第74話 あの……せめて扉を開けてお話を……駄目ですか

「姉様。気を付けて行ってきてくださいね」


 笑顔のエルディオンに見送られています。


「今日はお茶会があるからね。おサボりじゃないからね」


 今日は先日行ったカルドール伯爵令嬢から再びお誘いがあったようで、朝から行く準備をするとネフリティス侯爵夫人と張り切っているクレアが、今日は作法の勉強はしないと遠回しに言ってきています。

 私の方にもカルドール伯爵夫人から連絡の手紙をもらっていますので、了承はしていますよ。


「義姉上。今日は遠乗りに行こうと思っていますが、護衛を二十人は連れて行くので安心してください」


 赤の曜日と青の曜日は学園がお休みですので、今日はファスシオン様とエルディオンは遠乗りに行く予定のようです。

 護衛二十人とはエルディオンとファスシオン様を守るための護衛ではなく。エルディオンの突拍子もない行動に対応するための二十人です。

 それだけ人がいるなら、大丈夫でしょう。


 そして、私はネフリティス侯爵家の玄関先で見送られています。


「えー! いいなぁ。僕も遠乗り行きたいなぁ」

「貴方は黙って馬車に乗ってください」

「シア? 行こうか」


 ……はい。三度目の親同伴……いいえ、何でもありませんわ。


「クレア。カルドール伯爵夫人にこの前の非礼は、挨拶をするときにお詫びを言っておきなさい。私も手紙で非礼を詫びましたが、問題を起こしたクレアが頭を下げるのですよ」

「はーい。お姉様」


 カルドール伯爵家でヴァイオレット様の妹君と婚約者の方ともめてしまった件で、あれから直ぐに手紙でお詫びを申しましたら、何故か逆に夫人からお礼が書かれた手紙が返ってきたのです。

 娘が喜んでいたと……何が喜ぶようなことがあったのでしょう。アルと第二王子まで押しかけてしまいましたのに。


「エルディオン。楽しんでくるといいわ。だけど、他の人を置いて行くようなことはないようにしなさい。一人での行動は駄目ですよ。絶対に護衛の方と行動をするのですよ」

「はい。姉様」


 周りを見て行動するように言いましたが、大丈夫かしら? 心配ですわ。


「ファスシオン様。今日もよろしくお願いします」


 私はアルに似ているものの、ニコニコと笑みを浮かべているファスシオン様に頭を下げます。

 いつも色々エルディオンのことで気を使っていただいて、本当に頭が下がりますわ。


「遠乗りと言っても、そこまで遠くまで行きませんから、安心してください」


 大丈夫だと言ってくださるファスシオン様の手を取って、本当によろしくお願いしますと言っていると、何故か横からアルの手が出てきて、私の手が掴まれてしまいました。


「シア。閣下を待たせているから行こうか」

「兄上。睨まないでください。今日も一緒に義姉上と仕事ができるのですから、機嫌よく行ってください」


 ファスシオン様はそんなアルに手を振って送り出します。

 はい。今日もアルと一緒に行くことになってしまいました。……教会に。


 私は遠い目をして、アルに馬車の方に連れて行かれながら、昨日のことを思い出します。






 昨日もこのようにアルに手を引っ張られ、行きとは違う道を通って地上に出ますと、そこはどこかの建物の中に出て、そのまま更に階段を上って、一つの部屋に連れて行かれました。


 振り返ると、どうやら壁を模した扉から出てきたようでしたので、普通は使われない裏通路というところを通ってきたのでしょう。


「シア。ここは俺の部屋だから、人は入って来ない。安心するといい」


 私は赤竜騎士団本部の建物の中のアルの執務室に連れてこられたようです。確かに大きな執務机があり、その上には置き場所が無いほど紙の山が出来ています。

 これは……流石にアルは休み過ぎたようです。仕事が溜まりに溜まっているではないですか。


 しかし、室内には執務机と部屋の端に長椅子が置かれているだけの内装です。これはシンプルというより、必要な物しか置いていないということなのでしょう。


 すると横から扉をノックする音が聞こえてきました。そちらの方に視線を向けますと、重厚感のある扉が存在していますので、普通はそちらから出入りをするのでしょう。


 今日は来る時に侍従コルトがついて来ないと思っていましたら、今こちらにたどりついたようです。侍従コルトにしてみれば、珍しいですわ。いいえ、コルトも歳ですもの、無理を言ってはいけませんわ。


「アルフレッド様。例の物をお持ちしました」


 ……レイの物? 何でしょう?


