第88話 冤罪

 私は今とても帰りたい衝動に駆られています。


 赤い絨毯に視線を固定して、周りを見ないようにしています。


 ここは王城の一室。とても広い室内の中に公爵家の当主が五人と侯爵家の当主が七人がここに集まっています。王都に滞在している公爵と侯爵に招集がかけられたのです。


 因みに公爵家は王族公爵が五家。世襲公爵家が十家。侯爵家が二十五家あります。

 その内の十二人のご当主が、集められているのです。そして、場違いにも私がこの場にいるのです。


 帰りたいですわ。



 これは昨日、ネフリティス侯爵様から言われていたのです。

 ネフリティス侯爵様はいつもより早く夕刻の時間にお戻りになられ、今までサロンにいたアルの鎖を外す前におっしゃったのです。


「アルフレッド。暴れない。邸宅を破壊しない。大人しく過ごすと約束できるのなら、解放する」


 これはこのまま外すと、アルが暴れることが確定している言い方です。流石に邸宅を破壊することまで……侍従コルトが何か言っていましたわね。西側の棟が破壊されたと……これはネフリティス侯爵様も慎重になられるのでしょう。


「父上。兄上はぶっ殺すべきです」


 殺害宣言をまたしていますわ。それは駄目だと言ったではないですか。


「ギルフォードは、別のところで監視下に置いているから、ここには居ない」

「では、その後で良いので、俺にトドメを刺させてください」


 その後ってどの後ですか!

 結局、殺害宣言しているのには変わりませんよ、アル。


「アルフレッド。今回のことはネフリティス侯爵家だけの問題ではなくなった。ギルフォードは公の場で罪を問われることになった」


 公の場で? 何故そこまで大事になってしまっているのですか?……もしかして、王城から王都の外に出る転移門を使ってしまったことでしょうか。あれは王族しか使ってはいけないと、アルが言っていましたものね。


「父上。その後でいいので兄上を……」

「アルフレッド。私刑は認められない。はぁ。お前のそういうところは、いつになったら直るのだ?」


 ネフリティス侯爵様。私を見ながらため息を吐かないでください。これは私にアルの考えを変えるように示唆されているのですか?


「アル様。私はこうして無事なのです。アル様がギルフォード様を傷つけることはありませんわ。それに公の場というのが私にはよくわからないのですが、どういうことなのでしょうか?」


 アルが殺害宣言を取り下げない限り、ネフリティス侯爵様はアルを解放することはないでしょう。それは色々困ったことになりますわ。

 あと、公の場とはどういうことなのか、私にはわかりません。もしギルフォード様に何かしらの罰を与えるのでしたら、当主であるネフリティス侯爵様が行うものですもの。


「今回、問題になっているのは『ガルムの魔炎』の封印の解除だ。前回のときにあの『ガルムの魔炎』でカルディア公爵領の半分が燃えた。……と聞いている。そのような物の封印を王都の、それも第一層内で解いたことが、ギルフォードの罪だ」


 あの雑魚っぽい魔狼で、カルディア領の半分が燃えたのですか? 私はそちらの方に驚いてしまいます。


 しかし、思っていた以上に大事になっていませんか? このようなものは普通は外に漏れないように内々に話をつけるべきだと思います。

 貴族社会は噂などあっという間に広まってしまいますもの。


「父上。それは父上が国王陛下に兄上のことを報告したということですか?」


 アルがネフリティス侯爵様自身が、国王陛下にギルフォード様が行ってしまったことを直接報告したのかと、尋ねました。


「国王陛下に『ガルムの魔炎』のことを言ったのは赤竜騎士団団長だ。お陰で、今まで足止めされてしまった」


 第二王子が国王陛下に?……もしかしてアレですか。


『ここに来るまでに「ガルムの魔炎」のことを知っていそうな人物に尋ねたら、倒す方法が無く、炎を封じるしか対処法が無かったと言われました』


 と言っていたことですか! 知っていそうな人物とは、国王陛下のことだったのですか!


