第11話 蛇の毒
市街地の裏路地は、難民のねどこになっていた。
日当たりの悪い道の両はしには、よごれてやせ細った人たちがボロボロの布を地面にしいて、建物に寄りそうように座ったり、ね転がったりしている。
どんよりとした空気につつまれたその場所では、みながつかれた表情をしていて、中には咳が止まらない様子の人もいた。
そんな中を、ディーは大股で進む。
建物に背中をあずけ、あしを投げ出してぼんやりと座っている男の両あしをまたぎ、ずんずん歩いた先に、ぽっかりと空いた一角があった。人一人、横になれるくらいのスペースに、よごれた布がしかれてある。ディーはそこに、どかりと座った。そこは、ディーの家だった。
「あーやれやれ」
独りごとをつぶやき、天をあおぐ。
レンガづくりの建物にはさまれている青空が、横長にのびている。右を見ても左を見ても上を見ても、そこは息がつまりそうな場所だった。
ふと前を見ると、おむかいさんの子供と目が合った。五さいくらいの男の子だ。母親と二人、ディーの正面のスペースでね起きしている。
男の子のとなりに座っている母親は、目覚めてはいるものの、だまって地面の一点を見つめているだけだった。
ディーはおもむろに立ち上がると、ズボンのポケットからナツメヤシの実が入った最後の一ふくろを取り出し、男の子に手わたす。
「食えよ。ちっとは足しになるだろ」
それだけ言うと、さっさと自分の場所に戻って座った。
ふくろをあけた男の子は、うれしそうに顔をほころばせると、さっそくナツメヤシの実を食べはじめた。
「はい。おかあさんも」
一つぶ、母親にわたす。ナツメヤシの実を見た母親の顔に、やっと表情らしいものがあらわれた。
目を丸くした母親は、「こんなもの、どこから?」と正面に座っているディーを不思議そうに見た。
ディーがひょいと、かたをすくめる。
「オアシスからとってきた」
信じられない、とばかりに母親が「ええ?」と口元を手でかくす。
「オアシスって……一番近いところでもここから二十キロはあるでしょう」
「ここでじっとうずくまってるよかマシじゃねえか」
言われるなり母親は口を閉じると、返す言葉がないとばかりに視線を落とした。
「あのね」と男の子が、母親の服を引っぱる。
「このお兄ちゃん、この前ワニとって、ぼくたちにたべさせてくれたんだよ」
「ワニ!」
母親がすっとんきょうな声を上げた。
ここらへんの川にはカバやワニもすんでいる。人間にとってそれらの生き物は大きな肉のかたまりであるわけだが、どちらもきょうぼうで、かるには危険すぎた。
その危険生物を、ディーはとって料理したのだ。
「ディーはすっごく強いんだよ。ねー」
「ねー」
小首をかしげて、むじゃきに笑いかけてきた男の子に、ディーも同じように首をかしげながら笑顔をかえす。
「ぼくにも水鳥つかまえられるように、弓の作り方おしえてくれたの。今はまだ下手だけど、がんばってお母さんにお肉食べさせてあげるからね」
男の子はいきいきとした顔で母親に話す。母親はなみだぐみ、まわりの大人達も元気づけられたように笑顔をうかべた。
その時、ディーのもとに、茶色いフードをすっぽりかぶった、マント姿の人間が近づいてきた。ディーよりも二回りほど小さいその人物は、ディーの前で立てひざをつくと、「若」と顔を寄せる。若い男の声だった。
「エレルヘグから軍がせまっております。ここより五十キロ東に、じん営をしいておりました。その数、一万」
若い男の声がたんたんと、ディーに報告をする。
報告を受けたディーは口をへの字に結ぶと、あぐらをかいたひざの上で、ほお杖をついた。
「そいつはまた大所帯なことで」
「そちらはいかがでしたか」
若い男の声が、ぼそぼそと質問をする。
「ダメだな」
ディーはこたえた。
「この国の王はやり手だと聞いていたから、少しは話せるかと思っていたんだが。聞く耳もちやしねえ。近いうちに、かまれるだろ」
先ほど国王の私室にしのびこんでライール三世と面会してきたばかりのディーは、かたくなな国王の態度を思い出して大きなため息をつく。
「シェン。コンを呼び戻せ。そろそろ動かにゃならん」
シェンと呼ばれたフードの男は無言でうなづいて立ち上がると、さっとマントをひるがえして、どこかへ走って行った。
シェンを見送ったディーは、カベにコツンと後頭部をあてると、両目をつむる。
「とうとう大陸一の大国が、ヘビの毒におかされちまうわ……」
くやしそうに、つぶやいた。
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