第79話 周到に仕組まれた罠
それから三日は、午前中に赤竜騎士たちの訓練の監視をして、昼からはアルの執務室で何もすることがなく、ぼーっとしている日が続きました。
あの……この時間に冒険者ギルドに行って依頼を……駄目ですか。
そして今日は四日目の紫の曜日になりました。午前中の訓練は何故か皆様、やる気があるように見受けられましたけど、何かあったのでしょうか?
「シア。明日はどこに行こうか」
執務室で昼を取り終わって、食後のお茶を向かい側で飲んでいるウキウキとした様子のアルが話しかけてきました。何故か今日のアルは無表情には変わりないですが、まとっている雰囲気がふわふわしているのです。
明日ですか?
「明日は白の曜日だろう?」
あっ!明日はアルのお休みの日でしたわね。
「あいつら、明日は訓練が休みだと知っていつもより気合が入っていたな」
そういうことで、皆様やる気があったのですね。でも、訓練は毎日しないと意味がありませんわよ。
しかし、明日はお休みですか。どこに行きたいかと言われましても困ってしまいますわ。敢えて言いますと。
「身体を動かしたいですわ。最近訓練しかしていませんもの」
やはり実戦をしていませんと、感覚が鈍ってしまいますもの。
「そうか……」
アルは何かを考えるように斜め上を見ています。なんだか嬉しそうですわね。ピクニックに行く前のエルディオンみたいですわ。
あれは確か第一ダンジョンにピクニックに行くと、狩りの準備を楽しそうにしているエルディオンに……あら? 誰かがこちらに近づいてきますわ。
訓練を始めてからというもの、赤竜騎士の方々は情けないことに、お昼すぎまで動けないようで、各自のお仕事は昼からされているのです。
ですから、この時間は赤竜騎士団の本部に常設してある食堂で、ゾンビのようなうめき声を上げながら、食事を取っている時間帯になるはずですのに、何かあったのでしょうか?
アルもその気配を感じて、先程まで良かった機嫌が急降下していっているのが、手に取るようにわかります。
そして、アルの執務室の扉をノックする音が響いてきました。するとアルは立ち上がって、私の隣に移動して、お茶を飲み始めます。
無視! 無視ですか! 私の知らない気配が扉の向こうから感じますので、赤竜騎士の誰かではないことは確かです。
「アル様?」
私は対応しなくていいのかと、アルを窺いますが、何も表情が浮かんでいないまま、ティーカップを傾けています。
扉をノックする音が段々と大きくなってきています。
『ネフリティス赤竜騎士副団長! 居るのはわかっていますよ!』
苛ついている声がノック音と共に、扉の向こうから聞こえてきました。しかし、グラニティス大将校閣下も、アルの居留守がいつものような感じで対応していましたが、この状態はいつものことなのでしょうか?
『昨日の全体会議に赤竜騎士団だけ出席されなかった理由を統括騎士団長閣下に直接報告を上げなさい!』
え? 会議が昨日あったのですか?
私はちらりと横を窺いみますが、凄く面倒くさそうに、眉間にシワが寄っています。これは会議云々というより、報告に行くのが面倒だという感じです。
ということは、アルは会議があることを知っていて、ワザと出席しなかったということですわ。
それは駄目ですわ。
「ジークフリート団長に言ってください」
あっ! 面倒なことをアルは第二王子に押し付けましたわ。しかし、普通であれば、団長である第二王子に話を持っていかれるはずです。何故、副団長のアルが会議をサボった言い訳をしにいくのでしょう?
『赤竜騎士団長は既に統括騎士団長の元に赴いています!』
「ならば、私が赴く必要はないでしょう」
そうですわね。第二王子が言い訳をしにいっているのに、アルまで行く必要はありません。
『統括騎士団長からの命令です! ネフリティス赤竜騎士副団長、グラニティス大将校閣下から教会の件に関わっていると聞いていますので、それも合わせて報告しなさい!』
「それもグラニティス大将校閣下がされているのであれば、必要ないでしょう」
そうですわね。なぜ、同じ話を統括騎士団長という方は聞きたいのでしょうか?
