらためてディーと正面からむかいあったネリは、ディーの姿を若々しいオスライオンのようだと思った。
この人はまちがいなく強いと、面とむかった者に確信させる迫力を持っているのだ。
「あなたに話があるの」
ネリは、あっとうされそうになりながらも、一生けんめい背筋をのばしてディーに言った。
「ほお」
ディーが興味深そうに片まゆを上げる。
「ひめ様。この人が何か?」
ディーの反対側に座っていた女性が、ネリにおそるおそる話しかけてきた。五さいくらいの男の子をつれた母親だ。
え?
ネリは、女性の言葉にまゆをひそめた。なぜ、自分が王女だと分るのだろう、と。そして、ネフェルタリの姿のまま出てきてしまった事に気づいたネリは、青ざめた。
外出禁止を無視しただけでなく、父王のいいつけまで破ってしまったのだ。私用で街に出る時は、王女ネフェルタリではなく、街娘ネリにならねばならないのに。
しかし、もはや後戻りはできないと思ったネリは、王女のままディーに話しかける。
「城にしのびこんだことは不問にしてさしあげます。だから、私と一緒に来てください」
「この人に何をするつもりですか」
ディーのとなりに座っていた中年の男が割って入って来た。
「それは言えません」
ネフェルタリの姿で来てしまった限り、せめて王女らしく、ふるまわねばならないと、ネリはきぜんとした態度で答えた。
「おねがい。ディーをつれていかないで」
今度は、さきほどの女性が連れていた男の子がネリの前に立ちふさがる。
「どいてちょうだい」
言いながらネリは心底嫌になっていた。これではまるで、悪者あつかいだ。
さきほどの中年の男が、一歩前に出る。
「ひめ様。何があったかは知りませんがね――」
「私は彼に大事な用があるの! ジャマをしないで!」
エレルヘグの王子を連れて、早くここから立ち去りたい。あせっていたネリは、つい大声を出してしまった。
男の子がきゅっと身を縮める。
あわてた母親が男の子に寄りそい、ひれ伏した。
「彼は子供に食べ物を分けてくれました。どうかお許しください。どうか、どうか」
男の子の母親は、ふるえる声で何度も頭を下げてくる。
おびえ。さげすみ。あざけり。いきどおり。
王女をかこむ目は、どれもこれも敵意にみちている。
ネリの頭の中で、何かがプツンと音を立てた。
無言で方向てんかんをして、もと来た道をもどる。
裏路地を出たネリは、表通りを大またで歩いた。
王女が一人で街を歩いている。なんて珍しい。そんな風に、そこら中から注目されているのにもかまわず、ネリは早足で歩き続けた。まっすぐ前だけをみすえて。
頭と心が、今にも暴走しそうだった。
暴走を起こす前に、城に帰らなければ。誰もいない所に行かなければ。ネリはあせっていた。
役立たずのいう事なんか、誰も聞いてはくれない。
国民にとって、難民にとって、やはり自分はお荷物でしかないのだと、よく分った。
あの母親も、男の子も、中年の男性も、ネリの話なら聞いてくれたかもしれない。でも、あの人たちにとってネリは、ネフェルタリではない。
どんなにもがき苦しんでいても、あがいても、訴えても、ネフェルタリ王女の声は誰にも届かない。だから誰も助けられない。誰にも分ってもらえない。
自分はどうしてこうも不自由なんだろう。どうしてこうも、さびしいんだろう。どうしてこんなにも、思い通りにならない事ばかり。
王宮の門をくぐったネフェルタリは、建物には入らず中庭の方へ進んだ。色とりどりの花が咲いている中庭をつっ切って、厨房の裏手の、誰もいない袋小路にたどり着く。
ネリは、そこでやっと立ち止まった。カツラを乱暴に外し、カベにむかって力いっぱい投げつける。
そこからはもう、感情が爆発するままに暴れた。
「もういや! もういや! もういやぁぁー!」
さけびながら耳飾りを引きちぎり、うでわを放りなげ、首かざりを地面に叩きつけたネリは、最後、悲鳴をあげるように泣いた。
たった一人、泣き続けた。
ネリはその夜、初めて父王とのばんさんを欠席した。
ベッドにもぐりこみ、体を限界まで小さく丸めて、自分の中で暴走する負の感情をおさえつけるだけでせいいっぱいだった。
★
次の日の朝。いつものように国王を起こしに来たしつじが、ベッドの中で息を引き取っているライール三世を発見した。
体に傷はなかった。医者が呼ばれ、死因は心臓の病によるものだと判断された。
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