第92話 ガラクシアースの襲撃
「申し訳ございません。少し席を外します」
私は立ち上がって前ネフリティス侯爵様にこの場を離れることを告げます。
お父様の魔力は感じますのに、お母様の魔力を感じないことに不安を覚えますわ。それに一番不可解なのフェンリルの魔力を感じることです。
「うむ。何やら地響きが響いておるのぅ。城が壊れそうな勢いじゃ」
王城が壊れる! 修繕費を請求されても、そんなものは払えませんわ!
「おとうさま〜!!」
私は慌ててアルの執務室を出ていきます。後ろからアルが私を呼び止める声が聞こえますが、王城の修繕費を請求されるのは避けたいですわ!
ここは赤竜騎士団の本部なので一旦窓から外にでます。そして、壁を駆け上り、屋根の上に立ち、辺りを見渡します。
あ! あちらの方で土煙が上がっていますわ。
そして、今でも城が建っている高台全体が揺れています。これでは本当に王城が壊れてしまいますわ!
「ウォォォォォォン!」
フェンリルの遠吠えが聞こえることから、本当にガラクシアース領からフェンリルが来ています。
いったい何が起きているのでしょう?
私は跳躍し、離れた隣の建物の屋根に飛び移り、土煙が上がっている場所に向かっていきます。
いくつもの建物の屋根の上を走り、王城の外壁を走り、目的地にたどり着きました。王城の外壁を足蹴にして、どこかわからない庭に下り立ちます。
上を見上げると王城の一部の外壁が破壊され、庭の方に外壁が落ちてきています。
どうやら内側から外に向かって破壊されたようです。
そして庭には多くの白い隊服を着た騎士たちが集まってきており、その中心には人の何倍も大きな白い獣がいます。
いいえ、そのフェンリルの足元にはお父様が、地面にしゃがみこんでいます。
「三番目が来ているなんて、どうしたのでしょう? それにお父様は何故、地面に向かって話をしているのでしょうか?」
この状況がわからず、首を傾げていますと、背後から知った気配が近づいてきました。
「フェリシア嬢。今は機嫌が悪いから近づかないほうがいい」
振り返ると、眉間にシワを寄せたネフリティス侯爵様がいらっしゃいました。
「機嫌が悪いのですか? どなたがですか?」
「あれがだ。おかげで仕事がままならん」
あれと指したのはお父様でした。そうですわね。ここまで騒ぎになってしまえば、お仕事ところではありませんわね。
お父様が迷惑をかけまして、すみません。
「何かよくわかりませんが、止めてきます」
「止める……近づくのは良いが、気をつけたほうがいい」
「はい」
何に気をつけるのかわかりませんが、王城にお父様と三番目がいる状態が普通ではありませんので、気をつけるべきなのでしょう。
私は遠巻きに見ている人の隙間を縫うように、お父様に近づいていきます。そして、白い隊服を着た人たちが何故か足を止めている時点まできて、ネフリティス侯爵様がおっしゃっていた意味を理解しました。
これ以上進むと攻撃をするぞオーラをお父様から感じます。だからと言ってフェンリルをこの王城にいつまでも置いておくわけにはいきません。
一歩踏み出しますと、風の刃が飛んできました。それを身体をずらして避け、また一歩を踏み出します。今度は火の矢が飛んできいます。それも避けて、もう一歩踏み出しますと、次々と攻撃魔術がとんできました。
お父様。これは私と認識せずに近づく者を無意識で攻撃していますわね。どちらかと言えば、三番目の方が私に気がついて、私とお父様に視線を向けてオロオロしています。
別にお父様の無意識の攻撃ぐらい避けられますわよ。
隙間なく攻撃してくる魔術に、私は右手に結界を張って撃ち落としていきます。全方位の結界だと、お父様の攻撃がどこに飛んでいくか、わかったものではありませんからね。
そして地面に座り込んでいるお父様の背後に立ちました。
「これ以上近づくと、殺すよ。僕はとても胸がムカムカしているからね」
いつもと同じようで、声のトーンが幾分か低いお父様から、殺害宣言を受けました。
「お父様。三番目と一緒に来られて、どうされたのですか?」
「え? フェリシア?」
私が声をかけるまで、本当に近づいているのが、私だとわかっていなかったようです。
「はい。フェリシアです」
すると、お父様は立ち上がって私の方を向いてきました。
うっ! お父様。瞳孔が縦に伸びていますわ。
「フェリシア。ちょっと待っていてね。今、バカを調教しているから」
「……ちょうきょう?」
お父様が言っている意味がわかりません。何を調教しているのですか? ここにはお父様と三番目しかいませんわよ。
「今日さぁ。妖精の女王っていうのから、聞いたんだよ。僕のかわいいフェリシアに罪を被せようとしたバカがいたってね」
え? 妖精女王から、一週間前にあったことを聞いたのですか? 一週間も経っていますが……いいえ、きっと妖精様のお仕置きが終わったので、お父様に連絡を入れたのでしょう。が、ここまで怒ることなのですか?
