第77話 天罰って人の力で起こせるのですね

 神の慈悲を乞うように床に額を付けて懺悔をしている者。

 呆然と金色に輝くモニュメントを見ている者。

 両手を組んで天に祈りを捧げている者。

あまりにもの常識から外れた現実に意識を飛ばしている者。

 そして恐ろしいモノを見るような視線をお父様に向けている赤金ハゲの大司教。


「君たちが神と崇めているモノの天罰はこれだけじゃないよ」


 お父様は混乱を極めている教会の人たちに冷徹な視線を向けて言葉にしました。


 天罰はこれだけじゃないですか?……まさか!


「アル様。後ろに下がってください」


 アルの腕を引いて、室内の端に小声で移動するように促します。


「シア? どうした?」


 私に腕を引っ張られながら、アルが聞いてきましたが、アルを背にして透明な結界を盾のようにして展開させます。


 私の突然の行動にシレッとグラニティス大将校閣下と黒龍騎士団長様もアルの背後に移動してきました。


「あの十字架が光っています」


 そうです。金色に輝いているのです。

エルディオンが持ち出してクレアが破壊したルーフの種で起こった現象と言いたいです。しかし、そこまでの光具合ではなく、室内でほんのりと光っていたのが、徐々に光が強くなってきて、今では金の棒が光っていると見せつけられているのです。


「ここも消滅させるということか?」

「なに! アンヴァルト! 今すぐ止めさせろ!」

「ですから、無理ですから」


 グラニティス大将校閣下。声が大きいですわ。しかし、教会の方々はそんな閣下の声が届いていないのか、気絶した人以外の四人が金色に光っている金の棒に釘付けになっています。


「無理でも今すぐ止めろ! 十字架ソルトワールが光るなんて不吉過ぎる!」


 不吉ですか……確かに良いことはありませんでしたね。


「恐らく教会を消滅させる程の威力はないでしょう。ガラクシアースの屋敷が消滅したときより光が弱いです」

「そうだな」

「閣下。ガラクシアース伯爵令嬢の言われるとおりです。様子を見ましょう。それから何度もいいますが、ガラクシアース伯爵夫人を止めるなど無理ですから」


 黒龍騎士団長様は上官であるグラニティス大将校閣下にはっきりと意見を言われるのですね。

 まぁ、お母様に逆らっても良いことはありません。


 そして地響きが響き、地面から振動が伝わってきて、しばらくすると金の棒の光が収まりました。


 私は視線を床に向けます。もしかして、例の葉を栽培していた地下というのは本当に教会の地下だったということなのですか?


「焦げ臭いな」


 アルが呟きます。これは地下で秘密裏に栽培していた『アリスリーフ』を消滅させたということなのでしょう。

 もうこの場の危険性は無いとわかりましたので、結界を解いておきます。


「証拠が消されてしまいましたね」

「これは地下に火の手が回っているな」


 私とアルが納得していますと、慌ただしく人が廊下を駆けてくる音が聞こえ、大きくノックされる音が室内に響き渡ってきました。


「大司教様!大司教様!地下に火の手が!」


 扉の向こう側から、叩きつけられるノック音と共に慌てたような大声が響いてきます。

 その言葉に赤金ハゲはノロノロと視線を上げて、白い翼を出して冷徹な視線を向けているお父様を見ました。


「君たちが神と崇めるモノは、君たちの行いを見ている。僕から言わせれば、アレは神と言うより悪魔的な存在だね。アレを崇めるのは好きにすればいいけど、怒らすと厄介だと肝に命じておくことだね」


 お父様から言わせれば、あの存在は悪魔ですか。私から見れば、今のお父様の姿の方が悪魔に見えてきます。できればいつものニコニコとした顔に戻って欲しいですわ。


「因みに火は地下が全部燃えるぐらいには消えると思うよ。さて……」


 そう言ってお父様はこちらに視線を向けてきました。いつものニコニコとした笑顔に戻っています。


「教会には彼らが崇める神というモノが罰したからね。人である君たちが罰する必要はないよ」


 お父様がそう言っていますが、本当にこれで終わりにするつもりですか? それに罰したのは神と呼ばれるものではなくて、お母様です。


「しかし他にも色々と……」


 閣下は『アリスリーフ』のことだけではなく、人々に怪しいものを売りつけたり、御布施を行うと神話を摸した怪しい絵を配布されたりとかいう問題があると言おうとして、言葉を止めました。

 これは教会に不可侵ということに引っかかるということでしょうか?罰するのは神のみということなのですか?