『教会に天罰がくだったという世迷い言を、本気で信じる馬鹿がどこにいるのですか!』
あら? この方は教会の教えには染まっていらっしゃらない方なのですね。堂々と天罰など存在しないと口にされているなんて。
『そんなことで天罰が下るなら、もっと早くに消滅していたでしょう!』
違いましたわ。教会の腐り具合を理解した上での発言でした。
「はぁぁぁぁぁ」
凄くわざとらしいため息が、隣から聞こえてきました。これはその場にいたアルに本当のことを報告しろと、上層部からの命令ですわね。
報告書として書類に残せないので、直接口頭で報告するようにと。
「シア。少し離れるが絶対にこの部屋から出るなよ」
「はい」
「誰かが訪ねてきても、扉を開ける必要もないし、応える必要もない」
「はい」
ここ三日ほどで、アルの対応の仕方は理解できました。基本的にはガリウスという大剣を背負っていた方にしか、対応しません。その方がアルに書類を届けたり、出来上がった書類を回収していきます。
そして、何故か私と目が合うと怯えた視線を返されるのです。私はあの方に何かしたことはありませんわよ。
「何かあれば、ぶっ殺していいからな。いや! 俺がぶっ殺す!」
物騒なことを言ってアルは立ち上がりました。ここで殺人は駄目ですわ。
「直ぐに戻って来るから」
アルは念押しするように言って、執務室を出て行きました。
まぁ、そう言うのもわからないわけでは、ありません。何故なら、ここ二日ほどこちらを探っている気配があるのです。
いわゆる影の人という者です。どこの家のお抱えの方かは存じませんが、もう少し侍従コルトから気配の消し方を学んだ方がよろしいかと思います。
あの侍従コルトは本当に侮れません。
昼食を食べ終わった食器をカートに乗せ、アルが戻ってくるまで、アルから借りた神話の本の続きでも読もうかと思っていますと、その怪しい気配の人物が動きだしました。
そしてワザと廊下を足音を立てて歩き近づいてきて、執務室の扉の前で止まりました。
これは用があったのはアルではなく、私だったということですか。
執務室の扉がノックされます。しかし、私はアルに言われた通り、出ることはありません。
再び扉をノックする音が室内に響きます。
『ガラクシアース顧問はいらっしゃいますでしょうか?』
若い男性の声です。しかし、私にはこの声に聞き覚えがありませんので、応えることはありません。
『ガラクシアース顧問。マルメリア伯爵令嬢様のお使いの方から手紙を預かってまいりました』
ヴァイオレット様? 確かにヴァイオレット様と手紙をやり取りをしていますが、赤竜騎士団の本部にいるということは、伝えていません。もし、私に連絡する必要があるのでしたら、ネフリティス侯爵家に届けてくださいますでしょう。
『急遽、お会いできないかと、馬車を用意して待っておいでてございます』
なんだか怪しい話になってきましたわ。
私は気配を押し殺して、執務室の窓側に移動します。私の姿が見えないようにそっと外を見て見ますと、確かに赤竜騎士団本部から少し離れたところに馬車が止まっていますが、どこの貴族かという家紋は見当たらず、馬車の中には黒髪の人物が居ることが見て取れました。
これはどうしたものでしょう! もしかして私のことで、ヴァイオレット様を巻き込んでしまったのでしょうか?
