SS4 書籍発売記念
【妖精の国】 フェリシア四歳 アルフレッド九歳
「妖精さん?」
「そう、妖精の国に行ってみないか?」
四歳になったシアは大きくなって、とても可愛くなった。
今回は一週間、ネフリティス侯爵領で過ごしていいと言われている。
「行きたい! 妖精さんに会ってみたい!」
「コルト。準備をしておいてくれ」
「かしこまりました。アルフレッド様」
コルトは新しい俺の侍従だ。以前居た侍従のディルザは愚かにも俺のシアに向って『フェリシア様はお可愛らしいですね』とか言ったから、目潰ししておいた。
お前如きが俺のシアを褒めるなど烏滸がましい。そのあとやはり騒ぎになって、ディルザは兄上付きの侍従になった。
兄上は王都にいて、会ったことはないが、お祖父様が兄上の側にいるらしい。
そのお祖父様の側付きだった、コルトを俺の侍従にと俺から願い出た。それには理由がある。コルトはお祖父様が褒めるほど優秀だからだ。あと、コルトの血族はネフリティス侯爵家の重要なポジションについていることが多い。
優秀なコルトであるなら、己の領分を十分理解していると思ったからだ。
俺のシアを変な目で見ないと。
その翌日、朝から妖精の国の入口になる場所に向って馬車で出発した。天気がいい日でよかった。
雨だと妖精の国の入口は開かない。
「アルさま。妖精さんはどんな姿をしているのですか? かわいらしいのですか?」
キラキラと笑顔を向けてくるシアが可愛い。楽しみなんだろう。妖精がどんな姿かを聞いてきた。
はっきり言って可愛さであれば、シアを勝る存在なんていない。
シアと比べれば妖精なんて、空を飛ぶ羽虫のような存在だ。
相手にするだけ時間の無駄だ。あいつらの言葉に惑わされて妖精の国から戻ってこれなくなった者も多くいると聞いている。
俺をキラキラした目で見てくるシアと比べるほどではない。
……
……
……
……
「アルさま?」
はっ! シアが可愛すぎる。
今度はふわふわした白いレースのドレスを作らせよう。絶対にシアに似合うと思う。
「ああ、妖精は羽が生えた小さな人だ。肌が緑色だから森に溶け込みやすい。だけど、今から行くところは花畑だから、妖精たちは楽しそうに遊んでいることだろう」
ガラガラとした馬車の振動が弱くなってきた。そろそろ着くのか。
コルトに視線を向ければ、俺に頷いてきたので、降りる用意をしておこう。
「シア。妖精の国に行くにあたって守って欲しいことがある」
「何ですか?」
馬車が止まって、コルトが先に降りていった。妖精の国は時間が安定していない。これは人によって変わってくるということだ。
妖精の国に入ることは禁止していない。このネフリティス侯爵領は妖精たちと共存していかないといけないというのもある。そこで、妖精の国に入ったのはいいものの、中では一週間過ごしたと思っても、出てきたときには一時間だとか、一時間しか経っていなくても、出てきたときには一ヶ月経っていたとかあると聞いている。
その誤差を無くす為に、空間の固定化を行う。短時間しか滞在しないのであれば、時間の差はあまり起こらない。
「まずは、俺から離れない」
「はい」
「妖精に声を掛けられても、無視をする」
「……はい?」
「これは妖精は人を騙そうとするからだ。最後に俺が出ると言ったら、妖精国を出る」
「はい」
滞在時間が長ければ長いほど、出てきたときの誤差がひどくなる。精々三十分がいいところだ。
「アルフレッド様。準備ができました」
コルトから固定化が完了したと言葉があった。フェリシアの手を繋いで、馬車から降りる。
甘い花の香りが立ち込め、キャハキャハと甲高い子どものような笑い声が、聞こえてきた。
ただの草原の空間に穴が開いたように色とりどりの花畑が広がっていた。ここが妖精国の入口だ。
その境目にコルトが立っている。コルトは妖精の国と現実世界を安定させるための人柱のようなものだ。
人がそこに立っていることで、人の時間に空間を合わせるという意味合いがある。
「うわぁ~! すごーい!」
シアが喜んでくれている。それだけで、連れてきたかいがあった。
「これが妖精さん? かわいい」
妖精の国に入ると、色とりどりの花畑の上で緑の皮膚の小人が薄い羽を羽ばたかせて空中を円を描くように踊っている。
妖精たちが楽しそうにしている間はいい。ここで眺めている分には害はない。
「羽! シアも羽があるよ!」
「え?」
シアがおかしなことを言った。すると、手を繋いだシアから真っ白な翼が生えてきた。
なんと俺のシアは天使だった!
なんて可愛い天使なんだ! これこそ真っ白なドレスが似合う! 絶対に作らせよう!
『ネーヴェの子だ』
『ネーヴェの子』
『小さなネーヴェの子』
やばい妖精たちがこっちに興味を持ち出した。ここから去るタイミングだ。
「シ……」
『ここに他にもネーヴェの子がいるよ』
『女王様のお気に入りのネーヴェの子』
俺がシアを連れ出そうとしていたら、俺とシアの間に妖精たちが入ってきて邪魔をしてきた。
絶対にわざとだろう!
