第90話 王への判決は

「お前には答弁を許そう。この国を治めるものよ。真実を捻じ曲げ、身分が低いネーヴェの娘に罪を着せたのはどういうことであるか?」


 妖精女王は冷たい視線を国王陛下に向けながら、言いました。

 答弁。そう言えば、妖精女王は今まで裁いた人の意見を聞くことがありませんでした。


 私は無実であることを弁論を許されただけで、裁きを受ける対象ではありませんでした。


 そもそも今回の事に国王陛下が関わっているというのでしょうか?私はどちらかと言えば、カルディア公爵家が関わっていると思っているのです。


「確かに……ガラクシアース伯爵令嬢に罪を被ってもらう予定だったが、『ガルムの魔炎』を始末したということで、情状酌量として無罪とする予定であった」


 ……結局、私が悪いことになっていますわ。

 そうですか。事前にシナリオが決められていたのですか。


 もしかしてネフリティス侯爵様はこのことをご存知だったのでしょうか?


「愚か者であるな。ネフリティスは反対したであろう?」


 ネフリティス侯爵様はご存知でしたけど、反対をしてくださっていたのですね。ですから、何かアレばフォローするという言い方をされたのですか。

 しかし、アルがついてきてしまったので、傍観の姿勢を取られていたと。


「さて、お前への審判を伝えよう。一ヶ月以内に王位を背後にいるものに明け渡すこと。それからこの度の件をネーヴェの子の長に、我から伝言を送ろう。きっとその者がお前に罰を与えるだろう」

「お待ち下さい! それだけはお止めください!王都が……」

「以上である!」


 国王陛下が話している途中で、妖精女王は王笏で石の床を叩いて、国王をこの場から退場させました。


 国王陛下は何を慌てていたのでしょう?


「王位を明け渡すことに、慌てていたのでしょうか?」


 思わず疑問が口から出てしまいました。


「違うと思う。恐らくガラクシアース伯爵が怒るからだろう」


 え? お父様が怒る?

 アルが私の疑問が違うと否定してきましたが、お父様が怒るところなど……想像できませんわ。私の記憶にはありませんもの。


「想像ができませんわ」

「そうだな。ガラクシアース伯爵が怒ればどういうことになるか、想像ができないな」


 何故かアルとの会話が微妙に噛み合っていませんわ。


『この度の件はこのような審判でよろしいか?』


 妖精女王がシャルロット様がいた方を見て、ご自分が審判された内容を確認しておられます。


 おかしなことですわ。

 妖精女王がご自分の判断に迷いがあったということでしょうか?しかし、私の向かい側にはもう、どなたもいらっしゃらなかったはずです。


「僕はただの傍観者だからね。何か言うことはないよ」


 声がした方に視線を向けましたが、私からは妖精女王がいる位置の延長上に誰かがいるようで、身体をずらしてみてみると、銀髪の青年が傍聴席に座っていました。レイモンド・ヴァンアスールの身体を乗っ取ったあの存在です。


『その割にはこの場に入って来たではないか』

「今回、封印されている魔炎が、解放されてしまったからね。ちょっと嫌な感じがするんだよね」

『嫌な感じか? 確か結局魔炎はリアンバールが収めたのであったな。……リアンバールが生きていた頃はよかったものである。今と違って統率されておった」


 リアンバール公爵様が生きていた頃というのは、ずいぶん昔の話しですわね。そんな物の封印が未だに機能していることに、驚きます。

 しかし、嫌な感じとはどういうことでしょうか。


『身の内に巣食う悪を一掃するべきではないのか? 我は勘違いしている愚か者供に

鉄槌を下すべきではと常々思っておる。お前たちは魔を討伐する竜騎士でしかないのだと』

「まぁ。仕方がない。リアンバールほど強い子は中々生まれないよ。それに記憶を保持するリスクに比べれば、大した事はないよ」


 記憶を保持するリスク? これはどういうことでしょうか?

 何かの危険を回避するための、記憶の操作をしているということなのですか?


「でも、おかしいなぁ。『ガルムの魔炎』は解けない氷に囲まれたところに封印していたのになぁ。誰が持ち出したんだろう?」


 え? カルディア公爵家に保管されていたということでは、なかったということですか?


