第9話 友達

 川のせせらぎを聞きながら、トトとネリは大岩の上で並んでねころがり、星空をながめていた。


 こうやってねころんでいると、自分の体が吸いこまれていくような感覚をおぼえるのだなと考えながら、ネリはうとうとしはじめる。お日さまの温もりが残っている岩はだが、背中に心地よかった。


「ごめんね。おじいさんに会わせてあげるって言ったのに」


 ふいに、トトがぽつりと言った。

 ネリは首を回して、トトを見た。トトは夜空を見上げたままだ。ネリも頭をもどして、トトと同じようにまた星空をながめる。


「うん、もういいの」


 おだやかな気持ちでこたえた。

 ネリは祖父のタマシイが入っていた小ビンを、胸の前でキュッとにぎる。


「きっと、自分で何とかしなさいって事なんだと思う。いつまでもおじい様の背中を追いかけてるだけじゃ、ダメなんだわ」


 ペラが危機をむかえているこのタイミングで祖父が去ったのは、きっと何か理由があるのだとネリは思っていた。そうでなければ、あの、かしこく優しかった祖父が、自分達を置いて消えるはずがない。


 となりから、「うーん」というトトのうなり声が聞こえてきた。何かを迷っているふうだったが、意を決したように話をはじめる。


「ネリ。さっき、ペラがほろびるとか独り言いってただろ?」


「え!」


 小ビンに語りかけていた内容を聞かれていたと知り、がばりと起き上がったネリは、顔を赤くする。

 トトはネリを見ると、くったくなく笑った。そしてまた、空をあおぎながらゆっくり話しだす。


「ペラはきっと、ほろびたりしないよ。何百年かに一度、ペラではこういう災難が起きるんだって。そのたびに大きな痛手をこうむるけど、必ず王族から強い先導者があらわれて、国民を引っ張って持ち直してるんだって。何度もそれを見てきたって、シェム―が」


 名前を呼ばれたのが聞こえたのか、トトの頭の横で丸まっていたシェム―がもぞりと動いた。『そうだそうだ』と言いたげに、ネリに向かってショッカクを動かす。

 光グモがおどろくほど長生きだというのは、本当らしい。


「先導者……」


 ぼんやりとくり返したネリに、上半身を起こしたトトが「今回はきっと、ネリのことだよ」と力強く言う。


 ネリはとてもおどろいた。


「私、まだ十三よ!」


 思わず大声を出す。


「ネリの他に誰かいる?」


 まっすぐな目でたずねられ、ネリは「うっ」と言葉をつまらせた。


「勇気、出さなきゃね」


 優しい声で、トトが言った。

 イサだけでなくトトにまで『勇気』を求められ、ネリは泣きそうになる。一体『勇気』をもって、何をすればいいのか。それが分らないのに。


 たまらなくなったネリは、ヒザをかかえて顔をうずめた。


「私……これ以上、どうすればいいのか分らない。私に何か、変えられるものがあるの?」


 なみだはこらえた。けれどもう、言葉が続かない。


 顔をかくしたまま、だまりこんでしまったネリを、トトはじっと見つめていた。しかししばらくすると、「あのさ」と話しかける。


「おれ、来月から修行の旅に出るんだ。一年間、迷ってるタマシイを集めて回るんだよ」


 ネリがヒザから顔を上げて、トトを見る。


「だれと?」というネリからの質問に、トトは「一人で」と答えた。


 タマシイを集め、また、集めたタマシイを故郷の地に帰してやる旅。それは、一人前の葬送人になるためのテストだった。ルートはあらかた決まっているが、たった一人で砂ばくを歩む、孤独で危険な旅だ。ごくたまにだが、帰ってこない人もいるという。


「不安だったんだ。正直、こんな風習なくなっちゃえばいいのに、ってずっと思ってた。せめてもう少し大きくなってから行ければいいのに、って」


 トトはヒザの上にシェム―を乗せて、背中をなでながら話を続けた。


「でも結局、やらなきゃいけない事なんだ、って分かったよ。ネリを見てて、よく分った」


 なんとなくむかえようとしていた、古いしきたりのようなものが、ネリに出会った事で、すごく意味のある事に思えてきた。

 トトはそう言うと、「ありがとうネリ」と感謝の言葉を伝えた。


 ネリは何と返していいか分からなかった。自分は何もしていないと思いながら、感謝の言葉を断る事も、受け取る事もできずにいる。

 不器用な王女様に、トトは握手を求めた。


 ネリはとまどいながらも、差し出された手をにぎる。


「何をするべきか、ネリにもきっと分かる時が来るよ。そしたら、おれも手伝うから。友達だろ」


 トトのすがすがしい笑顔につられ、ネリのほほも、ゆるんだ。友達、という言葉に心がはずむ。


「もどってきたら、またこんな風に話してくれる?」


 えんりょがちにきいたネリに、トトは「もちろん」と大きくうなづく。


「こんどは昼間においでよ。島を案内してあげる」


 トトが意外な時間帯を指定した。

 葬送人は昼夜逆転の生活を送っていると思いこんでいたネリは、「あなたたち、いつ眠ってるの?」とすなおな疑問を口にする。


「夜ふかしは仕事の時だけ。当番制なんだよ」

 

 トトは楽しそうに笑った。


 ★


 そうこうしているうちに、東の空が明るくなってきた。

 

 民家のあかりを全ておおってしまうほどの木々に囲まれているため、夜は黒一色になるこの島にも、ようやく色らしい色が見え始めた。

 まるで、朝日を浴びて島自体が目を覚ましたように、周りの景色がかがやきはじめる。


 テツヤをしてしまったネリは、しょぼしょぼとした目で、ペラ城の向こうからのぼってくる朝日をながめる。

 城が朝日を浴びて、青くかがやいている。


「きれい」


 ネリは思わずつぶやいた。

 そしてふと、河の向こうからやってくる小さな物体を見つける。小船だった。人が乗っている。二人ほど。

 一人はオールで船をこぎ、一人は船のせんたんに立ってこちらを向いている。何故か、手に槍を持って。


 槍を持つ人物のシルエットに見覚えがあるネリは、「あっ!」と声を上げた。

 そういえば、すいみん薬の効果はもうとっくに切れているころだ。船をこいでいるのは、うまや番の男だった。気の毒な事に、たたき起こされたに違いない。


「葬送人~! ひめ様を、おかえし~っ!」


 頭にハチマキを巻き、戦の用意を整えてきたマナナが、槍をにぎっていない左うでを頭の上でぶんぶん回しながら、『死の島』に向けて声をはりあげた。


「あれどうしたの?」


 マナナを指さしたトトが、呆れた様子でネリにたずねる。


 ネリは説明する気力もなく、ただ頭をかかえながら


「マナナ……」


 と過保護で勇ましい乳母の名をつぶやいた。


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