「ネーヴェさまの子供?」
『そうそう! こっちこっち!』
『大きな木の上にいるよ』
『世界を救ってくれたんだよ』
『一人で淋しそうだから、行ってあげるといいよ』
シアは妖精たちに囲まれて、連れて行かれてしまった。俺はというと何故かその場から動けなくなっていた。
こういうことをするから妖精は好きになれない!
「くそっ!」
呪縛の魔術のようだ。強引に解除する。
「『
そして俺はコルトの元に向かう。
「コルト! シアは天使だった! すごく可愛い!」
「そうでございますね。ガラクシアースのご令嬢でございますから」
違った。俺の心の声が漏れてしまった。
「シアが妖精たちに
「かしこまりました。お気をつけて行ってきてくださいませ」
それだけを頼んで、俺は走り出す。この頃になると身体強化も十分に使えるようになり、シアに追いつけるようにまでにはなった。が、まさかシアが天使だったとは!
いや、コルトがガラクシアースだからと言っていたな。後で詳しく聞いてみよう。
天使のシアはどこに行ってしまったのだろう? 確か、妖精共は大きな木と言っていたな。この辺りに大きな木があるかなんてわからない。そもそも森の中だ。見えるわけない。
高そうな木を選んで、その幹を駆け上る。駆け上がった先の枝に足をかけて周りを見渡すと、遠くの方に巨大な木が見える。いや、あれは木と言っていいのか? 大きさがおかしい。
もしかして、妖精の国の本に書かれてあった世界樹というものか。
その世界樹に向かう白い点がある。あれが天使のシアか!
方向はわかったから、全力でシアの方に向かう。長期間の滞在は避けたい。なるべく早く戻るべきだ。
このことをシアに説明できればよかったのだが、妖精国のことは本当であればシアには話してはならないことだった。だけど、今王都にいる父上に願い出て、シアに妖精を見せる許可をもらったのだ。
ガラクシアースならいいと。
はぁ。シアに喜んでもらいたかっただけなのに、まさかシアが天使だったとは。
結局何者もシアより可愛いものは存在しない。
でもこれだと、シアが飛んでいかないように掴まえておかないといけないなぁ。
ということは、俺がもっと強くならないといけないなぁ。
あ、シアのことを考えていたら、遠くに見えていた大木にたどり着いた。その大木の幹を駆け上がる。
シアはいったいどこにいるんだ?
ん? 話し声が聞こえる。本当にこんなところに誰かがいるのか?
声がする方に行けば、空中に留まっているシアと、身体が木の幹に埋もれている女性がいた。
それもガラクシアース伯爵に似ているような気がする。誰だ?
木の枝に掴まって身を乗り出した。
「さぁ。迎えが来たわよ。早く戻りなさい」
女性がシアに早く帰るように促している。
「あ! アルさま……でも、おばあさま」
おばあさま? ということは前ガラクシアース伯爵夫人ということか?
「私のことはいいのよ。さぁ、戻りなさい」
「シアはおばあさまのことをおじいさまに教えます! だから、おじいさまに言いたいことを言ってください! しゃっきんというものをするな! とかです!」
「あら? 困った人ね。でもそれがガラクシアースの
「わかりました! シアは絶対に伝えます!」
「そこの君」
木に埋まった女性が俺に話しかけてきた。俺に何か言うことがあるのか?
「孫を幸せにして欲しいわ。それが私の心からの願い……ふふふ。私たちのように手を離しては駄目よ。特に番だと離れているときがとても苦しいの。だから手を離さないであげてね」
『つがい』が何のことかわからないけど、俺がシアの手を離すことなんてありはしない。
「絶対に幸せにする。シア、帰るぞ」
俺は空中に留まっているシアに向って手を伸ばす。
「はい」
手を伸ばしてきたシアの手を引っ張り、そのまま抱えて、木の枝を蹴った。
「ひゃ! アルさま。落ちています!」
「俺にはシアのような翼がないから仕方がない。それからシア。俺の言ったことを守らなかったな」
「あ……ごめんなさい」
なんだか。イラッとする。シアは俺よりも妖精を選んだということだろうか。俺が言った約束を破るほど。
地面が近づいてきたので、空を蹴って落下の速度を抑える。あれ? 俺、今空中を蹴っていたな。
苛ついてどうやったかよくわからない。
そして、そのまま地面に降り立った。
俺は涙目で俺を見上げているシアを見る。可愛い。白い翼が生えた天使のシア。
そんな可愛いシアが俺よりも妖精を選んだことが許せない。
そう思ったら、俺はシアの首元に牙を突き立てていた。
「ふぁぁぁぁん! アルさまに、また噛まれたぁぁぁぁ! シアは美味しくないですぅぅぅ!」
シアの声が妖精の笑い声に混じって、辺り一帯に響き渡っていたのだった。
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