第76話 神の威……?

「『まずは赤鋼あかはがねの取引のメモを並べなさい』」


 お母様に言動を操られたお父様が、こちらを見て言ってきました。すると黒竜騎士団長様が手のひらサイズの小箱を手に持って、円卓の前に進んできました。

 そして、そこから取り出した物を、円卓の上に横一列に並べ始めます。


 あれは私がガラクシアースの屋敷の庭で、拾った怪しい取引が書かれた紙です。


 内容は『赤鋼』というモノをどこに渡して、いくらで取引するというものです。

 ただ、その誰というのも名を記しているわけではなく『ベルテ』『ブルーノ』『ルーフス』『アスール』など、誰をさしているかわからない言葉が書かれており、私にはよくわかりませんでした。それに取引額が100万Lラグアを優に超えている金額が示されていたので、表には出せないものだと悟りました。


 私にとっては100万Lラグアは大金ですが、アルに言わせると子どものお小遣い程度の金額だそうです。

 そのときにお金はあるところにはあると悟りました。


 こう言われてみると、私に提示された月2000万Lラグアの顧問料は案外普通なのかもしれません。……高位貴族にとってはです。



「『さて……』」


 並べ終わった紙を見て、お父様はそこから一枚の紙を手に取りました。


「『この赤鋼の意味を教えてくれるか』」


 お父様は手を組んで祈りを捧げている教会のハゲ共に向かって尋ねました。

 普通であれば、装飾などに使う金属のことを指します。


 メモに書いてある言葉を調べて見たとき、金と胴を混ぜた金属のことしか出てきませんでした。しかし、それが何度も教会から何処かに取引されるものかといえば、不自然さを感じます。


「そ……それはですね。ここを含めて王都にある教会は老朽化が酷く、天井や壁に使われている装飾品を作り変えるにあたってですね。金額が如何程になるのかを調べていたものになります」


 確かに壁にある魔道灯の台座や天井の何かの物語のレリーフは、金色に光っていますので、それが赤鋼の金属だと言われればそうなのでしょう。

 しかし、これは何かあった時のために事前に用意されていた答えのような気がします。


「『そのような戯言が我に通じるとでも思っているのか? では、教会の地下で栽培しているものは何か答えてみるがよい』」


 教会の地下ですか? そんな物があったのですか?


 もしかして、お父様の『天性の感』で教会に忍び込んで、見つけ出したとか言わないですわよね。


 お父様の言葉に教会のハゲ共は口を噤み、うつむいてしまいました。まさかバレるとは思っていなかったという感じでしょうか?


「そっかー。答えられないのかー」


 お母様からの傀儡状態から解放されたお父様が、よいしょっと言いながら重厚感のある椅子を引いて席につきました。そして行儀悪く円卓に肘をついて、手のひらの上に顎を乗せています。


 背後に陣取っているお母様がお父様の態度を注意しないということは、これも演出なのでしょうか?


「君たちはなぜガラクシアースが、崇める神が違うのに枢機卿の役目を負わされているか、知っているのかなー?」


 確かにそれは疑問に思っていました。ガラクシアースは神竜ネーヴェ様を崇めています。祈りを捧げる場所も教会ではなく、神殿です。


「それはガラクシアースの方々が使徒様だからです」


 ……赤金ハゲは馬鹿ですわ。我々ガラクシアースのどこが、天の使徒なのですか? 勘違いも甚だしいです。


「もしかして、この翼のことを言っている?」


 お父様はそう言って白い竜の翼をバサバサと動かしています。


 そうですわ。その翼はただの竜の翼ですわ。鳥のようにふわふわの翼ではありません。


「はい」

「そうか。君たちは父の代にいた者たちから聞いていないんだね」


 お祖父様は恐らくお祖母様がいらした頃は、真面目にされていたかもしれません。しかし、お祖母様が居なくなられてから、お父様も教会とは関わりたくないと役目を放棄されていた間に、教会の方々の顔ぶれも変わっていったのでしょう。

 お祖父様が真面目に役目を担っていた頃の人が残ってはいなければ、正確なことは伝わりません。


 そう、ガラクシアースは天の使徒ではありません!