「あのそれはかなり、問題なのではないのですか?」


 今回の件ははっきり言って、被害はありませんでした。ですから、最低ネフリティス侯爵家とカルディア公爵家の間だけで、何かしらの話し合いをすれば良かったことだと思います。


大事おおごとになっている。そのため、明日の十時に審議しんぎが行われることになった」


 審議ですか。第二王子、絶対に聞く相手を間違っているではないですか。そこは責めてお母様と泉のダンジョンに行ったグラニティス大将校閣下に聞けばよかったのではないのですか?足をお悪くされても、騎士団というところに所属しているのであれば、何か知っている可能もあったと思うのです。

 いいえ、記憶の改竄が広く行われているのであれば、国を治める者として記憶の保持がされていると思われる国王陛下が適任者なのかもしれません。


「そこにフェリシア嬢に出席してもらいたい」

「え?……あ……私が……ですか?」


 私が行かなければならないというのは、私も尋問されるということですか?


「フェリシア嬢には事の経緯を話してもらいたい」


 事の経緯ですか。私が説明するのですか?誰に説明するのでしょう?


「あの? 何方様に私は説明すればよろしいのでしょうか?」

「今のところ出席者は公爵家五家と侯爵家七家だ。王都に滞在している当主に招集がかけられたからな」

「そそそそそそのような方々の前で、私が説明を……」


 心臓がバクバク鳴ってきました。恐ろしいですわ。


「あと国王陛下も出席される」

「気分が悪くなってきましたわ」

「私も出席するように言われている。何かあれば、フォローはする」

「父上。勿論俺も行きますから、父上はシアに構わないでください」





 ということを、昨日言われたのです。

 はい。私は今、公爵様方や侯爵様方が椅子に着席され、正面の一段高い壇上に国王陛下が座し、その横に王太子殿下が控えていらっしゃる広い部屋の後方に、用意された席に座っています。


 私の視線は上げる事ができずに、赤い絨毯に固定され続けています。


 そして、前方の端には白い隊服をまとった白竜騎士に両側を挟まれる形で椅子に座っているギルフォード様とシャルロット様がいらっしゃいます。


 私がガルムの魔炎と戦った後、姿が見えないと思っていましたら、どうやら王城で拘束されていたようです。しかしシャルロット様に付けられた薔薇、取り返し損ねてしまいましたわ。


「シア。大丈夫か」


 隣に座っているアルに気を使われてしまいました。本当ならアルはここには呼ばれてはいなかったのですが、強引についてきたのです。これには朝からネフリティス侯爵様と言い合いになっていました。しかし、私の顔色が悪いのを汲み取ってもらえたのか、最後にはネフリティス侯爵様の方が折れました。

 ですので、アルが私の隣にいるのです。


「大丈夫です」


 全然大丈夫ではないですが。口から心臓が出てしまいそうですが、ニコリと笑みを浮かべて答えます。引きつった笑みかもしれませんが。


 今は口上が述べられています。これは簡単な事の経緯を第三者の方が説明しているのです。

 とはいっても、私からは何も話してはいないので、どうもシャルロット様主観になっています。これ、何故か私が悪いってことになっていません?


 あの、私が馬車の中で扇で殴ったということになっていますが、扇を投げつけてきたのはシャルロット様の方ですわ。


 なぜ私がシャルロット様の髪飾りの赤い薔薇を奪ったことになっているのですか? それは元々私の物だったではないですか。


 私がシャルロット様を脅して『ガルムの魔炎』を持ち出すようにそそのかしたですって! そもそも『ガルムの魔炎』なんてものは昨日初めて知りましたわ!


 口上で述べられている話が進むにつれ、私の視線は床からシャルロット様に移動していきました。


 勝ち誇った笑みを浮かべているシャルロット様。


 この話は全くの嘘ではありませんか! なぜ、このような嘘を言うのです!