「僕がさぁ、娘を傷つけられて怒らないと思っていたのかなぁ。僕たちはガラクシアースなんだよ。僕たち全てがネーヴェ様の子なんだよ。君たちみたいに中途半端な竜人より、一族の絆は強固なんだよ。そこでニヤニヤしているヤツの血なんて一滴も入っていないんだよ」
お父様は王城の上の方を指して言いました。そうですわね。高い屋根の上にニヤついた銀髪の青年がいます。
で、さっきからお父様は誰に話しかけているのですか?
「ねぇ、聞いているのかな? リヴァール」
ん? リヴァール?
お父様は先程と同じ様に地面にしゃがみこんで話しかけています。
よく見るとフェンリルの右足の爪の隙間から人の顔が見えているではありませんか!
「国王陛下!」
そうです。フェンリルの右足の下には銀髪の男性が口から血を吐いて押しつぶされているではありませんか!
お父様の気配が強すぎて、国王の気配が全然わかりませんでしたわ!
「お父様! 国王陛下が血を吐いているではないですか!」
「何を言っているのかな? 別に五体満足だよね。本当なら、フェリシアが受けた苦痛の分、殴って蹴ってボコボコにしたいのを我慢しているんだよ? 本当に中途半端な竜人は脆いよね」
流石にお父様が手を出せば、国王陛下など、ただの肉塊に変わってしまうでしょう。
「お父様。私は何も痛みつけられてはいませんわ」
「外見上の傷よりも、心の傷は治りにくいものだよ。フェリシア。本当にこのバカは、何か勘違いしているんだよ」
勘違いですか? 国王陛下がでしょうか?
「ガラクシアースの中でも強い奴は、その力を奮わないために、普段から自分を押し殺して、にこにことしているんだよ。いつもにこにこしているから、何をしても怒らないと勘違いしているんだよ。僕だって、怒ることはあるんだよ」
はい。それはあります。ガラクシアースの力は、人の中では生きるには大きすぎます。ですから、なるべく己を自制して過ごすように教育されます。
ただ、強者になってくると、その傾向は強くなるのは事実です。自分が軽く振った腕が、相手の腕を吹き飛ばしてしまう状況に陥れば、嫌でも理解させられます。
クレアにその傾向が見られないのは、元々持っている素質の差です。エルディオンと比べてしまうと、どうしてもガラクシアースの力は劣っています。
「さっきから、うんともすんとも言わなくなって、ねぇリヴァール聞いているのかなぁ?」
……え? さっきから国王陛下の返事が無いのですか! それは既に意識を失っているということではないですか!
「お父様。これは三番目の力に耐えきれず、息を吸うのもままならない状態だったのではないのですか?」
「え? こんなことで、死んでしまうの? やっぱり、中途半端な竜人は脆いなぁ」
一応息はしているようですが、まさに虫の息という感じです。
お父様は国王陛下の首元を掴んでフェンリルの右足の下から引きずり出し、後方に投げました。
あの……さっき引きずり出すとき、バキバキと骨が折れる音が聞こえたのですが?
放り出された国王陛下の身体は、周りを囲っていた白い隊服の人たちによって受け止められ、そのままどこかに連れていかれました。
早く治療してくださいね。
「ガラクシアース卿」
機嫌の悪いお父様に話しかける声があります。そちらに視線を向けると、グラニティス大将校閣下が微妙に離れた位置に立っていました。
それもネフリティス侯爵様を盾にするように、背後に陣取っています。
私の目が問題なければ、ネフリティス侯爵様の額に青筋が立っているように見えるのですが、気の所為でしょうか?
