第82話 わがままを言っていい?
「お姉様! これは『
私はネフリティス侯爵邸に戻ってきました。赤竜騎士団の本部に戻るのかと思っていましたら、アルは私をお茶会という名の、マナーを勉強しているクレアがいる一室に押し込めたのです。
いきなりお邪魔をするのも悪いと思ったのですが、アルがネフリティス侯爵様と前ネフリティス侯爵様に話を付けてくると、怒ったように夫人に伝えたため、夫人も何か起こったと理解されたのか、快く私がお邪魔するのを許してくださいました。
そして手土産として、採ったばかりの宝石のようなキラキラとした果実をテーブルの上に、亜空間収納から出したところです。
私は夕食後のデザートに出してもらえたらと思ってテーブルの上に出したのですが、クレアは食べたいのか、お茶会を摸したマナーを勉強中であるにも関わらず、椅子ごとジリジリと私のほうに寄ってきています。
クレア。せめて席を立つ許可を夫人に得なさい。
「お姉様!お兄様が帰って来る前に、食べましょう!」
クレアは
「クレア。これは夕食後に出してもらいましょう」
「そんなー!一種類ずつだけでも!」
一種類ずつ。これは
ということは、ほぼ同じ物が無いので、クレアが言う一種類ずつとは全てという意味に当てはまります。因みに味も違います。
言っておきますが、まだ全部は出していません。魔草獣マリンラグアを一頭分ですから、かなりの量がありますわよ。
「クレア。もしかすると、お客様がいらっしゃるかもしれません。夕食後にいただきましょう」
客人がくるとなれば、このお茶会を摸したマナーの勉強は中止となることでしょう。ただ、クレアの先ほどの行動を、後ろで目を光らせている侍女長が注意しなかったところを見ると、本当に今はお茶休憩をしているだけなのかもしれません。
「まぁ。どなたがいらっしゃるのかしら?」
私の言葉にネフリティス侯爵夫人が尋ねてきました。
「それから、少しいただいてもいいかしら?
王族の姫君でも一度しか食べたことがなかったのですか?しかし、普通の人は『死の森』に足を踏み入れようとは思わないでしょうから、一般的に手に入れることは難しいでしょう。
「ほら、フェリシアちゃんも一緒にいただきましょう。甘い物を食べると、元気になるわよ」
「え?」
「落ち込んでいるときは、甘いものを食べると良いのよ」
私、ネフリティス侯爵夫人に言われてしまうほど、落ち込んでいるように見えているのですか?
「ライラ。いくつか切り分けて」
「かしこまりました」
侍女長が返事をし、壁際に控えている侍女たちに指示をだしています。
そしてテーブルの上に置かれた十個ほどの
出されたお茶に私は思わず振り返って侍女長を見てしまいました。
「あの……これって……」
「お好きだと伺いましたので、ガラクシアース伯爵領からお取り寄せいたしました」
これは黒百合茶ではありませんか!
今までは毎日このお茶を飲んでいました。好きというよりも、お金を掛けずにお茶が飲めるお手軽さが重宝していたのです。それと、黒百合茶に含まれる魔力がお湯によって抽出され、黒百合茶の深みある味わいとピリピリした魔力の泡が、疲れた身体を癒やしてくれるのがいいと飲んでいたにすぎません。
「ありがとうございます」
「もったいないお言葉です。我々はガラクシアースの皆様に、ご不便を強いていたことに、謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
「え? 不便は感じていませんわ」
なぜ謝られるのか、侍女長の黒髪しか見えない頭を見て、首を傾げてしまいます。
どちらかと言うと、アルの行動に困ることが多いです。
「お姉様は我慢し過ぎなのです。もっとわがままを言えば良いのです。何があったか知りませんが、どうせ気にしなくていいことで、悩んでいるのでしょう?」
気にしなくていい……多分それは違います。それにわがままは駄目ですわ。私はエルディオンとクレアを立派なガラクシアースとして育てる役目があるのですから。
「クレアちゃんの言う通りよ。どんどんアルフレッドにわがまま言って困らせなさい。アルフレッドなら番犬が尻尾を振ってお願いを叶えてくれるわ」
「番犬……奥様。ものは言いようでございますね。正に先程のアルフレッド様は、番犬のようでございました」
「ライラもそう思う? あの姿を見てピッタリだと思ったのよ」
ネフリティス侯爵夫人の例えが私にはよくわかりませんが、わがまま言ってもいいのですか?
