第72話 ぼったくりでは?
「先生。お待ちしておりました」
赤竜騎士団の本部と思われる建物の前で、出迎えられています。それも第二王子だけでなく、恐らく王都に滞在している赤竜騎士が揃っているのではないのでしょうか?
「出迎えご苦労っと言いたいけれど……暇なら少しでも鍛える時間に当てなさい! このひよっ子共が!」
お母様が出迎えてくれている赤竜騎士団の方々に向かって怒っています。私もこれは不必要なほど多いと思いますわ。
因みに馬車から降りているのはお母様だけで、私とアルとお父様はまだ馬車の中にいます。
そして、肩を震わせて去っていく方々と何故怒られているのかわからないと不満そうに去っていく方々がいます。
「ジークフリート!」
「はっ!」
お母様に名を呼ばれて、敬礼している第二王子の姿があります。若干目の下にクマがあるように見えるのですが、昨日は緊張して寝れなかったのでしょうか?
「何か色々体たらくをさらしているようじゃない?」
「いえ……それは……その……」
言いどもっている第二王子に近づいていくお母様。第二王子の目の前に立ち、引き寄せるように胸ぐらをつかみました。
背はお母様の方が低いのですが、第二王子はすでにお母様に気圧されていますので、抵抗する素振りはみられません。
「赤竜騎士団は何のためにあるのかしら?」
「ま……魔物の脅威から人々を守るためです」
「そうよねぇ。そうよねぇ。そうよねぇ」
お母様。怖いです。後ろ姿だけでも、怒っているのがわかります。ええ、背中からなにがモヤのような物が立ち上っているのか見えますから……いいえ、高密度の魔力の可視化です。
「エミリア。散歩してきていいかなぁ」
いつの間にか馬車を降りていたお父様がとんでもないことを口にしだしました。
今のお母様によく声を掛けられますわ。いいえ、お父様にとっては、いつものお母様なのでしょう。
「昨日も散歩に行きたいって言ったのに駄目だって言われて我慢したんだよー。ここにくるとわくわくするんだよねー」
お父様! それは絶対に駄目な感じです。結果的にいけないものを発見してしまうパターンですわ。
「あなたは黙っていてください。そして、絶対にうろつくのは許しません」
「えー」
お父様の緊張感の無い返答にお母様はため息を吐き、背中から出ていた魔力は霧散していきました。
「ジークフリート。ここにいる者たちを訓練場に集めなさい。今日だけひよこ共の相手をしてあげましょう」
お母様の言葉に第二王子は頭を下げていますが、若干震えているように見えます。
「か……かか感謝いたしましゅ」
凄く噛んでいますね。大丈夫なのでしょうか? それから、お母様の前から逃げ去るように第二王子は足早に去っていきました。
……お母様はいったいどんな訓練をさせていたのでしょうか?
「アル様、降りましょうか?」
お母様が無言でさっさと降りてくるようにという視線を向けてきます。しかし、扉側にアルが座っているため、アルが降りないと私が降りれないのです。
「アル様?」
「やっぱり、やめにしよう」
「何がですか?」
何をやめるのでしょう? ああ、私が昼からも赤竜騎士団に居座ることですわね。それはそうでしょう。
「シアが訓練の顧問だなんて、あいつらに毎日訓練の指導を行うなんて、我慢ならない」
「はい?」
あの? お母様の命令ではありますが、実質国王陛下からの依頼になるのです。それにアルもその件は賛成していたのではないのですか?
「あら? あら? アルフレッド君。フェリシアは顧問よ。できの悪い子をぶちのめすのが役目」
お母様。それは顧問の役目ではないと思います。どちらかと言うと、お母様の指導内容に沿うように、指導していくということではないのですか?
