第87話 説明が難しいですわ

 私はドレスを着替えて、サロンで待っているアルと第二王子の元に向かいます。

 お二人共、臙脂色の隊服を身にまとっていますが、一人は優雅にお茶を嗜んでおり、もう一人は向かい側で鎖にグルグル巻きにされて、ソファーに座っているという異様な風景でした。

 みようによれば、犯罪者と尋問官に見えなくもないです。


「お待たせしました」


 私は鎖にグルグル巻きにされたアルの隣に腰を下ろします。


「さて、早速だけどどういう魔物だったのか教えて欲しいのですよ」


 第二王子はティーカップをローテーブルに置いて、話を切り出してきました。外面がいいニコニコとした笑顔で言ってきた第二王子の顔を殴りたい衝動に駆られましたが、なんとか抑えます。

 この前お会いしたグラニティス大将校閣下と被って見えてしまうのが、イライラ度が増していく原因なのでしょう。


 それよりも……私はどういう魔物かというよりも、なぜ小瓶にあのようなモノが封じられていたのかが気になるのですが?


「その前にカルディア公爵家に封印されていた小瓶が保管されていた経緯を知りたいのですが?」


 私は腕が鎖で封じられているアルにティーカップを差し出しながら、第二王子に尋ねます。

 この鎖、巻かれると私でも脱出に時間がかかりそうなほど、強力な呪がかけられていますわね。


「それか。ここに来るまでに『ガルムの魔炎』のことを知っていそうな人物に尋ねたら、倒す方法が無く、炎を封じるしか対処法が無かったと言われました。しかし、ガラクシアース伯爵令嬢も子息も普通に倒せていましたね」


 倒す方法が無かったのですか? あんな小物の魔物に手間取っていたということなのですか?

 それはあまりにも弱すぎません?


「まぁ、あんな小物を倒せないなんて、訓練が足りないのではないのですか?」


 私は以前、討伐に当たった方々の弱さを指摘しながら、アルに焼き菓子を差し出します。


「君たち、赤竜騎士団の団長として、私はここにいるのですよ。いちゃいちゃするなら、私が帰ってから好きなだけしてください」


 なんですかそれは? 第二王子は先程お茶を飲まれていたのに、アルには飲むなということなのですか?


「ジークフリート。俺は今は手が使えないのだが?」

「直ぐに終わる話だ。お茶をするなら私が帰ってからいくらでも飲むといい」


 これは話に集中しろということですか? 仕方がありません。さっさと終わらせましょう。


「あれは殴れば倒せます。以上です」

「そんなわけ無いだろう! そんなことで倒せていたら、封印の魔道具なんて必要ない!」


 第二王子。王子の仮面が外れていますよ。

 そんなわけないと言われましても、そういうモノなのですから。


「シア。今日、討伐した魔草獣マリンラグアを出していた理由はなんだ?」


 今度はアルから質問されてきました。


「あれはですね。蓋が開いた小瓶を馬車の中に投げ入れられて、小瓶を割らないように受け止めたのですが、蓋にできるものが見当たらず、死の森で生息している魔草獣マリンラグアの葉なら蓋代わりになるのではないのかと、試してみたのです」

「兄上を殺そう。今直ぐ殺そう」

「アルフレッド。待機命令がネフリティス侯爵から出ているのを忘れるなよ」


 アル。殺人宣言は駄目ですわよ。私は焼き菓子をもう一枚アルに差し出します。

 憤っていたアルは、目の前に差し出された焼き菓子をパクリと食べて口を閉じました。


「ガラクシアース伯爵令嬢。弟君がその魔草獣マリンラグアの蔦の壁の中に入ったときに『寒い』と言っていましたが、あの中はどうなっていたのですか?」

「全てが凍っていました。これは魔炎が燃えるために必要な魔素を消費するため出した術ですので、攻撃性は全くないです」

「は? 魔術とは己の中にある魔力を使って発現させるものだろう? 大気中の魔素から魔術を施行できるのなら、それは無限大に魔術を発動できるという意味じゃないか」


 無限大にとはいかないでしょう。どうしても最初の発動するには、自分自身の魔力を消費しますし、その魔術に攻撃性を持たそうと思えば、自分の魔力で調節しなければなりません。