「これで繰り返すようなら、本当に教会が消滅しちゃうと思うよ。だって彼は優しくはないからね」


 優しくはない。その通りでしょう。あの存在は『つがい』という者の頼みを叶えているだけに過ぎないのです。


「終わったから帰ろうか。ああ……そうそう」


 お父様はご自分のやるべきことは終わったと翼をしまいながら、扉の向こう側の声に対応できない者たちに視線を向けます。視線を向けられた教会の者たちは一様に、身体を震わせて、顔に血が通っていないかのように真っ白になっています。


「今度会う時は、息子に引き継ぐときが良いよねぇ―」


 それだけを口にして、お父様は未だに叩かれている扉のほうに向かって行きました。これはこれ以上問題を起こすなと言っているのでしょう。

 エルディオンに枢機卿の役目を押し付け……引き継がせるまで、会わないことがお互いのためだと言いたいのでしょう。


 扉の前に立ったお父様は思いっきり両開きの扉を開け放たれました。

 あの……外側に開く扉なので、扉の前で叫んでいた人が悲鳴を上げて居なくなってしまいましたわ。

 そんなことは無かったかのようにお父様はスタスタと部屋を出ていき、お母様はその後に続いて行きます。


 待ってください。あの金の棒はそのままですか?

 地下に火の手が回っているということは、あの金の棒は円卓を貫いて床をも貫いて、地下まで突き刺さっているということですわね。


 あの金の棒は魔力を吸ってしまうので、魔術で移動が出来ないので、教会が無くなるまでずっとあのままですわよ。

 お父様が回収しなかったということは、あとはエルディオンに引き継いだときに、どうにかするしかないですわね。


 アルに手を引かれ私も部屋を出ていきます。後ろからは陛下にどう言い訳しようかとブツブツ言っているグラニティス大将校閣下と、そんな閣下に早く歩いてくださいと言っている黒龍騎士団長もついてきています。


 廊下には焦げ臭い匂いが立ち込めていました。

 お母様は任せるようにと言っていましたが、教会の人たちの心を抉るやり方をしてきましたわね。まさか神罰を人の出て行うなんて、流石お母様です。

 しかし、あの教会のオブジェクトはどこから持ってきたのでしょうか?

 あのような物が教会の屋根からなくなれば、騒ぎが起こりそうなものですのに?


『フェリシア』


 そんなことを考えていますと、前方からお母様の声が聞こえてきました。これは私に呼びかけたというよりも、普通に話しても私には聞こえているとわかっているため、声を張り上げてはおらず、ただ言葉を口から出しただけです。


「はい」


 ですから、私も普通に返します。


『私達はこのまま領地の方に戻ります。これから地下のモノが活発に動き出すことでしょう。貴女に王都周辺を任せます』

「はい」

『言い換えれば、王都周辺が一番安全とも言えます。エルディオンとクレアのことを頼みますよ』

「はい。お任せください。お母様」


 王都の周辺が一番安全ですか。お父様がおっしゃっていたとおり、暗黒竜の残滓は、国の何処かにある何かを探し回っているので、地方の方が危険度が増すということなのですね。


「あ! そうそう!」


 突然何かを思い出したように声を上げて、お父様はこちらに踵を返して向かってきました。


「これをさぁ。エルディオンに渡しておいてよ」


 お父様は私に手を差し出しながら、言ってきました。

 これと言ったものは、握りこぶしの中に入るものらしく、私は受け取るために手のひらを上にして差し出しました。


 すると手の上にコロンと指輪が落ちてきます。……この指輪はガラクシアースの当主を示す、ガラクシアースの竜の紋が刻まれた指輪ではないですか!