『我は封印の管轄ではないので、わからぬ。だが、王が次代に口伝で伝えておるだろう? そこから漏れた可能性が高いとは思っておる』

「おや? 君の目に見えないのかな?」

『だから、封印の管轄は我ではない。それはあやつの管轄である』


 封印の管轄……これは他にも封印されたモノがあるということですか……あっ! お父様が言っていた暗黒竜が探しているモノとかですか!


『次代に国を治める者よ。この一ヶ月でお前には多岐に渡ることが、口伝で伝えられるであろう。良いか? それは伝えられた部屋以外では、口にしても書き残してもならぬ。悪しき者は身の内におるのでな』


 妖精女王は正面にずっと傍聴席で立っている王太子殿下に向かって忠告しました。悪しき者が身の内にということは、暗黒竜が聞いているということを遠回しに言っているのでしょうか?

 それとも、先程の勘違いしている竜騎士という言葉に掛かっているのでしょうか?

私には妖精女王の言いたいことが、わかりませんわ。


「あ……あの……この状況が、私には理解出来ないのですが、貴女は誰なのですか?」


 王太子が馬鹿なことを口に出しましたわ。王族とは馬鹿なのでしょうか? もしかして、お母様がグラニティス大将校閣下や国王陛下を見下している感があるのはこういうところがあるからなのでしょうか?


 人外の存在が目の前にいるのでしたら、肯定の言葉以外の何を口に出すのでしょう? ここは『了承しました』で終わりですわ。


『……今、この国を治めている者に聞くがよい』


 妖精女王はそう言って、王笏で床を叩き王太子殿下をこの場から退場させました。


 『いつも思うが、リアンバールはよく出来た者であった。毎回聞くが、なぜネフリティスを国を治める者に指名しなかったのか?』

「毎回同じ答えだけど、妖精の血は融通が利かないから駄目だね」

『相変わらず貴殿とは意見が合わぬ』

「仕方がないね。そもそも僕たちは竜で、君は妖精だ」

『ふん! ではその竜に竜をしつけするように、伝言しておこう。これにより閉廷!』

「え? さっきの審判の判決に何か加わっているよ!」


 妖精女王はあの存在の言葉を無視して、王笏を空間を切り裂くように振るいました。すると、この場を構成したモノすべてが、ガラスが割れるようにヒビが入り、壊れていきました。


 結局、あの存在は何をしにこの場にきたのでしょうか?本当に傍観者だったということなのでしょうか?

 いいえ、その後に『ガルムの魔炎』の封印が解除されたことを気にされていたので、妖精女王に何かわかるのかと聞きたかったのかもしれません。


 それにリアンバール公爵の血を受け継ぐネフリティス侯爵家を王族に指名とは、どうしてそのような言葉が、妖精女王から出てくるのでしょう?


「リアンバール公爵様は妖精女王様にとって、重要人ぶ……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」


 私の独り言は、悲鳴によって消されてしまいました。何かあったのでしょうか?


 周りを見渡すと、先程居た広い部屋に戻っていました。


 一段高い場所に座っていたはずの国王陛下の姿は既になく、王太子殿下が……お付の方でしょうか? その方に国王陛下の居場所を聞いています。

この悲鳴が聞こえてないのでしょうか? いいえ、きっとずっと叫んでいるのかもしれません。


「いやぁぁぁぁぁ! これは夢ですわぁぁぁぁ!」


 悲鳴の元はシャルロット様です。私からは、後ろを向いていて、何に悲鳴を上げているのかわかりません。


「アルフレッド」


 私がシャルロット様の様子を窺っていますと、横からアルに声がかけられました。ネフリティス侯爵様です。


 ネフリティス侯爵様は。いつもアルと同じ表情が浮かんでいないのですが、シャルロット様の声がうるさいのか、眉間にシワが寄っています。


「『倫理の審判』を行う場合は、その場にいる者を逃さないように、術の発動直前に宣言することだ」


 ……これはネフリティス侯爵様以外の公爵様方や侯爵様方がアルの発言後にざわめいて、退席したことを言っているのでしょう。


「逃げる者は大抵やましいことが、ある者たちだ。そういう者は容赦なく審判にかけろ」

「父上。しかし、術を視覚化しないように発動するには、時間がかかるではないですか」


 そう言えば、前回の時は立体の魔術の陣を展開して、『倫理の審判』を発動していました。

 今回は陣を展開しているように見えなかったです。もしかして、アルはこの部屋に入ってから、『倫理の審判』の術を発動するための準備をしていたということですか?


「我慢が足らないと言っているのだ。高位貴族はガラクシアースを敵に回す恐ろしさを身にしみて知っている。フェリシア嬢をどうこうしようとはならない。術を発動してから『倫理の審判』の宣言をしろと言っている。そうすれば、公爵家がいくつか減っただろうに」


 ……ネフリティス侯爵様。何気に恐ろしいことを口にされていますわ。これは妖精女王が公爵家を血を残さないほどに、滅ぼすと言っていますか?


「しかし! 俺のシアに対する暴言は、万死に値すると思います。ですが、残念すぎます。まさか、誰も死を与えられなかったとは……」

「そうではないだろう。カルディア公爵令嬢に残された時間は少ないだろう」


 ネフリティス侯爵様は、ずっと悲鳴を上げているシャルロット様を指で示しました。

 残された時間が少ない? 時間単位なのですか?


 私は再びシャルロット様に視線を向けます。

 あら? なんだか髪の色が白金のような色に見えてしまいましたわ。


「妖精女王が言っていたように、人に命じる言葉が出るたびに、命が減っていっているのだろう。死を直接与えないが、死につかづいている。死の苦しさは死ぬまで続くということだ」


 命じている? よく見ると髪が金髪に白髪が混じっています。……でも、誰かに命令している様子には見えません。

 お一人でブツブツ言って発狂しているのです。


 お一人でブツブツ……ブツブツ……なぜ、誰 も迎えに来ないだとか、お父様は私を置い て行ってしまったとか、文句を言っておられますわ。

 もしかして、不満を漏らしても駄目なのでしょうか? 人に対して向ける言葉が命令と捉えられている?


 妖精女王! 命令の解釈が違っていますわ!


 いいえ。これはサイファザール子爵夫人となって生きることが、既に発生していると考えられます。そうすれば、人に命じなければ、何事もない人生を生きることができる。


 これは思っていた以上に、妖精女王が言っていた条件の達成が難しいですわ。

 その条件を達成するには、戻って来る国王陛下にこの場で婚姻の承諾をいただくしかありません。


 そしてサイファザール子爵となるギルフォード様の姿はこの場にはありません。

 この時点でシャルロット様が妖精女王の条件を達成することは、できないと言っているようなものです。


「それからギルフォードのことは、これ以上口も手も出すな」

「どうしてですか! 俺は一番そこに不満を持っています」


 妖精女王から言われたにも関わらず、アルは不服だったようです。ギルフォード様は実質、罰を受けることはありませんでした。

 アルとしては、罰を与えないというところに、不満を持っているのでしょう。


「妖精女王の話から察するに、『ガルムの魔炎』を王都で封印を解いたことが、リアンバール公爵夫人を怒らすことになったようだ。小さき妖精に嫌われているぐらいは、いたずらで済んだが、リアンバール公爵夫人となると、人の身にはあまることになるだろう。だから、アルフレッドは関わるな」


 ネフリティス侯爵様は念を入れるように、アルに繰り返し言いました。

 関わるなと。


「それから、この一ヶ月の間に爵位の譲渡も行うので、覚悟しておくように」


 最後にとんでもない爆弾発言をされて、ネフリティス侯爵様は広い部屋を出ていかました。


 一ヶ月で爵位の譲渡は急過ぎませんか?

もしかして、妖精女王が国王陛下に王太子殿下にその場を明け渡すように言っていた一ヶ月と合わせているのでしょうか?


_________


補足。


リアンバールの時代のカルディア公爵家と現在のカルディア公爵家は血筋としては繋がっていません。ガルムの魔炎が襲って来たときに、全滅しています。

王家の直轄地であったカルディア地方を治める者が現在のカルディア公爵となっています。


そして、ネフリティス侯爵がガルムの魔炎を知っていたのは、ネフリティスの祖であるリアンバールが記録していたものを、ネフリティス侯爵家が保管していたからです。

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