「だから、直接の指導はアルフレッド君がすればいいのよ」
お母様、凄くいい笑顔で言っていますが、それは……
「お母様、それはぼったくりというものではないのですか?」
直接指導せずに口だけだして、一ヶ月二千万。これは殆ど仕事をせずにお金をもらっていることになってしまいます。
「ふん! いいのよ。お金はあるところにはあるのよ」
確かに国王陛下はお金をお持ちかもしれませんが、国のお金ですからね。国民から集めたお金ですからね。
……いいえ、これは王族に対する嫌がらせの延長なのかもしれません。
「ガラクシアース伯爵夫人。シアは直接あいつらに訓練を付けなくて良いと」
「そうよ」
「わかりました。シア、訓練場に案内しよう」
アル。お母様の手のひらの上で転がされているという自覚はありますか? 恐らく、お母様的にはお金さえ貰えればいいと思っていますよ。
そして、私達は何故か地下に案内されました。確かに高台にありますので、王城の地下を有効活用できるでしょうが、訓練を地下で行うには色々不便だと思うのです。
「アル様。地下に訓練場があるということは、思い切った訓練ができないと思うのです」
赤竜騎士団の本部の裏側に地下に降りていく階段があり、石の壁に覆われた地下道を進んでいるのです。
そうです。地下に訓練場があるということは、左右の壁ばかりか天井まであるのです。かなりの行動制限がされてしまいます。
それに、吹き飛ばしてしまって、壁に叩きつけた反動で地下が崩れてしまうかもしれません。
「そうでもない。他の騎士団の訓練場も地下にある。大昔は外にあったのかもしれないが、うるさいとクレームでもあったんじゃないのか?」
うるさい。確かに掛け声や剣戟の音は響くかもしれませんが、行動制限してまでするほどなのでしょうか?
「フェリシア。普通の人は自分の身長以上飛ぶことはできませんよ」
「え?」
お母様の言葉に思わず聞き返してしまいました。人は自分の身長以上の高さに飛び跳ねられない?
でも……
「アル様はできますよ」
するとお母様は呆れた目を私に向けてきました。
「アルフレッド君は子どもの頃、フェリシアにボコボコにされているから、普通ではないわよ」
お母様。もう少し言い方があると思うのです。一緒に訓練していたという言い方ぐらいしてくれてもいいと思うのです。
「そうそう、王の血を受け継ぐ者たちは、子どもの頃にガラクシアースと仲良しになると強くなれるんだよー。僕もよくシュリヴァスと遊んだんだよー」
……お父様の言葉に昨日のグラニティス大将校閣下の言葉が思い出されます。ネフリティス侯爵を財務省で働かせているのが勿体ないと言っていたことです。
っということはあのネフリティス侯爵もアルぐらいに強いということですか?
「アル様。アル様とネフリティス侯爵様とどちらがお強いのか聞いてもよろしいですか?」
私はコソコソっとアルに聞いてみます。私から見れば、ネフリティス侯爵様が武勇に秀でているようには見えないのです……もちろんお父様の見た目は、強いようには全く見えません。
「最近は手合わせをしていないが、父上だろうな」
そうですか。やはり人の見た目では強さは測れないということですね。
しかし、お父様は気になる言葉を言いました。王の血とそれは今の国王の血というわけではないでしょう。ということは初代国王の血ですか。
「お父様。その王の血はどの王の血ですか?」
「ん? 名前を残さなかった王だよ」
名前を残さなかった王? どういうことですか? それにそんなこと歴史書には書かれていませんでしたわ。
「では、初代国王は誰ですか?」
私の質問にいつもにこにこと笑みを浮かべているお父様が、ニヤリと不気味な笑みを浮かべました。
「それは公然の秘密だよ」
公然の秘密。知っているものからすれば当たり前。だけど、一般的には伏せられていて口外することはない。
「でもさぁ。ちょっと調べればわかることだよ。別に隠しているっというほどじゃないし、本人死んでいるし」
お父様。それは歴史に名を刻まれている時点で死んでいるでしょう。死んでいる?