 今回は攻撃性が無く、補助的な役割もなく、ただ辺り一帯を凍りつかせるだけという自然界で起こり得ることを魔術で再現しただけです。


 ということはエルディオンが魔術で降らせた雨に攻撃性があったということは、大気の魔素も使っていますが、エルディオン自身の魔力も使っていたということです。

この辺りがエルディオンの未熟さが出てきてしまっていますね。


「第二王子。私は攻撃性がない魔術といいました。無限大に発現できたとして、ただ自然界で起こり得ることを再現した魔術を多用化する機会があるのですか? 無いですよね。結局魔術は自分自身の魔力を消費しないと使えません」


 第二王子はやっぱり馬鹿だった。魔術の基礎ぐらい習ってないのでしょうか?


「そうか。残念だ」


 何が残念なのですか。第二王子の頭の方が残念です。


「シア。父上から炎は剣で切れないから、駄目だと言われたのだが、それは殴っても同じことだろう?」


 炎は剣では切れない。そうですわね。そして拳でも炎は消えない。

 もしそれで炎が消えたというのであれば、別の要因があって消えたことになります。例えば剣戟で起こった風によって、消し飛んだとかですね。

 しかしあの魔炎はそんなものでは消えないでしょう。


「あの魔炎の構成は核があるわけではなく、大気の魔素で狼の形を作って、燃えているだけですから、大気の魔素を潰す勢いで殴り続ければ、そのうち構成する魔素が足りなくなって消滅します」

「ということは、結界を張ってその結界に魔素を消費する機能を追加すれば、氷やら雨やらを降らせる必要はないだろう?」


 アルは私とエルディオンの戦い方が非効率だと言ってきました。

 言われてみればそうなのですが、あの時は直感的に結界は駄目だと思ったのです。それでは魔炎を阻害できないと。


 あの黒い狼の魔炎には何かしらの意思を感じました。結界を張ればきっと結界の魔力を取り込んで、更に力を増していた可能性があります。しかし、実際にどうなるかは試していませんので、正確なところはわかりません。


「説明が難しいですわ。恐らく結界を張っても無駄だったと思います。私とエルディオンが氷と水を選択したのは、炎がその力を取り込みにくいと判断したからに過ぎません。もし、逆に大気の魔素を炎の魔術で消費していたら、その炎は取り込まれていたと思います」

「魔術的な相性の問題か。魔草獣マリンラグアの蔦は元々燃えにくく、切れにくいから根っこを引っこ抜くということをしなければならない。だからシアは魔草獣マリンラグアの蔦を結界代わりにしていたのか。これを敵を見て瞬時に判断できるか? ジークフリート」


 アルはなんとなく、私が行った討伐の仕方を理解してくれたようです。

 うーん。私はそこまで色々考えて、討伐依頼を受けているのではなく、やはり今までのガラクシアース領で行ってきた訓練と経験が行動に出ているのだと思います。


 絶対的に経験が足りないのでしょう。赤竜騎士団の方々は。


「はぁ。無理だ。魔物の特性を書き記した書物はあるが、この時期に繰り返される魔物の討伐の記録がほとんどない。赤竜騎士団が管理している記録にも神王の儀のあとの記録が極端に減っている」

「記録ではなく記憶に頼るか。二十年前なら、まだ聞き出せるはずだ」


 これからの赤竜騎士団には過去に遡ってどういう魔物がいてどのように討伐したかを調べたいようですが、恐らくそれは出てこないでしょうね。記録も記憶も。


 なぜ、あの存在はそこまでして暗黒竜の存在を人々から消したいのでしょう。資料があった方が何かを便利だと思うのです。

それぐらいでは、暗黒竜の探しているものがどこにあるかなんて、わからないでしょうに。



 第二王子とアルの話がまとまったことで、第二王子は帰っていきました。きっとほとんど出てこない人の記憶から調べてみようと無駄な努力をするのでしょうね。


「アル様。ネフリティス侯爵様がお戻りになるまで、本当にこのままで居なければなりませんの?」


 色々不便を強いられているアルに尋ねます。鎖はアルをグルグル巻きにして端の方を軽く縛ってあるように見えますが、外せないように術が組まれており、簡単には鎖が外せないようになっています。

 しかし、私なら引きちぎることができると思うのです。


「シア。この鎖に触ってみればわかる」


 あら? このままで居なければならないのかと問いましたのに、その答えが触るとわかるのですか?


