第75話 皆様、騙されていると気がついてください
カオスです。馬車の中の雰囲気がカオスすぎます。
ネフリティス侯爵家から教会までは、それほど離れてはいません。南地区の東側から大通りに出てすぐのところに教会があるのです。
時間にしてみれば馬車で十五分程。ええ、十五分我慢すればいいのです。
ですが、八人乗りという広い馬車の中、向かい側でブツブツと独り言をおっしゃっているグラニティス大将校閣下。
その横では閣下の態度が目に入っていないかのようにまっすぐ前を向いている黒竜騎士団長。
その黒竜騎士団長様にいい天気に良かったねーだとか、今日は付き合ってくれて助かるよーとか話かけているお父様。
お父様の横で舌打ちをしてイライラ感が漏れ出ているお母様。
お母様の横では私に昼から何処かにデートに行こうかと、お仕事をサボることを堂々と口にしているアル。
なんと言うのでしょうか? まとまり感が一切なく、これから本当に教会の悪事を暴きに行くのかと聞きたくなるような状況です。
これは連れて来る人選を間違えてはいないのでしょうか? お父様とお母様だけでは駄目だったのでしょうか?
一応、昨日の内にその疑問を尋ねてみたのです。グラニティス大将校閣下にです。そこまでして、閣下が行かなければならないのでしょうかと、黒竜騎士団団長様だけでは駄目なのかと。
すると死んだ魚の目をされたグラニティス大将校閣下が答えてくれました。
「教会は基本的に不可侵なのだ。王族でも手が出せない。アンヴァルトだけでは話にならんと追い出されるだろう。私が行っても同じことだろうが……ガラクシアースに任せると、とんでもないことになりかねない。私達は証拠品を持っていく者であり、ガラクシアースの監視役を言い渡された」
これはグラニティス大将校閣下が誰かに命じられたようです。それは恐らく閣下の兄である国王陛下なのでしょう。
教会のやっていることは問題視すべきことですが、教会自体が無くなってしまえば、人々の心の拠り所が無くなってしまうと。
「ガラクシアースの屋敷が消滅したように、教会を消滅させないようにと命じられたが、無理なものは無理だ」
……すみません。屋敷が無くなってしまったのは、私達姉弟の所為です。
国王陛下は物理的に教会の建物の崩壊を懸念して、閣下を同行者として行くように命令されたようですが、肝心の閣下の心が崩壊しかけています。国王陛下はそのことをご存知なのでしょうか?
いいえ、知っていても国王陛下は命じたことでしょうね。この国の民の多くが教会の神を信仰しているのです。
そして馬車の振動がなくなり、止まりました。ようやくこのカオスな空間から解放されます。
しかし、これから教会の人たちと話合わなければなりません。話合いになればよいのですが、神の名を出せば全て解決すると思っている方々と言葉が通じるのかは不明です。
外から扉が開けられました。そして一番に外に出ていくお父様。……お父様。普通は黒竜騎士団団長様が先に降りられるべきではないのですか?
私が困惑していますと外から歓声が沸き起こっています。え? 何故に歓迎モードなのですか?
「ちっ! フェリシア。いいですか。貴女は証言を求められたときだけ話なさい。それ以外は口を閉じておくように」
お母様は機嫌悪く舌打ちをして、外に出ていかれました。
話してはいけないのはわかりましたが、どちらかと言うと外の状況が、いまいち理解できませんわ。
「シア。俺達も降りよう」
アルが私の手を取って外に出るように促してきました。グラニティス大将校閣下の方に視線を向けますと、焦点が合っていない目で頷かれてしまいました。
あの? 本当に大丈夫なのですか?