その言葉に私は足を止めてしまいました。
あの存在を生きているとは言えませんが、本体は暗黒竜を封じるために、その身ごと封じられています。それは死を意味していますか?
おかしな矛盾が私の前にあることに気が付きます。
妖精様が白竜と呼び、その身を犠牲にして暗黒竜を封じた存在。
歴史に初代王と刻まれたリア王。
そして、名前を残さずこの国の高位貴族の祖というべき存在。
これは何を意味しているのでしょうか?
そして、初代王とは誰を指しているのでしょう。
「シア? どうした? 疲れたのか? それとも地下が嫌なのか?」
「いいえ、アル様。行きましょう」
地下道を進んで行きますと、広い空間にでました。そこはここの更に地下、神殿の偽物のダンジョンがあった場所のように、天井が高く、広さも十分ありました。
今王都に詰めているのが150人程と聞いていますので、その150人が二部隊に分かれて模擬戦を行ってもいいほどの空間は確保されていました。
確かに十分な広さはあります。これなら、思いっきり吹き飛ばなかったら大丈夫でしょう。
「注目!」
突然お母様が叫び声を上げました。すると、一心不乱に人が集まってくるではないですか。
これはこれで怖いですわ。
しかし、その行動についていけずに、戸惑っている人たちが半数以上います。
そして、肩で息をしながら、臙脂色の隊服を身にまとった人たちが五十人ほどでしょうか? 整列しました。
するとお母様はパンパンと手のひらを叩きます。
「ナメられているのかしら?」
お母様は首を傾げています。後ろから見ている私にはどういう表情をしているかは見えませんが、恐らく人殺しのような目をしているのでしょう。
臙脂色の隊服を身に着けている方々が、ガタガタと震えだしています。
「ジークフリート。アレらの教育はどうなっているのかしら?」
第二王子は名指しで指名されました。まぁ、団長ですから、聞かれますよね。
「教育指導は……ネフリティス副団長の担当です」
馬鹿王子。責任をアルになすりつけてきましたわ! アルのやり方に口を出していたのは誰なのですか!
「アルフレッド君。どういうことかしら?」
人殺しのような目をしたお母様の首がこちらにグルリと向いてきます。もう少し、人らしい動きをして欲しいですわ。お母様。
「確かに教育指導を任せられていますが、俺の指導が厳しいと最近は、ヴァンアスールが行っていました」
「ヴァンアスール?」
「ヴァンアスールです」
「アレになった? ヴァンアスール?」
「はい」
ヴァンアスールの名にお母様の機嫌が更に急降下していっています。はい。ヴァンアスール公爵子息はあの存在の依代となってしまわれたので、責任の所在が宙ぶらりんになってしまったということです。
「そう……因みにアルフレッド君の指導が厳しいと言った軟弱者は誰かしら?」
「既に他の騎士団に移動しましたので、赤竜騎士団には在籍していません」
「そうなの? 本当に赤竜騎士団を何と思っているのかしら? その辺りの教育から始めないといけないのかしら?」
そうです。ツライからと言って逃げ出すようでは赤竜騎士団に在籍していられません。それは魔物が強いからと言って、背を向けて逃げるのと同意義なのです。
赤竜騎士団は背を向けて魔物から逃げることは許されません。勝てないのであれば、近くに住む住人が逃げ切るまで、足止めの役目を果たさなければならないのです。
「今日一日、死ぬ気でついて来なさい」
「「「はっ!」」」
「……そこ! ひよっ子以下のクズ共! 貴方達に言っているってわからないのかしらぁ?」
そう言ってお母様は駆け出して、オロオロしている新人の方たち追いかけ出しました。あの? 逃げるだけ無駄ですわよ。
「ネフリティス副団長。何故一人だけそちら側にいるのですか?」
お母様が去っていったことで、気が抜けたのか騎士の一人がアルに声を掛けてきました。
「シアと一緒にいたいからだ」
アル。それは理由ではありませんわ。
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