「君たちが神と崇めている者とガラクシアースは契約したんだよ。人は愚かだからね。放って置くと直ぐに増長する。君たちが悪事を働くとガラクシアースにわかるようになっているんだよ」


 これはアレですわね。あの存在が言っていたことです。

『この国に存在しながらも、王族の権力が及ばないように决めたからね。その代わり、ガラクシアースを監視の目として置いたのだよ。だから、問題があるとガラクシアースに報告が行くようにしていたのだよ』

 なんて馬鹿げたことを言っていましたね。報告というより物理的によくわからないものが、敷地に飛んできただけでしたが。


「そうだね。フェリシア」

「はい」


 お父様に名を呼ばれましたので返事をしますと、複数の視線が私の方に向けられました。


「この紙以外に何があったか言ってくれるかな?」


 お父様が取引のメモを私の方に掲げながら聞いてきました。これがお母様が言っていた質問だけ答えるようにということですか?


 私は赤金のハゲに視線をちらりと向け、お父様の方を向きました。

 あの赤金ハゲは私が教会に訪ねると、わざわざ奥から出てきて対応したので、私が何を言うかは見当がついているのでしょう。生気のない真っ白な顔色になっています。


「はい。不思議なことですが、ヅ……かつらが敷地内に飛んでくることがありました。それも一度や二度ではなく複数。それも多種多様なかつらが飛んできました」

「それで?」


 それで? その後のやり取りも言うのですか?


「教会にお持ちしますと、違うといわれましたので、それ以来お持ちしませんでしたが、年々増え続けていました」

「他には?」


 ほ……他に……ですか? アレをここで言ってもいいのですか?

 お母様、睨まないでください。そうですわね。私は証言のために連れて来られたのですわね。


「神話を題材にした春画が敷地内に飛んできました」

「それで?」

「はい、それも教会にお持ちしましたら、『教会の名を騙った者の仕業に違いありません。もし、再度このようなことがあれば、持ってくるように』と言われながら証拠隠滅をされていました。その絵も年々増え続けました」


 これで良いのでしょうか?

 お母様に視線を向けますと、満足したように頷かれましたので、私の任務は達成したようです。


「わかるかなぁ? 君たちが神と崇めている存在が、これは駄目だよって言っていたんだよ」

「しかし、そのような物はこの教会には存在しません」


 斑の灰色の髪のハゲが、果敢にもお父様に反論してきました。その言葉にお父様は黒竜騎士団長様に視線を向け、視線を受けた黒竜騎士団長様は了承したと頷き、両手で抱える程の箱とその上に少し小さめの箱を円卓の上に置きました。


 お父様は抱えるほどの大きな箱をひっくり返して中身を全て円卓の上にぶちまけます。


「この量凄いよね。ほら。君にぴったりなかつらがあるよ」


 灰色の髪のハゲにお父様は、斑になった灰色のヅラを投げ渡しました。あの斑の髪は一般的ではありませんので、使用できる者が限られてきます。

 現物を投げ渡された灰色の髪のハゲは押し黙ってしまいました。一般的に絵の具での流したかのような髪の色なら、同じような髪の人の物だろう言い切れますが、あのまだら具合のヅラを本人の持ち物ではないというには些か勇気がいります。


「このかつらの資金はどこから得ていたのかなぁ。寄付金に対する授与品として渡していた神話を汚した絵かな? それとも地下で栽培している『アリスリーフ』かな?」

「は?」


 アリスリーフは確か国から売買が禁止されているものですわ。

 因みに『は?』っと言ったのはグラニティス大将校閣下です。閣下は知らないことだったのでしょう。


 そして、アルは先程から私の手を引いて、アルの背後に移動させられ、私の前で壁となっています。

 あの……これだと、教会の人の姿も見えませんし、お父様とお母様の姿も見ることができませんわ。


「これは流石に駄目だよ。君たちが神と崇める存在が天罰を下すほどだよ」


『アリスリーフ』は国から売買が禁止されている理由は、その依存性にあります。

 タバコのようにして煙を吸うのが一般的な使い方になります。煙には興奮作用や催淫作用があり、春を売る商売の方々が使われていたようですが、言語障害や行動障害がみられるようになり、使用を止めるようにすると破壊行動を起こしだし、手がつけられなくなるそうです。