外に出ますと、外の明るさが眩しく思わず手をかざしてしまいました。
ハゲ共が教会の入口に並び、お父様とお母様を出迎えています。
そして、お父様と話をされているのは赤金の髪の色の人物です。
白い衣服を身にまとっているものの、首から金色のジャラジャラとした三重ほどに重なった鎖の先に教会のシンボルというべき丸十字のペンダントを掛け、キラキラ光る金糸で刺繍が施されています。頭頂部にはハゲを隠すように、白いキャップのような物を被っていますが、それにも金糸の刺繍がされています。
背後にいるハゲ共と合わさって目が痛いほど太陽の光を反射しています。
赤金のハゲ。あれはこの教会の大司教です。普段からニコニコと人の良さそうな顔をしていますが、腹の中はわかったものではありません。
ええ、見ればわかるではないですか。あの衣服だけでも売ればどれほどになるか。
そして、私の背後から黒竜騎士団団長様とグラニティス大将校閣下が降り立ったところで、歓声がざわめきに変わりました。
何故にお父様とお母様が良心的に迎え入れられているか理解できませんが、閣下が姿を見てざわめきが起きる理由もわかりません。
「これはこれは黒竜騎士のグラニティス大将校閣下ではありませんか」
赤金のハゲがそう言いながらこちらに近づいてきました。すると私はアルに手を引かれ、横に移動し赤金ハゲに道を譲りました。
「この度はどのようなご要件でしょうか?」
王族であるグラニティス大将校閣下がわざわざこちらに足を運ぶことがないということでしょうか? そう言えば王族の方々がこちらの教会に足を運んだという話は聞いたことがありませんわね。
貴族街にあるこの教会は、王都に滞在する貴族の方々が神に祈りを捧げる場所です。王族の方々には別の場所があるのでしょうか?
因みに王都に住まう庶民の方々は第二層の四つに分かれた地区にそれぞれある教会に足を運んでいます。
まぁ、ガラクシアースは教会に足を向けることはありませんので、話に聞くだけです。
「本日はガラクシアース伯爵の荷物持ちとして来た。元々はそこにいるガラクシアース伯爵令嬢から相談されて預かっていた物を運んできただけだ」
閣下! その言い方だと私が悪いことになっていませんか? いいえ、その言葉に間違いはありません。教会から飛んできたブツを保管して黒竜騎士団団長様に渡したのは私です。ですが、私は捨てると問題になるゴミを回収してもらっただけですわ。
赤金髪のハゲは私の方にちらりと視線をむけてきました。
何を食べたらそのように、脂が浮きて出てくるのかというテカリ具合をしている、六十代のハゲです。
侍従コルトや前ネフリティス侯爵様と同じぐらいの年齢だと思いますが、一緒にすると失礼になるぐらいのたるんだ体格のハゲです。
「では、お帰りください」
グラニティス大将校閣下に物を運んできたという任務が終わったのであれば、帰るように言ってきました。しかし、グラニティス大将校閣下は威厳ある堂々とした態度で言い返しました。
「全てはガラクシアース伯爵の采配だ」
あ……全部、お父様の所為にしやがりましたわ。お母様の腕が動いた気配を感じ、視線を向けると親指を立てて首の前でスライドさせて、指先を下に向けて閣下に威嚇しています。
これ以上いらないことを言うと閣下の胴と首が離れて行きそうですわ。
「そうでございますか」
とても残念そうに赤金髪のハゲは踵を返して、お父様とお母様の方に戻っていきます。
「はぁぁぁぁ」
その背後でグラニティス大将校閣下は大きくため息を吐いています。
「アンヴァルト。魔眼で牽制してくれと言っていたはずだが?」
「閣下。それだと私の首と胴が泣き別れになっていたと思います。私は証拠品を運ぶという任務を最優先させますので、閣下は言動に気をつけてください」
黒龍騎士団団長様は遠回しにグラニティス大将校閣下の言葉を注意してくださいました。そうですわよね。私が悪いような言い方は酷いですわよね。
ですが、それぐらいでは私は閣下の首を切るだなんてことはしませんよ。
「一昨日、私を生贄に差し出した恨みは閣下といえども許しませんから」
……黒龍騎士団長様。生贄とは何の話ですか?確か一昨日は閣下を治療したあと黒龍騎士団長様に対応を任せるようなことを言って去っていかれましたわね。
生贄とは何かあったのでしょうか?
