第85話 魔炎。それは形がないもの

「父上!鎖を解いてください!」


 イモムシ状態になったアルフレッドは、うごうごと蠢きながら、鎖から解放できないか無駄な抵抗を試みている。

 そんなアルフレッドに動くなと言わんばかりに一発蹴りを入れて黙らせる。

 そして出入り口に向かっていき、ネフリティス侯爵は誰かがそこにいるというように声を掛けた。


「赤竜騎士団団長に回収するように連絡しなさい」


 それだけを言ったネフリティス侯爵は、踵を返して、再び席につく。使えなくなった書類を舌打ちをしながら丸めて捨て、何事もなかったかのように、仕事を再開した。


「父上!シアに危険が迫っているのであれば、俺は行かなければなりません」


 ギシギシと鎖を鳴らしながら、今の状況に不服だと抗議をするアルフレッド。しかし、そのようなものは聞く耳は持たないと言わんばかりのネフリティス侯爵。


「シアに何かあればどうするのですか!そんなことがあれば、俺は絶対に父上をぶっ殺……」


 己の父親の首を取る宣言をした瞬間、アルフレッドはネフリティス侯爵から殺気を浴びせられた。そのことにより、思わず言葉が止まる。


 そして舌打ちをしながら、いもむしのように床にうごめいているアルフレッドをネフリティス侯爵は冷たい視線で見下ろした。


「いいか、アルフレッド。『ガルムの魔炎』は普通じゃ対応できない」


 ネフリティス侯爵ははっきりと言いきった。これはアルフレッドでも無理だという意味だ。


「ガルムの魔炎は一見すると黒い魔狼だ。お前ならどう戦う」

「叩き切ればいい」


 アルフレッドは自信満々に答えた。魔狼なら何度も討伐したことがあると。


「その答えは0点だ。お前は死を撒き散らす殺戮者となる」


 しかしネフリティス侯爵は、アルフレッドの答えは対処法としては値しないと評価した。そして逆にアルフレッドが殺戮者になるとまで言ったのだ。


「意味がわかりません」


 率直な感想だ。どうすれば、アルフレッドが殺戮者になるのかと。


「答えは魔狼の魔物ではなく、魔炎が本体だから。火は剣では切れぬだろう?恐らくガラクシアースだと直感的にそれを見抜く。だからガルムの魔炎という名がつけられたのだ」


 フェリシアは父と弟の『天性の感』というものを口にしていたが、なにも二人だけに備わった能力ではない。ただ血の濃い二人に強く出てしまっているだけで、一族全てに大なり小なりの『感』という物は備わっている。


「ガルムの魔炎に触れればその魔炎に巻かれ取り込まれる。そして己の意思など関係なく全てを破壊する殺戮者となるのだ」

「それはもしかして魔炎というものに身体を乗っ取られるという意味ですか?」

「そうだ」


 ギルフォードは別の言葉で言い表していた。一度獲物に噛みつくと死ぬまで離さないと。

 おそらくこれはシャルロット公爵令嬢から教えられた言葉なのかもしれない。まるで、子供に絶対に手を出してはならないと言うような言い方だ。


「それなら早く、シアを助けないと!」


 アルフレッドの中にはガルムの魔炎の危険性よりもフェリシアの安全確保が優先されている。先ほどよりも何とか抜け出せないかと、うごめき具合が激しくなった。


「最後まで聞け!」


 そう言ってネフリティス侯爵は手に持っていたペンをアルフレッドに向けて投げつけた。とはいっても、それぐらいの衝撃でアルフレッドの抵抗が収まるわけがない。

 ただ、話を聞くようにと示しただけだ。


「魔炎の対処法は二つだ。一つは魔炎を封じる専用の瓶に魔炎を収めること。もう一つはガラクシアースの力で消滅させることだ。わかったか? この件はフェリシア嬢に、任せればいいということだ」


 ネフリティス侯爵がアルフレッドでは対処できない理由を言ったにも関わらず、聞いていなかったのか、アルフレッドの行動に変化は見られなかった。いや、聞いていないのではなく、フェリシアを助けに行くしか頭に残っていないアルフレッドには聞こえていないのだった。


 そこに扉を叩くノック音が鳴り響く。


『私がここに呼びつけられた意味があるのか』


 扉の外からイヤイヤながらここに来たという声が聞こえてきた。普通であれば、訪問者が名乗るべきだが、それよりもここに呼ばれたことが不服だったようだ。


「はいりたまえ」


 入室の許可が出たため、訪問者は扉を開けて顔を覗かせる。入りたくないという雰囲気がありありと漏れ出ていた。


「アルフレッド、白竜騎士団団長からクレームが入っているのだが、何をしたのだ?」


 顔を覗かせたのはネフリティス侯爵から、アルフレッドを回収しにくるように言われたジークフリート第二王子だ。いや、普通であれば、赤竜騎士団団長自ら迎えに来ることはないだろう。

 こういうのは部下に任せるのが普通である。ただ、ジークフリートが言った言葉が団長自ら迎えにきた理由にはなっているのだろう。


「ああ? アズベルトが悪いに決まっているだろうが!」

「理由を説明しに来いと言っている」

「俺にはそんな暇はない! ジークフリート! この鎖を解け!」

「まぁ、大体フェリシア嬢絡みだとは理解した」


 ジークフリートも長年、アルフレッドとの付き合いがある。こういう場合は、大抵フェリシアが絡んでいることに直ぐに理解した。いや、ここ最近フェリシアにべったりなアルフレッドが一人でここにいる時点で気がつくのも。


「財務長官殿。副官が迷惑をかけました。毎回すみません。直ぐに退出します」


 ジークフリートは団長として部下の不手際を謝罪し、回収することをネフリティス侯爵に告げる。

 これは普通最初に言うべきことなのだが、これを幾度も繰り返された立場であれば、一番最初にアルフレッドに文句を言いたくなるだろう。


「そうしてくれたまえ。因みにオスタール白竜騎士団団長には謝罪しなくてよい。逆に部下の勝手な行動を許したことを報告しておくとよい」

「どういうことでしょうか?」

「それはアルフレッドが知っている。が!」


 ここで一旦、ネフリティス侯爵は言葉を止めた。


「その鎖を解くと、フェリシア嬢のところに飛んでいくから、そのまま連れて行くように」


 白竜騎士団団長に今回の白竜騎士団副団長を半殺しにした件を説明しにいくのに、アルフレッドは鎖を解かれないまま、罪人のような姿で説明しなければならないと、ネフリティス侯爵は口にする。


「その後ネフリティス侯爵家によってみられるといい。これから君たちが戦わなければならないモノとの戦い方がわかるかもしれない」


 ネフリティス侯爵が曖昧な言い方をしたのは、戦いが長引けば見ることが叶うが、既に決着がついている可能性があるとも示唆された。


 そうしてジークフリートは鎖でグルグル巻きにされたアルフレッドを麦袋のように肩で担いで、財務長官の執務室を後にしたのだった。

 先ほどからずっと怨嗟の様に『鎖を解け、鎖を解け』と言い続けているアルフレッドを強制的につれて。




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