第3話 不思議な青年
ネリに変身したネフェルタリが馬に乗ってやって来たのは、田園地帯の外れだった。そこでは、小さな男の子と女の子を連れた若い夫婦が、畑を耕していた。
最初にネリに気付いたのは子供たちだった。
「あ、ネリ来たー」
そう言って、おさげに結んだ女の子が指をさす。
「よおネリ」
子供たちの父親が、汗をふきながらネリを畑に招きいれた。
「ネリの言った通り、古いレンガを水でもどして土に混ぜたぜ。どうだい? いい感じだろ」
くわで土をほり起こし、手でもんで見せる。
掘り起こされた土の中には、ミミズが数ひき、うにょうにょと動いていた。ミミズがいるのは、土が肥えているしょうこだ。
ネリはほっと笑顔をうかべた。
「うん、土が回復したわね。よかった、上手くいって」
「ああ。おかげでこの畑にもまた種がまける。ありがとうな、学者さん」
思わず感謝の言葉を伝えられたネリは、嬉しさとはずかしさに、ほっぺたを赤くしてうつむいた。
この畑は、ネリが農業の研究をはじめたころに知り合った夫婦のものだった。かれらは、様々な農法を研究しているネリに協力してくれている。
「少しだけど、たねまき用の麦を持ってきたわ。使ってね」
「おお、悪いな」
ネリは馬から、ふくろ一つ分の麦を下ろすと、父親の方にわたした。そして休む間もなく、井戸で水くみをしている母親の元へ走り、いっしょにロープを引く。
「ありがとう。ネリ」
赤んぼうを背負った母親は、ネリに水くみを任せると、くずり始めた赤んぼうに子守歌を歌いながら、昼食の用意をしに行った。
途中、金色のかみの青年と出会い、軽くあいさつをした母親は、片手に乗るくらいの小さなふくろを受け取る。
青年はネリがいる井戸の方へ歩いてくると、足元に群がってきた子供二人にも小さなふくろを一つ手わたした。子供たちは喜んで、ふくろの中に手をつっこむ。取りだしたのは、ナツメヤシの実だった。
青年は、まっすぐにのびた金色のかみと、緑色の目をしていた。ペラよりもはるか北の方に多い人々の特徴だった。二十さいくらいだろうか。
「よう。お前さんも食うかい?」
青年が、ネリにもふくろをわたそうとする。ネリは首を横にふって、断った。
青年は特に気を悪くした様子もなく、「そっか」と歯を見せて笑うと、井戸から水をくんだ。おけにそのまま口をつけて水を飲み干すと、またどこかへ行ってしまう。
「見かけない人ね」
青年の後ろ姿を見送りながらネリがぽつりとつぶやくと、子供二人がナツメヤシの実をモグモグしながら、競うように説明する。
「あのね、ディーっていうんだよ。かりがうまくてね、とても強いの」
「さいきん、この国にきたんだって。すずしいところからね。ここはあつい! っていつも言ってるよ」
どうやらディーは、子供達となか良しらしい。
子供達の話を聞くかぎり難民なのだろうが、それにしては、表情や立ち居ふるまいは堂々としていて元気がいい。家を失い、住み慣れた土地を奪われた難民特有の、不安やさびしさといったものは、まるで感じられなかった。
不思議な人だわ。
ディーといった青年のうしろ姿が見えなくなっても、ネリは彼が去った方をぼんやりと眺めていた。そうしていると、チュニックのスソをツンツンと引っ張られた。見ると、男の子がネリを見上げ、四つ折りにした紙をさしだす。
「ネリにてがみ書いたのー。よんでね」
男の子は、最近ネリに字を教わったばかりだった。こっそり広げて見てみると、『いつもありがとう』という、くにゃくにゃガタガタした字が、ネリの目に飛び込んできた。
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