 私は鎖の端を掴みます。

 ……あら? 一気に力が抜けていく感じがしますわ。

 見た目以上に強力な術がこの鎖にはかけられているようです。


「まぁ! なんて素敵な鎖なのでしょう!」


 これは魔物の捕縛に重宝しそうです。でも、これは使う側も気をつけないといけないですわね。それとも術が発動するまではただの鎖なのでしょうか?


「シア。気に入ったのか?」

「ええ。狭いところから出てこない魔物を引きずりだすのに、良さそうではありませんか!」


 私はにこにこと笑みを浮かべて答えます。何やら使用人の方々からこそこそと「いけない扉が開きそうです」とか「縛りプレイ」とかという言葉が聞こえてきますが、何の話をされているのでしょうか?


「コルト。これと同じものはあるのか?」


 アルは背後に控えていた侍従コルトに声を掛けます。すると侍従コルトはスッとアルの横に立って頭を下げてきました。


「申し訳ございません。これは旦那様が特別に作らせたものですので、同じものはございません」


 ……それはアル捕縛用に作ったと言っていませんか?

 それほど、アルの行動が問題視されていると。


「同じ物は作れるのか?」

「おそらく無理かと。お作りになった方も二度と作りたくないと言われていたそうですから」


 二度と作りたくない鎖ってなんですか!  そんな鎖を巻かれてアルは平気なのですか?


「アル様。私は欲しいとは言ってはいませんわ。こういう魔道具があると知ってウキウキしているだけなのです」


 ここで私が止めておきませんと、アルは作りたくないと言っている職人に無理やり作らせようとするかもしれません。


「そうか。……父上も一つしか作れないような物を俺に使わなくてもいいと思うのだが」


 アルの言葉に侍従コルトの目が孫を見る祖父の目になっておりますわ。もしかして、侍従コルトの脳内には今まで色々やってきたアルの行動が流れているのでしょうか。

 その行動をこの鎖で抑えられるようなら、作ったかいもあったと言うように。


「はぁ。しかし父上はいつ戻られる予定なのだろう」


 アルがため息を吐きながら、遠い目をしています。そうですわね。このままだと不便ですわね。歩くこともままなりませんもの。


「シアを抱きしめたいのにできないし、シアを堪能したいのにできないし、シアとキスしたいのにできないし」


 アル。言葉に出されると恥ずかしいですわ。


「兄上を殴りたいのにできないし、いや殺そう。泣こうが、喚こうが、詫びようが、ボコボコにして後悔させながら殺そう」


 また殺人宣言に戻ってしまいました。それは駄目ですわ。


 私はアルに再び焼き菓子を差し出します。


「アル様。あーん」


 すると殺人宣言を止めて、アルは焼き菓子を食べてくれました。ネフリティス侯爵様が戻られるまで、これでアルの口を閉じておけばいいかしら?


「紅茶をお飲みになりますか?」

「飲む」


 すると侍従コルトが新しいお茶を淹れなおしてくれました。相変わらず行動の先回りが怖いほど的確です。


「シア。そのまま飲むと熱そうだから、ふぅーふぅーして欲しい」


 ……ふぅーふぅー。紅茶をふぅーふぅー……お行儀が悪いですわ。


「フェリシア様。ここにはアルフレッド様しかいらっしゃいませんから、無作法を咎める方はいらっしゃいません」


 何故か、侍従コルトもお行儀が悪いことを勧めてきました。あの……使用人の方々が見ているではないですか。そんなことをすれば、後で色々噂されてしまうではないですか。

 私はちらりと壁際に視線を向けますと、使用人の方々は、皆様あらぬ方向を見ていました。コレは見てみぬふりをしてくださると。

 アルをチラリと見ます。凄く期待している目を向けられていました。


 ティーカップをテーブルから持ち上げ、私の前に持ってきます。


「ふぅー……ふぅー…………アル様……どうぞ」


 なんだか、とても恥ずかしいですわ。


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