第10話 外出禁止と北の国の王子
それから一週間。ネリは父王から無期限の外出禁止をいいわたされていた。
城のしきちから出てはいけない、という生やさしいものではない。どうしてもという理由がないかぎり、部屋から一歩も出るな、という厳しいおたっしだ。
一週間前、槍を片手に『死の島』に乗りこんだマナナは、
別れの際には、助産師としてかつやくしていた過去を自らあかし、ナツのお産を手伝いたいとまで言い出すしまつだった。
「ナツの作ったおかしは、ほんとうに美味しゅうございますねえ、ひめ様」
マナナはネリの目の前で、おみやげにもらったビスケットを口いっぱいにほお張っている。
「よかったわね」
ネリは出窓に座ってふてくされながら、マナナに返事をした。
どこにも行けない。何もできない。やらなきゃいけない事は山ほどあるのに。
★
『死の島』を出る時、ネリはイサと船着場で少し話をした。
『エレルヘグは、知っているかい?』
イサからの質問に、ネリはうなづいた。
エレルヘグは、ケスタイという軍事国家にせんりょうされた、はるか北の小国だ。ケスタイほどではないが、勇猛果敢な戦士が多いことで有名だった。
戦争に負けたエレルヘグは、ケスタイに支配され、王族はとらえられて、国民の前で処刑された。全てではなく、何人かはにげのびたというが――。
『第二王子がいまだ行方不明だそうだ。相当なキレ者だったらしいから、どこかに身をひそめて自国を取りもどす機会をうかがっているのかもしれんな。もしかすると、ペラにいる可能性もある』
そうだとしたら、会ってみたい。ネリはそう思った。
ウィーダもクレイトスをともなってこの国に来た時、ケスタイの勢力からにげてきたエレルヘグ領の人間だと自己しょうかいしていたのだ。
もしかしたら、そう遠くない未来、この国にもケスタイの刃が向けられるかもしれない。その時のために、エレルヘグの王子からケスタイの情報をもらいたい。
なのに――
部屋に閉じ込められていては探しようがない。
イサはさらに、役に立つ情報をくれていた。
『人は心が動かねば体も動かない。また、体が弱るとひつぜんてきに、心の動きもにぶくなるものだ』
イサが葬送人の長になりたてのころに、ネリの祖父アレクトがくれた教えだという。
この教えは、葬送人をまとめてゆくイサを何度も助けてくれたそうだ。
『この言葉が少しでも、君の助けになればいいんだが』
ネリはずるずると尻を前にすべらせると、ぺたりと、あお向けになった。はあ、とため息をつく。
「まず私の心が鈍りそうだわ……」
目を閉じると小さくつぶやく。部屋に閉じこもってばかりで、ついでにカビまで生えてきそうだった。
★
イサとの会話の後、ネリはトトからも気になる話をされていた。
『シェム―に聞いてみたんだ。ウィーダのような術を使う人間のこと』
トトはビスケットが入った包みをネリに手わたしながら、小声で話しかけてきた。
はっと顔を上げたネリは、後ろをふり返った。船に乗っているマナナは、ナツにお産を手伝わせてくれと言いながら、ナツのお腹をなでている。
話を聞かれる心配はなさそうだと判断したネリは、『それで?』とうながした。
うなづいたトトは、先を続けた。
『大河にそったここら辺一帯がぜんぶ、ペラの領地だった歴史は知ってる? 二千年くらい前の話だけど』
『うん』
『シェム―も自分が生まれる前の話だから、よくは知らないらしいんだけど、その頃ペラを治めていたのは、君たちとは別の民族だったんだって。君たちの先祖は二千年前、遊牧民として移動してきたんだよ。それで、この土地をめぐって争ったんだ。その、先住民と』
『それも、ならったわ』
『君たちの先祖は、先住民に勝利して、この土地を手に入れた。負けた先住民は、そのままペラに残って君たちの先祖に仲間入りしたり、ずっと北の土地に移ったらしいんだけど――』
そこでトトは、少し言葉を切って、呼吸をととのえた。
『その先住民が、不思議な力を使ってたっていうんだ。ウィーダみたいな。特に王族は強い力を持っていて、作物の実りを自在に操ったり、天気を変えたりできたんだって』
『ウィーダがその王族の子孫だっていうの?』
『多分』とトトが頷く。
『ウィーダが何を考えてペラに来たのかは分らないけど、いやな予感がするんだ。ここ数年で次々と国がつぶれてるのも、なんか変だし』
気をつけてね、ネリ。
その警告を最後に、トトはネリからはなれた。
★