「お父様! これは!」


 これはお父様がエルディオンに直接渡すものだと、突き返しますが、お父様は首を横に振って受取を拒否してきました。


「神王の儀が行われると、多くの貴族で代替わりが行われる。そして、新たな当主となった者は王都に集められる。この意味はわかるよね」


 お父様の言葉に私は唇を噛み締めます。それは一族の血を絶やさないために、若き当主は安全な王都に集められるということですか。

 そして引き継ぎを終えた方々は、領地を守るために命を賭けると。


「ああ、別に僕が死ぬとかそういうのじゃなくて、決まりなんだよ。因みにフェリシアに渡したのは、今のエルディオンには荷が重いだろうからね。フェリシアがエルディオンに任せられると思った時に渡してくれたらいいよ」

「神竜ネーヴェ様の名に誓って、この指輪を私が保管しエルディオンに繋げます」

「うん。お願いねー」


 お父様はそう言って、私に背を向けました。きっと人目がないガラクシアースの敷地から空に向かって飛び立たれるのでしょう。


 その前にずっと気になっていたことを聞いてもよろしいでしょうか?


「あの……領地で何かあったのですか? 少し前に領地に寄ったときは、いつもどおりにしか思えませんでしたのに」


 すると、お父様とお母様の足が止まり、勢いよく振り返って私の方に詰め寄ってきました。

 え? 何かいけないことを聞いてしまったのでしょうか?


「フェリシア。ここがあのムカつくヤツの領域だから、今の発言を許しますが、それ以外では口にしてはいけません」

「駄目だよ―。聞き耳立てている存在がいるからね。口を閉じておくんだよ」


 えっと……領地と暗黒竜は何か関係するのですか? 特にこれと言って暗黒竜につながるものは無いはずですが?


 するとお父様は私の耳元に口を寄せて、こそこそと話してくださいました。


「あっちでも代替わりが行われたんだ。まだ脆弱だからね。そこを攻められると困るんだよ」

「あっ! すみませんでした」


 お父様の言葉に私は直ぐに謝りました。そこまでの考えには至りませんでしたわ。


「あの因みに何番目が?」

「五番目だね」


 そうですか。五番目ですか。私は了解したと頷きます。それはお父様もお母様も領地からあまり離れたがらないはずです。


 そうして背後で慌ただしく駆け回っている人々がいる中、私達は教会から外に出ていきました。

 太陽が眩しいですわ。


 目の前には乗ってきた王家から出された馬車が止まっています。その馬車の横を通り過ぎ、ガラクシアースの敷地の方に足を進めているお父様とお母様に声を掛けます。


「お父様。お母様。このフェリシアの力が必要となる時がありましたら、どうぞ声をかけてください。直ぐに領地の方に向かいます」


 私は私の力を領地の為に奮うので、戦いが激化する前に、声をかけて欲しいと言いますと、お父様は困ったような顔をされて振り返りました。


「うーん? フェリシアの力は違うところで使うことになるかな?」


 それだけを言ってお父様とお母様は去って行かれました。


 ガラクシアースに別れの言葉は存在しません。

 我々はガラクシアースです。死は神竜ネーヴェ様の元に還ることを意味します。己の役目を全うすることは、誇らしいことである。それがガラクシアースです。


「さて、戻ろうか。赤竜騎士団副団長は、これから私と一緒に陛下への報告に付き合うように」

「それは黒竜騎士団団長の役目であって、私の役目ではありません。帰ろうか、シア」


 グラニティス大将校閣下は兄王に怒られるのが嫌なので、ついてきて欲しいという子どものような言葉を、アルはバッサリと切り捨てます。


 閣下。先程から黒竜騎士団長様から否定されているからと言って、関係のないアルを巻き込むのは止めて欲しいですわ。そういうところが第二王子を彷彿とさせて、イラッとしてきます。


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