「入れ」


 アルが入室の許可をすると、侍従コルトが扉から入ってきました。そして、その扉を大きく開けて横に移動したのです。

どうしたのでしょう。


 私が首を傾げていますと扉から大きな荷物を持った人たちが次々と入ってくるではないですか。


「急遽、用意した物でございますので、お気に召さなければ、直ぐに取り替えます」


 侍従コルトは入ってくる人に次々と指示を出しながら、アルに頭を下げて言いました。


「シア。どうだ?」


 何故かアルが私に聞いてきました。何が『どう』なのでしょう? 私は今の状況がいまいち理解できませんわ。

 先程まで長椅子しか無かったスペースに良質な絨毯が敷かれ、柔らかそうな革のソファーとテーブルが置かれ、目隠しの花を模した衝立まで設置されているではないですか。


 これを私にどう判断するように聞かれているのでしょう?


「良いのではないのですか?」


 それ以外に私は何を答えていいのか、わかりません。それ以前に何故、長椅子があったところに休憩スペースのような場所が出来上がってしまったのでしょう?


「お気に召されたのであれば、この者たちは引き上げさせます」


 侍従コルトは荷を持ってきた者たちに指示を出して退室していきました。……えっと……これはどういう状況なのでしょうか? 何故、休憩スペースが出来上がったことを私に確認されたのでしょうか?


「シア。顧問をしている間は、ここに居てくれていいからな」


 アルは私の手を引いて、休憩スペースに連れてきました。


 私はこの状況に血の気が引いてきます。

 私が顧問になる話は今朝、お母様から聞かされました。話自体は昨日から決められていたようですが、アルの今朝の態度から、私の顧問の話は聞いていなかったと思われます。


 その話は赤竜騎士団に行く直前のことでした。私は壁に掛かっている魔道時計を見ます。


 時計の針は十時を指しています。と……いうことはですね。一時間半ほどでこれを全て用意して、ここまで持ってきたということです。


 侍従コルトの姿を途中から見かけなくなったのは、この休憩スペースを作り上げるために席を外していたということなのですね。

 しかし、アルが何か指示を出した風ではありませんでしたので、これは侍従コルトの采配ということです。

 恐るべし侍従コルト。


 それから、アル。私は訓練の指導顧問です。ここにはずっとはいませんわよ。



 このような感じで、アルが書類に目を通している間、私は何もすることがなく、休憩スペースに居座ることになったのです。しかし、暇ですので、亜空間収納から武器を取り出して、手入れをしていました。

 そろそろお昼の時間になろうという時に、再び扉からノック音が聞こえてきました。


 私はちらりとアルの方を見ます。真面目に書類に何かを書き込んでいます。

 また、扉が叩かれました。しかし、アルが反応する素振りを見せません。……無視ですか?