もしウィーダが本当に二千年前に敗れた王家の血をひいているとすれば、ウィーダにとってライール王やネリは、しんりゃく者の子孫という事だ。
そうなれば、ケスタイからにげる目的以外に、何か他に考えがあってこの国に来た可能性もある。
なんにせよ、イサやトトともっと話したかった、とネリは思った。
死者にむきあい生きる人達、
タマシイの保管庫は一度見たら忘れられないくらい美しく、げんそう的で、光グモのかしこさと長生きにはとてもおどろかされた。
心の癒やしも、知恵も情報も、ネリにはまだ足りない。
ネリは、イサからあずかった小ビンをながめた。
祖父のタマシイが入っていたガラス製の小ビンは、窓からさしこんでくる陽の光を受けて、キラキラと光っている。
色はちがうが、お日様の下で見たトトの目も、ガラス玉のようだったとネリは思い出す。暗やみで杖の光に照らされていた時は、生きた宝石みたいに神秘的にかがやいていたけれど。
今度はいつ二人に会えるのだろうと思いながら、ネリは窓の外に目をやる。
『死の島』の川岸からは、ペラの王宮が見えていた。ならば、王宮の西向きの窓をのぞけば、『死の島』が見えるかもしれない。だが残念ながらこの部屋の窓は、南向きだ。
早く外出禁止がとけないだろうか。
せめてもう一度、トトが旅立つ前に会っておきたいとネリは強く願っていた。なにしろトトはネリにとって、はじめてできた友達なのだ。
心底つまらなそうに足をぶらつかせながら、窓辺でねころがっているネリを見て、最後のビスケットを飲みこんだマナナが目をむく。
「なんてはしたない格好でしょ! しゃんとなさいまし」
ネリは今夜、父王とばんさんの予定である。そのために、けしょうまでしたのに、こんなだらしない顔をしていては台なしだと、マナナは王女を仁王立ちでしかった。
「マナナ。お弁当ついてる」
まるで説得力がないと呆れながら、ネリは、ビスケットの食べカスがついている場所を自分の左ほほをつついてマナナに教えてやる。
その時、窓の外からどなり声が聞こえた。
「にがすな!」「つかまえろ!」「どこにいる!」といった、あわてふためいている声だ。声は、ちょうどネリの部屋の上から聞こえてくる。そこは、父王の私室だった。
ネリは何事だろうと思って起き上がり、窓を開ける。
そのしゅんかん、ネリの目の前に大きな物体がいきおいよく落ちてきた。緑色の目がネリを見る。
信じられない事に、落ちてきたのは人間だった。金色のかみをした青年だ。彼はネリが開けた窓の前にぶら下がった。
かなしばりにあったように絶句しているネリの後ろで、マナナが「くせものぉぉぉ!」とかなきり声をあげた。
そのかなきり声のおかげで、ネリのかなしばりがとける。
「あなた――」
ディー。
畑で出会ったあの青年だと、ネリは思い出す。みんなにナツメヤシを配っていた、あの難民だ。
「よお。役立たずのおひめさん」
ここで何をしているのかネリが問いかける前に、口角を上げたディーがあいさつがわりに言った。
ネリの頭にカッと血がのぼる。
『役立たずのおひめさま』
民衆のあいだで広まっている、ネフェルタリの悪口だ。
国王の後ろにだまって立っているだけの、人形のような王女。ぞうり取りのほうがまだ役に立つと笑われているのを、ネリは知っている。
ネリはディーをにらみつけた。
何か言い返してやりたい。返しもんくを考えたが、ディーの姿をあらためて見たネリは、ある事にハッと気がつく。
ここらへんでは珍しい、金色の髪に緑色のひとみ。明るい色のはだ。すべて、はるか北の土地に住んでいる人々のとくちょうだ。そう、エレルヘグ人のような。
処刑からにげのびた、エレルヘグの第二王子。
「ハルディア」
ネリは社会学の先生から教わった、エレルヘグ第二王子の名を口にした。
ディーは一しゅん、おどろいたように目をみひらいたが、すぐにくえない笑みにもどると、何も言わず窓わくをけって近くの木に飛び移った。幹を伝い下りると、風のように走り去る。
「待ちなさい!」
追いかけようと窓から飛び出しかけたネリのこしに、マナナがかじりつく。
「いけません、ここは二階でございます!」
窓から出るのをあきらめたネリは、マナナの手をふりほどくと、部屋のとびらをらんぼうにあけて、ろうかへと飛び出した。
「ひめ様! 外出禁止が長引きますよ! ひめ様―!」
後ろからマナナが必死に呼びとめる声がしたが、ネリはふり返らずディーを追いつづけた。
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