「今回のことは、卿に何かしらの罰を受けてもらうことになるだろう」
「は?」
お父様の声にビクッと肩を揺らし、ネフリティス侯爵様の後ろに隠れるグラニティス大将校閣下。
そのグラニティス大将校閣下をウザいと言わんばかりに、首元を掴んで前に出すネフリティス侯爵様。
「俺を前に出すな! 死ぬだろうが!」
「うるさい」
ネフリティス侯爵様とグラニティス大将校閣下の関係がよくわかりませんが、それなりに親しい関係に見えますわ。
「ヴァルトカナード」
お父様はグラニティス大将校閣下の名前を呼んで、瞬間移動したかのように、近づいていきます。
「ぎゃぁぁぁぁ! 来るな!」
完璧にお母様へのトラウマがお父様に対しても発症していますわ。
「それは僕が悪いっていうことになるのかなぁ? ヴァルトカナード?」
「こっちに来るなぁぁぁぁ」
「ねぇ、神王レイシュトラール。今回のはいったい誰が悪いか、神王の意見を聞きたいなぁ」
お父様は王城の屋根の上で、ニヤニヤと笑みを浮かべて見物している、銀髪の青年に向かって声をかけました。
神王レイシュトラール? それがあの存在の名ですか?
「大声で名を呼ばないで欲しいなぁ」
「別に隠していないよね。僕たちはネーヴェ様の子だよ?」
「そうだね。隠してはいないけど、名を呼ぶ許可も与えていないよ。まぁ、今回はこちら側が悪いだろうね。ローゼンカヴァリエがそう判決をくだしたからね」
それだけを言った銀髪の青年は、用は終わったと、その場から姿を消しました。
お父様は何をご存知なのでしょう? それはガラクシアースの当主しか受け継がれないものなのでしょうか?
あの存在の名とネーヴェ様がどう関係するのでしょう?
「ほら! 僕は悪くない!」
「は? 何を言っているんだ?」
「神王が言ったよね。今回はそっちが悪いって」
「何を言っているんだ? 神王って人前に現れないだろう!」
……え? 一瞬で記憶の改竄が行われて、今のお父様とのやり取りが無いことになっていますわ。
なにやら平行線の言い合いが、お父様とグラニティス大将校閣下の間で繰り広がれ、ネフリティス侯爵様は若干呆れている感じにお見受けします。
もうお父様は普通の感じに戻りましたので、大丈夫でしょう。
それよりも私は先程から、うずうずしています。
そう! ここに三番目がいるのです。普通に座っているだけで、私の背の二倍以上はある大きさのフェンリルです。
その尻尾はブンブンと振られており、約数カ月ぶりの再開を喜んでくれているようです。
前回会ったときは、新年の一族が集まるのに領地に帰ったときです。
「三番目! 久しぶり!」
そう言って、私は三番目の身体に抱きつき、そのまま背に上って、久しぶりのもふもふを堪能します。
ああ〜幸せです〜。
このままお昼寝したい気分です。
「シア」
私がもふもふを堪能していると、下の方からアルの声が聞こえて顔を上げます。すると、何故か機嫌が悪そうな雰囲気をまとったアルがいます。
もしかして、お父様が王城を壊してしまうかもと、飛び出して行ったことを怒っているのでしょうか?
そうですわね。前ネフリティス侯爵様の前でしたのに、はしたなかったですわ。
「えっと、アル様。勝手に飛び出してしまってごめんなさい」
三番目のもふもふに抗うことができずに、背に乗ったままアルに謝ります。
「……」
なぜ、無言なのですか?
飛び出してしまったことが、アルの機嫌を損ねているのではないのですか? では何でしょうか?
私が首を傾げて考えていますと、アルが動く気配がしたかと思うと、私はアルに抱えられて、地面に降りていました。も……もふもふが遠ざかってしまいました。
うっ! 首に痛みが! ギシギシという音が!
アルに噛まれていますぅぅぅ! なぜ、噛まれてることになっているのですか!
妖精の国に行ったとき以来噛まれていませんでしたのに!!
「おい、シュリヴァス。お前の息子ヤバイな」
「ああ、あれは昔からだ。どうせ、そこの犬に嫉妬したんだろう?」
「うん。三番目はフェリシアのお気に入りだからねぇ」
あの……冷静に見ていないで、ちょっと助けてくれませんか? お父様。
(93話と同時投稿)
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