 仕方がありません。私が出ようとソファーから立ち上がります。すると、アルの方から舌打ちが聞こえてきました。


「チッ!」


 アル、その舌打ち絶対に聞こえるようにワザとしていますよね。


「いるのはわかっているんだ。さっさとここを開けろ!」


 ほら、怒られているではないですか。

私は扉の方に行き、取っ手を手をかけます。


「シア。出なくて良い!」

「しかし、アル様。グラニティス大将校閣下ですわよ」


 私はアルに答えながら、扉を開けます。


「なぜ、ガラクシアースがここにいる」


 扉を開けた先には私を見下ろす紫の瞳がありました。一瞬、第二王子と姿が重なり、イラッとしましたが、ここにいるのはグラニティス大将校閣下です。


「何故と聞かれましても、顧問の許可をだされたのはグラニティス大将校閣下ではないのでしょうか?」

「顧問なら地下の訓練場にいるべきだろう」


 ええ、勿論そのことはわかっていますが、一つは今日は挨拶に来たということと、アルに今日のやるべきことは終わったと言わんばかりに、連れて来られたからですわ。


「まぁ、今日はお母様が訓練をつけ……」


 私の手から扉の取手が外され、目の前で扉が閉められてしまいました。


「シア。出なくて良いって言ったよな」

「はい、言われましたが、グラニティス大将校閣下の訪問を断る理由がありません」

「シア。シアに暴言を吐いて、治療したことに対して礼も言えないヤツの相手をする必要はない」


 アルの中では、未だにグラニティス大将校閣下の態度が許せないようです。しかし、黒竜騎士団の上官のグラニティス大将校閣下がわざわざ赤竜騎士団のアルの元を訪ねてきたのです。これは業務的な何かがあるのでしょう。


「ネフリティス赤竜騎士団副団長。私の立場がどのような者かわかって、口を開いているのか?」


 扉の向こう側からグラニティス大将校閣下の怒ったような声が聞こえてきました。確かに騎士団は違いますが、地位的には閣下の方が上になります。


「ガラクシアースの力に屈したグラニティス大将校閣下です」


 アル。言い方に毒が混じっていますわ。


「はぁ、シュリヴァスと同じ様な物言いをしないでくれ給え」


 ……ネフリティス侯爵様にも同じ様なことを言われたのですか? 閣下。


「大方、父上に頼み事をして、拒否されたので、こちらに来られたのですよね。閣下」


 頼み事ですか? アルには何か心当たりでもあるのでしょうか?


 すると再び扉越しにため息が聞こえてきました。

 あの? そろそろ扉を開けてお話を聞いてもよろしいのではないのですか? 駄目ですか?


「明日の午前中に顔をかせと言ったら、この山のようになっている仕事を肩代わりする気があるのかと言われてな。ガラクシアースの力に怯える小物はさっさと出ていけと追い出された。ということで、ネフリティス赤竜騎士団副団長に仕事を頼みにきた」

「帰ってください」


 アルは間を置かずに、閣下に帰るように言います。しかし、何が『ということで』なのでしょう? どこにアルが関係するのかさっぱりわかりませんわ。

 いいえ、グラニティス大将校閣下が何かをネフリティス侯爵様にお頼みして、忙しいからと断られたことまではわかります。ただ、その話が何故、アルに持って来られるのでしょう?


「それは閣下の仕事であって、ガラクシアース伯爵夫人から閣下を守る役目はアンヴァルト黒竜騎士団団長の役目です」


 ん? 明日……確かお父様が近所に遊びに行くような感じで、教会に行くと言っていましたわね。教会がガラクシアースの土地に隣接していることには変わりありませんので、近所であっています。が、ここでアルが関わる理由はありません。そして、勿論ネフリティス侯爵様もです。


「しかしだ! アンヴァルトではガラクシアースの牽制にはならないだろう! ガラクシアースは混乱の魔眼を使う魔物を『うざいわね』っと言って片手で捻り潰していたんだぞ! 絶対にアンヴァルトの魔眼など、『子供のお遊びかしら』って言われるに決まっているだろう!」


 閣下。お母様の口真似が、気持ち悪いです。


「だからだ! ネフリティス家なら、おいそれとガラクシアースは手を出さないだろう!」


 ……閣下。それは当たっています。ネフリティス侯爵家と敵対することは、ガラクシアースは絶対にありません。


「ということで。明日、教会の立ち入りに付き合ってくれ給え」

「お断りします」


 あっ。そういうことの『ということで』でしたのね。

 しかし、アル。教会と閣下が発言した時点で被せるように断りの言葉を言うのは、失礼にあたいするのではないのでしょうか?



 このあと、お母様がやってきたことで悲鳴を上げた閣下をお母様は無視して、明日は私も連れて行くけどどうするのかと、扉越しに尋ねると、アルは先程の態度を一転させて、行くと答えたのでした。


 お母様、何がどうせ明日は使い物にならないのですか? 訓練ができないと……いったいお母様は地下の訓練場で何をされたのでしょう?

 やはり、見ておくべきでしたわ。






 そして、私が乗り込んだ広い馬車の中には顔色の悪いグラニティス大将校閣下と黒竜騎士団団長の姿があるのでした。

 大丈夫なのでしょうか? 閣下。

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