 はぁー。駄目ですわ。ここで怒りを持っては駄目です。私はガラクシアースです。それを忘れてはいけません。



「フェリシア・ガラクシアース伯爵令嬢! 前へ」


 私の名が呼ばれ、前方に出てくるように言われました。そして、私の両側に白い隊服を身にまとった白竜騎士の方々がつきました。まるで罪人のようですわ。


 アルが腰を上げかけましたが、私はアルに視線を向けて首を横に振ります。

 そして立ち上がり、シャルロット様とギルフォード様がいる向かい側の前方に行くように、促されました。


 はぁ、結局身分が低い私の方が悪いように、結論付けられてしまうのでしょう。シャルロット様から事情は聞いて、私は前もって聞かれなかった。これが全てですわ。


 騎士に挟まれ、行かされた場所には椅子が用意されてはおらず、私は立った姿で多くの方々の視線を受けることになりました。


「ガラクシアース伯爵令嬢。貴女は以前からシャルロット・カルディア公爵令嬢様をいじめていた。そうですね」


 ……論点が違いますわ。

 ここはそんなことを聞くための場ではないはずです。


「違います」

「カルディア公爵令嬢様に手を上げ、罵り貶すしてきた。そうですね」


 何を言っているのでしょう。このカツラデブ。この三年、ヅラを回収し続けた私には、その髪がヅラだとバレバレですわよ。

国王陛下や公爵様方や侯爵様方がいらっしゃる壇上の前でよくもまぁ、このような嘘の報告を言えるものですわ。


「違います」

「ここでの嘘は罪になりますよ」

「嘘ではありませんから、罪にはなりません」


 これは本当に何なのですか? なぜ、私が罪人扱いされているのですか?……アルの方から殺気が漏れ出てきているのですが、ここでアルが暴れでもしたら、アルの方が罪人になってしまいますわ。

 因みにアルは帯剣を許されていませんので、剣は携えてはいません。アルの亜空間収納に入れているのは横目で見ましたが。


「ではその髪飾りはどうしたのですか?カルディア公爵令嬢様と同じものではないですか。人から奪ったものを堂々と付けられるとは、なんと大胆なのでしょう」


 その言葉をシャルロット様に向けて言ってください。

 今日はアルから妖精女王の赤い薔薇と妖精様の青い牡丹の花を髪につけるように言われたので、私の白い髪には左右別の花の飾りがついているのです。


「これは妖精様と妖精女王からいただいたものです。私以外が触れれば茨人になりますよ」


 私は殺気を抑えながら、両隣の騎士に忠告する。私の言葉に両側から花に触ろうとしていた手が、止まります。

 そう言えば、昨日いらした白竜騎士の方はカルディア公爵家の方でしたわね。この方たちもお仲間なのでしょうか?


「一つ勘違いされているようなので、申し上げてもよろしいでしょうか」

「ガラクシアース伯爵令嬢の発言は許されていません」


 この方もカルディア公爵家の手が回っている方のようですわね。私に話させないなんて。


「そうです。私はガラクシアースです。その意味はよくおわかりではないのですか?」


 しかしヅラデブはわかっていないように、私が何を言っているのかと、嘲笑った笑みを浮かべています。

 おわかりでは無いのですね。


「私がカルディア公爵令嬢様を本気で殴ったら、血と肉片しか残りませんわ。両隣に騎士を置いても、無駄でしかありません。そのような私に冤罪を与えるよりも、別のことをお話しになったほうが……」


 これはもしかして、今回の問題を伯爵令嬢でしかない私に全てを罪をきせて、終わらせようとしているのですか?


「貴女はそうやって、カルディア公爵令嬢様を脅して、今回問題になった『ガルムの魔炎』を持ち出すようにそそのかしたのですね。なんと恐ろしい」


 こ……これは完璧に、あの場に居た私が全て悪いことにして、公爵令嬢であるシャルロット様が被害者だったということに、すり替えようとしていではないですか。


「意義を申しあげる」


 アルの声が直ぐ側で聞こえてきました。振り返ると、怒気をまとっているアルが立っているではないですか。

 ネフリティス侯爵様の様子を窺いますと、素知らぬ顔をしています。もしかして、見なかったことにしていますか?


「アルフレッド・ネフリティスがこの無意味な審議に意義を申しあげ、代わりに『倫理の審判』を施行する」


 アルが妖精女王に審判を委ねると口にしました。そのことに、今まで何も言葉を発していなかった公爵様方や侯爵様方がざわめき出し、退出許可を得ようとする方も出始めました。


 その中で国王陛下はアルを止めようと部下の方に指示をだし、王太子殿下は国王陛下が何を慌てているのかわからない様子でみており、お一人の方が部屋を出ていかれると、それにつられて部屋を出ていくご当主の方々。

 その中でもネフリティス侯爵様は平然としておられます。


 何を皆様方が慌てているのかと戸惑っているシャルロット様とギルフォード様。そして口上を偉そうに述べていたヅラデブ。


 室内が暗転し、冷たい空気が頬を撫でました。


『我は誓約により世界の調和と制裁を司る者。我の目に見通せぬモノは無い』


 鈴がなるような声が室内に響き渡りました。


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