 ですから国は何百年も前に使用の禁止と売買の禁止をしたのです。しかし、国の闇では流通していることは、知っていました。この国の闇は深く、詳しく探ることはできませんでした。まさか、屋敷の隣の地下で栽培していたとは、灯台下暗しとはこのことです。


「だから君たちが掲げる太陽と星の信仰のシンボルが天から落ちるまでに至ったんだよ。でも娘にはガラクシアースと教会の関係など知らなかったからね。これも天罰として我が屋敷が消滅したんだよ」


 お父様。それは違いますわ。屋敷が無くなったのは私達姉弟がやらかしてしまったからですわ。


 教会のよくわからない神の所為とはでは絶対にないです。おかしな事を言っているお父様を睨みつけるために、少し横にズレます。

 そのお父様を見ますと、いつもはニコニコと笑顔を浮かべていますのに、呆れた顔をされています。珍しいですわ。


「わかるかなぁ。君たちのやらかしたことは、教会を消滅させるほどのことだって意味なんだよ」


 お父様。もしかして全部神の所為にしようとしていますか? 教会のハゲ共が言うように神の御心のままにとか言わないでくださいね。


「君たちがやるべきことは、君たちが神と崇めるモノへの信仰と民への布教だよ。私利私欲に駆られて、なんでもして良いわけじゃない」


 そう言ってお父様は席を立ちました。もうこれで終わりですか? 何か処罰するとかしないのですか?

 せめて、赤金ハゲは連行して暗号で書かれている『アリスリーフ』を受け渡した人を吐かせるべきです。


「君たちは結局、君たちが神と崇めるモノの言葉には答えられなかった。神はそんな君達を許すかなぁ?」


 神ではなくて、お母様の言葉ですよ。


 するとそのお母様から威圧が放たれました。その威圧に耐えきれず、教会のハゲ共の椅子から滑り落ちるように床に倒れ込み、神への慈悲を乞う言葉を言っています。

 ですから、貴方達がすべきことはお母様へ慈悲を乞うことです。


 教会の人たちが床にしか視線を向けていないことを良いことに、お母様がご自分の亜空間収納に手を入れて巨大な何を引きずり出し、放り投げました。


 そして大きく響き渡る破壊音。


「やりやがった」


 グラニティス大将校閣下から悲痛な声が漏れ出ました。


「一昨日、何の意味があるのかわからなかったが、これのためだったのか」


 黒龍騎士団長様がため息は吐きながら言われています。一昨日ですか? 私達が帰ったあと、いったい何があったのですか?


「シア。見たことがある光景になったな」


 アルが私にその光景を見せつけるために、前のほうに引き寄せられてしまいました。


 前方に鎮座していた大きな円卓が、真っ二つに割れています。その円卓からは金色の棒が突き刺さり、高い位置には丸に十字が形どられた教会のシンボルが存在しています。


 お母様。これはどこから、もぎ取ってこられたのですか?


 そして、振動と破壊音に教会のハゲ共が顔を上げ悲鳴を上げています。まさか突然教会の屋根の上にあるモニュメントが転移でもしたかのように現れて、円卓を割って破壊したのです。

 普通から見れば摩訶不思議な現象が起きたと、悲鳴もでることでしょう。


「アンヴァルト。ガラクシアースを牽制しておけと言っただろう?」

「閣下。無理難題を言っている自覚はないのですか? 無理なものは無理です」


 お母様の行動を止められなかったことを、グラニティス大将校閣下は黒龍騎士団長様を責めていますが、流石に屋根の上にあったと思われる教会のモニュメントを持ち上げることは、普通の人では無理だと思いますわ。


 何故なら全てが緋緋色金ヒヒイロガネで出来ているのですもの。


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