しかし、ここは建物の四階のため、長い黒髪は見えるものの、容姿等はうかがい知れません。衣服も外套をまとっているのか、モスグリーンの色の生地しか私の目から見ることができません。
困りました。ヴァイオレット様でない可能性もありますが、もし本当にヴァイオレット様だった場合、取り返しがつかない事態に陥る可能性があります。
しかし、アルとの約束を破るのも……置き手紙を書いておきましょう。
『ガラクシアース顧問、如何なさいますか?』
アルの執務机の上にヴァイオレット様の名前を出されて、ヴァイオレット様が人質になっている可能性がありますので、ちょっと散歩に行ってきます。
と紙に書いて置けばいいでしょう。
「直ぐにまいりますわ」
一応私に傷など負わせられないでしょうが、結界だけは張っておきましょう。
私は扉に向かいながら、身体に沿うように結界を張り巡らせます。これで見た目では結界を張っているようには見えないですわね。
そして、扉を開けますとそこには白い隊服に身を包んだ金髪の男性が立っていました。
「手紙を確認させてもらえないかしら?」
私が差し出した手に、一枚の封筒が置かれます。その封筒を見るとウィオラ・マンドスフリカ商会で扱っている封筒です。そして、裏を見ますとウィオラ・マンドスフリカ商会の蝋封がされています。
これはどう考えればいいのでしょうか?
ヴァイオレット様は個人的な手紙には特別な紙を使っておられます。この封筒は一般的に売られている物ですわ。
そして蝋封も私に宛てられる蝋封はヴァイオレット様が個人で用いている蝋封をお使いです。
ウィオラ・マンドスフリカ商会としてのご依頼? 若しくはヴァイオレット様を装っている何者かの偽装工作?
まぁ、どちらでもよろしいですわ。ヴァイオレット様が巻き込まれているのか、そうでないのか確認しに行けばいいことです。
蝋封を切り、封筒の中身を確認しますと、数枚の手紙が入っていました。これもおかしいですわね。ヴァイオレット様からは、いつも要件だけを書かれた手紙をいただきますのに……中身を確認すれば、季節の挨拶が長々と書かれ、夏に向けての商品の紹介に冬にある社交界シーズンに向けての商品紹介。最後にウィオラ・マンドスフリカ商会まで来て欲しいという文言。
これ侍従クルスの文字を真似ていますわ。
あの侍従。口は悪いですが、こういうところはマメなのですね。
はぁ。これはヴァイオレット様が巻き込まれたのではなさそうです。
恐らくコレを書くように命じた人物は、表向きのウィオラ・マンドスフリカ商会の手紙しか受け取ったことがない人物なのでしょう。そういう仕事は侍従クルスに任せていると聞いたことがあります。
このまま引いてもいいのですが、私は手紙を渡してきた人物を視界に収めます。金髪に琥珀色の瞳。その瞳にはプライドの高さが窺えます。どこかで見たことがある整った容姿。
カルディア公爵の者ですか。
私はニコリと笑みを浮かべます。
「案内をしてくださいませ」
ここ最近、アルと共に行動をしていましたので、もう個人的に会うことはないと思っていましたが、まさかこの様な形で呼び出しを受けるとは思ってもみませんでしたわ。
いいえ。アルもそれを懸念して私と共に行動をしてくれていたのかもしれません。
恐らく何度か私宛に手紙を送られてきたのかもしれませんが、私への手紙は侍従コルトの手に渡って私の元に届きます。ガラクシアースの屋敷にいた頃より、シャルロット様からの手紙が無くなったのは事実です。
あの方、何かと私をお茶会に誘ってくださるのです。とは言っても私はそこでお茶をいただくことはなかったですが。
そして、今回この様な強引な手に出たのでしょう。
ギルフォード様との婚約者でいる限り、シャルロット様は好き勝手出来ていたのです。
ですが、そのギルフォード様との婚約が破談となってしまいますと、今年十九歳というお歳のシャルロット様の未来は、厳しいものとなることが予想できます。
私は連れてこられた馬車の前に立ちました。
この馬車。貴族のお忍び様に使う馬車ですわね。貴族を表す家紋はありませんが、作りは贅沢を尽くした物にみえます。
馬車の扉が開かれ、その中に居る人物を見て思わず声が出てしまいました。
「ギルフォード様。どうしてこちらに?」
私がヴァイオレット様と思っていた黒髪の人物は、ここ最近ネフリティス侯爵邸でお見かけしなくなったギルフォード様だったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます