第6話 笛の音。葬送人の家

 この音、知ってる。


 ネリは音が聞こえた方にふり返る。

 そこには、馬に乗ってかけて来るいくつもの人かげがあった。全員、トトやイトと同じ、赤くかがやく杖を持っている。


 夜中に時々聞こえてくる、この高い音色。ネリはずっと、鳥の声だと思っていた。

 

 しかしそれは、一人の人間がふいている笛の音だった。笛をふいているその人は、かたはばが広く体も大きい。男性だと分る。


 男は笛の音の長さを変えながら、仲間に合図を送っているようだった。笛の音に応じて、仲間が隊列の形を変え、怨霊を囲いこんでゆく。


 性別やねんれいは、様々に見えたが、馬に乗っている人はみな、葬送人だった。全員が上下黒い服を着て、たくさんの青い目の光が、飛び回る蛍のような残像を残してゆく。

 身体の大きさから、みな大人だとわかった。


 馬に乗った葬送人たちは、見事なれんけいと、あざやかな杖さばきで、あっという間に怨霊を回収してしまった。


 最後の一体が杖に吸いこまれた時、そこにいる全員の杖の色が、赤から緑へと変わる。

 やはりあの色は警告色だったのだと、ネリは思った。


「とうさん!」


 笛を吹いていた男が馬から降りると、かけ寄ったイトが飛びついた。

 首根っこにしがみついたイトを、男はしっかりとだきとめる。


 トトも地面に置きっぱなしになっていたふくろを拾い上げると、男の元に走り寄った。

 男はイトを下ろすと、トトの頭に手を置いた。 


「よくがんばってくれた。トト、ありがとう」


 優しい声が、トトをほめた。しかし続けざま


「とはいえ、妹を巻きこむのは感心できんな」


 としかる。


 トトは「はい……」とこたえながら、後ろ頭をかいた。


「わ、私がかってに来たの! お兄ちゃんが今夜、対岸のおひめ様を連れて来るっていうから、待ちきれなくて」


 イトが男の服を引っ張りながら、ネリの方を指さした。男は「対岸のおひめ様?」と言ってカベの上へと顔を向ける。


 眼下に散らばっていた青いひとみが、一斉にネリに向いた。みな同じ黒かみに、青い目。ネリはその光景にぎくりと身をこわばらせたが、なんとか勇気をふりしぼって「こ、こんばんは」とあいさつをした。


 ★

 

「どうぞ召し上がれ」


 ネリの前に、木の器がことりと置かれた。中にはできたてのシチューがたっぷり入っている。


 トトの家に招かれたネリは、シチューをくれたトトの母親ナツに「ありがとう」と笑顔でお礼を言った。そして、シチューをじっと見つめる。

 深夜に食事をした事がないネリは、食べるべきか迷っていた。


 台所にもどったナツをちらりと見る。ナツは、赤んぼうのいる大きなお腹をゆらしながら、やかんにお湯をわかしはじめた。

 

 同じようにテーブルを囲んでいるイトやトトを見ると、「いただきまーす」とスプーンを手に取り、美味しそうにシチューを食べはじめた。


「食べなさい。体が温まるから」


 荷物をカベにかけ、テーブルについた父親イサが、ネリにほほえんだ。目のあたりがトトやイトにそっくりだ。もしかすると、トトも大きくなったら、こんなおじさんになるのかもしれないと思いながら、ネリは「はい」と返事をする。


 イサの言った通り、ネリはこれまで感じた事のない寒気をおぼえていた。


 トトの家が寒いわけではない。木を組んでつくられたトトの家はどこにいても温かく、ネリの心を落ち着かせた。寒いのは、怨霊に近づいたせいだと自分でも気づいていた。


 ネリは言われた通り、シチューを一口食べた。お腹が温かくなり、体の底から元気があふれて来るような気がしたネリは、そこから夢中でシチューを口に運ぶ。


「これも飲みなさい」


 ナツが、あまい香りのするお茶をくれた。ネリもよく知っているリラックス効果のある薬草茶だった。一口飲むと、ハチミツの甘さが口いっぱいに広がった。少し熱かったが、ネリはハチミツ入りの薬草茶を一気に飲み干した。


「それで君は、おじい様に会いたいのかい?」


 イサがお茶を飲みながら、ネリに聞いてきた。

 とたん、二はい目のシチューを食べていたトトの手が止まる。スプーンを器に戻すと、申し訳なさそうにネリをちらりと見た。


 ネリはイサにうなづく。


「そうです。ペラの実情は、『死の島』にいらっしゃるあなた方もご存知だと思います。私は、名君として名高かった祖父の教えが欲しいんです」


「ペラが危機をむかえているのは、もちろん知っている。我々も国民の一人だからね」


 イサがおだやかにこたえた。


 ネリは知らず知らずのうちに、自分が葬送人達を仲間はずれにしていた事に気付き、青ざめる。


 川をはさんだ西側にある『死の島』は、カベの外にあるとはいえ、ペラの一部だ。はるか昔から死者の世話人として働く葬送人が暮らす場所になっている。 


 ペラの人間が『死の島』にわたるのはたいてい、家族や知人のおそう式の時のみ。もしくはネリのように、死者のタマシイと会話をしたいと願った時だ。

 葬送人が川の東側にわたって来るのは夜中ばかりで、だから東側に住む人間が葬送人に会える機会はめったにない。


 ペラの国民は、葬送人や、かれらが住む島を『死のしょうちょう』として怖がっており、葬送人は何となく人々から一歩引かれる存在だった。


「ごめんなさい。私……」


 ネリは、小さくなって謝った。


「かまわんさ」


 イサが笑う。ナツも台所で、小さな笑い声をたてている。


 カップを置いたイサが、机の上で指を組んだ。


「さて、君のおじい様、アレクト陛下についてだが」


 と、本題にもどる。


「我々もできることは協力したいとは思う。だがすまない。彼と話すのは、もう無理だ」


「え?」


 予想もしていなかった言葉に、ネリは顔を上げた。


「君のおじい様は、次の人生に進まれたんだよ。いまごろ、どこかで生まれ変わっているんじゃないかな」


 イサが静かに言った。


「本当にごめん、ネリ。数日前まで、アレクト陛下のビンは光ってたんだけど。今朝見てみたら、いつの間にか……」


 トトがネリに頭を下げた。


 ビン?


 ネリは眉をひそめた。葬送人は死者のタマシイを、ビンに入れて保管するのだろうか。


 その様子を見たイサが、おもむろに席を立つ。


「『百聞は一見にしかず』だな。おいで」


 台所をぬけた家のおくへと、イサがネリを手招きした。

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