私が疑問に思っていますと、アルに手を引かれ教会の中に連れて行かれました。
私が知る教会はここしかありませんが、入って直ぐに高い位置にある東側の色ガラスの光が白い床に落ちているところが目に飛び込んできます。
季節や時間ごとに床に落ちる色ガラスの光が違ってくるらしく、今日は白き天使が赤き炎を纏う獣を討伐した絵です。
神話を元にした絵らしいですが、そもそも神話の話を知らないため、何の物語かは私にはわかりません。
そして正面には、人々が礼拝する白を基調とした祭壇が存在しています。その手前には人々が座る長椅子が並べられており、多くの人が集まれるようになっています。天井は高く、丸い天井には細かな装飾がほどこされています。
空間が広く、白色で統一された場所には、普通はあるべきものがありません。
神竜ネーヴェ様を祀る神殿には白い竜を象った石像があり、そこに向かってガラクシアースの民たちは祈りを捧げるのですが、この場には教会のシンボルの丸十字が一番奥に掲げられているだけで、神を摸した像などありませんでした。
私達はその祭壇がある場所を横目に通り過ぎ、石造りの壁の廊下を進んだ先にある部屋に通されました。
そこは話し合いをするように円卓が置かれ、二十人ほどが座れるようになっている場所でした。
「おかけください」
斑な灰色の髪のハゲが、座ることを勧めてきました。この者は、赤金大司教の付き人です。ですから、大抵赤金髪の周りをうろちょろしています。
「事前に聞き及んでいる話ですと、我々におかしな疑いを掛けられているようですが、事実無根ですよ」
丸十字を掲げた旗を背負った場所に席について、さっさと問題を言ってきました。いいえ、何も悪いことはしていないと言い切りました。
「それなんだけどね。一応確認するけど、僕の立場に変更はないよね」
お父様が教会でのご自分の立場を確認しています。三人の枢機卿の一人という立場で間違いは無いのかという確認でしょう。
「はい。残念ながら、他の二人は巡礼にでていますので、王都におりませんが、枢機卿の地位であります」
「そう、よかったぁー」
お父様。嫌だと口にされていたと思うのですが、その言葉は本心からではないですわよね。
「えーとね。君たちが神というモノの言葉を伝えるよ」
謎の言葉を言ったお父様は席にはつかず、立ったままでした。そして背後から白い翼を出したのです。
お父様! 翼は隠してください!
「『天に掲げる太陽と星を失ってもまだ理解できないのか……お前たちの……行いは全て我が目に映っている……お前たちに問う……天に輝く太陽は何ぞ……闇夜に光る星は何ぞ……』」
お父様。とても威厳よく言っているのはいいのですが、背後からお母様が小声でお父様に言うことを伝えているので、操り人形みたいになっていますわよ。しかし、その微妙な間が本当に神の言葉を伝えている様な不思議な感じを演出しています。
あの……ここにいる五人ほどの方々が、涙を流しながら懺悔の言葉を口にしてひざまずき、お父様を神のように崇めて祈っています。
これって、お母様に操り人形化されたお父様を崇めているようになっていますが、何もご利益はありませんよ。
それになんだか、解決してしまっていませんか? 私、この場にいらなかったと思います。
「『答えられぬのか?』」
お父様が言葉を発して、後ろからお母様が殺気を垂れ流しています。
お母様、圧力がちょっと大きいような気がします。
それに急かせるように言っても、お父様の姿に釘付けになっている教会の皆様はきっと耳に入っておらず、自分たちの世界に入っていったようです。
あの……翼をよく見てください、鳥のようなふわふわした羽ではなくて、ドラゴンと同じ翼ですわよ。皆様現実をよく見て欲しいですわ。
お母様に傀儡にされているお父様が言っていることだと。
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