第8話 光グモ、シェム―
「ネリ。よかった。帰ったかと思ったよ」
星あかりを反射してウロコのように光っている川面をネリがながめていると、トトがやってきた。
トトは岩の上をぴょんぴょん移動しながら、ネリが座る大岩にたどりつく。
暗がりで満足に足元が見えない中、まるで昼間のように岩のあいだを移動してきたトトに、ネリはおどろいた。
「こんな足場が悪い所で、どうして軽々動けるの?」
「おれ達、夜目はきく方なんだ」
トトが得意げに胸をはる。
夜に活動する葬送人には便利な特性だと、ネリは感心した。
「それでね、朝になったら送って行ってあげるから、それまでウチにいるよう父さんが――」「トト!」
しゃべりかけたトトの頭のてっぺんに、大人のこぶし大のクモを見つけたネリは、大あわてでさけんだ。近くに落ちていた枝をさっと拾うと、クモをたたき落とす。
「……いま何したの?」
頭の上を枝がかすめた程度にしか感じなかったトトは、ぽかんとしている。
「頭の上に大きな毒グモがいたの。だいじょうぶ? かまれてない?」
ドキドキする胸を押さえながら、ネリはトトの頭をのぞき見る。
毒グモ? トトが不思議そうに頭のてっぺんをさわりながら、首をかしげた。しかしやがて青ざめたトトは
「しまった、いない! 大変だっ!」
あわてふためきながら、岩にはいつくばって何かを探しはじめた。
「シェム―、シェム―!」
と、だれかに必死に呼びかけている。
「シェム―……って?」
「
岩のすきまに顔をつっこみながら、トトが言う。
「光グモって、
ネリが聞いた言い伝えには、こうあった。
『
葬送人の杖は昨夜初めて見たネリだったが、杖の先にあるだえん形の中で光っていたあみ目の部分が、光グモの糸なのだろう、と考えていた。
「けんぞくぅ?」
トトがしぶい顔でネリを見上げる。
「そんな可愛いもんじゃないよ。おれ達、光グモの糸がないと仕事になんないし、千年以上生きてる生き字引だから全然頭、上がんないし――あああ~、いたいた!」
トトは岩のすきまに上半身全部をつっこむと、カニのような物体を両手でつかんで起き上がった。
裏返して、腹の部分をペチペチとたたく。
すると、だらりとしていた八本の足がもぞもぞと動いた。トトの表情がぱっと明るくなる。
「よかった。生きてたー!」
心底ほっとしたように、天をあおぐ。
きぜつしていたらしいシェム―は、トトのてのひらの上でうらがえっていた体をくるりと反転させると、ものすごいスピードでトトのうでをかけ登った。首の後ろに隠れて、ガタガタとふるえる。
「大丈夫。もう、なぐられないよ。ホラ、この人はネリ」
シェム―に優しく声をかけたトトは、自分の後頭部にかくれているシェム―の体をそっとつかむと、ネリの前に差し出した。
シェム―が、トトのてのひらの上で、くるくる回る。おどけているように見えたが、ネリはこれまで見た事もない大きなクモを前にして、固まっていた。
トトがおかしそうに笑う。
「シェム―が『友達になろう』って」
トトに言われ、ネリはえっ! と後ずさりかけた。しかしここは、こわがっていてはいけない、と気持ちを強く持ってふみとどまる。
「あの……よろしく。なぐってごめんなさい」
びくびくしながら手を出す。
シェムーはトトの手からネリの手に移ると、するするとかたまで登った。ショッカクがネリの毛先にふれた時、せっけんのにおいを感じたのか、「ぷっしゅん」と小さなくしゃみをする。
くしゃみをするクモになど初めてお目にかかったネリは、思わず「ぷっ」と笑う。トトもつられてふき出す。
二人はしばらく、声を上げて笑いあった。
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