でも……
「冒険者のお仕事をしたいと、アル様に言ったら、しなくていいと言われてしまいました」
「お姉様。それはわがままでは無いと思います。ただのお仕事です」
違う? それがわがままでないのでしたら……私の中でシャルロット様の姿が脳裏によぎりました。
シャルロット様は公爵令嬢でいらっしゃいますから、皆様がシャルロット様のお言葉を聞いていますが、私のような者がわがままを言っても冷たい視線を送ってくるだけでしょう。
私は伯爵令嬢でしか無いのですから。
黒い泡立つ液体に視線を落として、自笑の笑みを浮かべます。
結局身分が全てなのです。私達ガラクシアースがネフリティス侯爵家に身を置いていられるのも、前ネフリティス侯爵様とネフリティス侯爵様の許可があってのこと。
そこで身をわきまえずに、好き勝手しようものなら、使用人の方々から直接態度では示されないでしょうが、虫けらを見るような視線や陰口を送られることになるでしょう。
冷めない内に黒い液体を喉に流し込みます。先ほど消費した魔力が回復していきます。
ルーフを原料にした赤いお茶ほどではありませんが、飲み慣れたお茶が一番いいというものですわ。あの赤いお茶。あれも曲があって、薬と思って飲まないと中々飲みにくいものなのです。
ふと視線を感じ顔を上げますと、困ったような顔をされているネフリティス侯爵夫人と視線が合いました。王族の方から見れば、この黒いお茶は毒々しいですわね。
「フェリシアちゃん。侯爵夫人に求められることはね。大したことは無いのよ?王族のように、いい顔して各地に出向くなんてしなくていいの。美味しい物を食べて、旦那様が稼いたお金を散財して、身なりをキレイにしておけばいいの」
「奥様。地方に行くのが嫌だと、ボイコットされた方が言う言葉は違いますね」
「ライラ。それは褒めているのかしら?けなしているのかしら?」
「勿論、馬車に押し込むまで三時間かかって、馬車の中でも暇だと騒ぐ姫様のお相手をしていた、私を褒めています」
侍女長はネフリティス侯爵夫人が降嫁してこられるときに、付いてこられた方だけあって、お二人の仲は軽口を言える程の関係なのが見て取れます。
「アレほど無駄な時間は無かったわ。今の様に魔道式自動車があれば良かったのよ」
ネフリティス侯爵夫人がため息を吐くように言葉を漏らしたところで、侍女の方が部屋に入って来られ、宝石のような果実を一口大にキレイにカットされお皿の上に飾られた物をテーブルの上に置いていっています。
一人ひとりにお皿の中は違っており、ネフリティス侯爵夫人のお皿には宝石のようにカットされた果実が五種類だけでした。これは少し食べたいというネフリティス侯爵夫人の要望だったからでしょう。
そして、クレアには黄色い果実の器に、色とりどりの宝石が詰められたように盛られていました。これは勿論クレアが全種類食べたいという要望からです。
私の前に出されたお皿の上には赤色の果実と青色の果実を花びらのように細工してお皿に盛られていました。
これは……
「フェリシア様」
名を呼ばれ、視線を横に向けます。そこにはとても姿勢がいい、ロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけた侍従コルトの姿がありました。
相変わらず気配が読めないですわ。
「アルフレッド様から伝言を承っております。今回のことはご自分に非があるため、フェリシア様がお気になさることは無いとのことです。それから、代わりの物は直ぐに用意するとおっしゃっておられました。だから、今日はこれで許して欲しいと、以上がアルフレッド様からの伝言でございます」
許すも許さないも、私はアル様に怒っているわけではありませんのに。
「伝言は受取ました……が、私はアル様に怒ってなどいませんよ」
「存じております。怒っていらっしゃるのはアルフレッド様でございます。これはいつぶりぐらいでしょうかね」
侍従コルトは、にこやかな笑顏のままどこか遠い目をしています、アルが怒ったことを思い出しているのでしょう。
アルが怒っているのは大抵、第二王子に対してですので、よくあることではないようでしょうか?
「あら? あれじゃないかしら? フェリシアちゃんからもらった花が枯れたとき」
「あれも酷うございましたね。奥様。八つ当たりで護衛の者たちの死屍累々が出来上がりましたから」
花? 私、アルに花なんてあげたことありましたかしら?
お金になりそうな物ぐらいしか贈ったことはないと思うのですが……もしかして万能薬の原料の一つの金色に光る花のことでしょうか?
「アルフレッドお義兄様に、花は枯れるものって誰か教えるべきじゃない?」
クレア。流石にアルも花は枯れるものだとわかっていると思いますわよ。
「奥様。夏にフェリシア様がご実家のガラクシアース領に一ヶ月ほど帰られたときも酷うございましたね」
「特に一年目はイライラ度が酷かったわね。旦那様も流石に口を出すほどでしたもの……また、夏が来るわね?」
なぜ、そこで私を見るのですか? ネフリティス侯爵夫人。
夏はエルディオンが夏季休暇に入りますし、ネーヴェ様をお祀りする祭りがありますから、今年も何も無ければ、帰りますわ。
「ああ、だから王都に戻ってくれば、アルフレッドお義兄様からの、山のような手紙が積んであったのね」
……確かに毎日書いて出したのかというぐらいの手紙を爺やとばあやが、受け取ってくれていました。内容はその日あったことが書かれてありましたが、最後にはいつ会えるかという決まり文句でしめられていましたね。
「やはり一番は王都に行かないと、だだを捏ねられたときでしょう」
侍従コルトの言葉にネフリティス侯爵夫人も侍女長も大きくため息を吐かれました。どういうことなのですか?
「学園には行かなくてはならないと説得しても駄目だったわね」
「あの頃は大変でございましたね。奥様。ガラクシアース領に行くことを禁じていなければ、きっと毎日のようにフェリシア様のところに押しかけて行っていたでしょう」
「アルフレッドお義兄様。ヤバすぎ! どうやってネフリティス侯爵領とガラクシアース領を行き来するつもりだったの?」
……あの……その話、何故か全部に私が絡んできていませんか?
「最後は旦那様が鎖でグルグル巻きにして、王都まで連れてくることになったものね」
鎖……ロープではなくて鎖なのですか?
「あの時は邸宅の西棟が半壊しましたので、酷い暴れようでございました。今回はそれ以上にお怒りのようで、どうなることでしょうか」
「コルト。アルフレッドを玄関より先に通してはいけません」
「奥様。それは意味が無いでしょう。フェリシア様がこちらにいらっしゃるのですから」
何故か。私は複数の方からの視線を受けることになりました。
私が悪いわけではありませんのに、居心地が悪いですわ。私は遠い目をして、視線を受け流すために、キレイに花の形にカットされた花びらの一枚をフォークで刺して口に含んだのでした。
……美味しいですわ。
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