第71話 赤竜騎士団でのお仕事?


「行きたくない」


 食堂で朝食を終えたアルがうなだれています。流石に今日もお休みというのは第二王子が押しかけて来そうです。


 既にネフリティス侯爵様は席を外され、ファスシオン様とエルディオンも学園に行くため、この場におりません。


「アル様。お仕事に頑張って行ってくださいませ」


 私にはアルの背中を押して、仕事に行ってもらうように促すしかできません。


「仕事はジークフリートに任せればいいと思う」


 第二王子も団長という立場では役に立つかもしれませんが、いざ戦いの場で戦力として使えるかといえば、微妙でしょう。


「アル様。グラニティス大将校閣下もおっしゃっていたではありませんか。アル様がいてこその赤竜騎士団だと」

「……そうか今日は閣下をシアの前に、引きずり出してドゲz「アル様!」……」


 グラニティス大将校閣下の名前は出しては駄目だったようです。昨日のことをアルはまだ許してはいませんでした。私は別に構わないと言いましたのに。


「ヴァルトからお礼の品はぶん取って来たわよ」


 食後のお茶を飲んでいるお母様からの言葉です。そうです。王都のガラクシアースの屋敷が無くなってしまったために、お父様とお母様もネフリティス侯爵家にお世話になっているのです。


 お母様。あの後、グラニティス大将校閣下とお会いすることが出来たのですね。かなり閣下は怒っていらっしゃいましたけど。

 いいえ、ぶん取っきたということは、拒否している閣下から、脅すようなことをしたのでしょう。


「そうそう。明日、一緒に教会に行こうっていう約束もしてくれたんだよー」


 お父様。知り合いの家に訪ねるような気軽さで言っていますが、教会で行われていることを罰しに行くのですわよね。


「王都で遊んでいる暇はないから、今日にしなさいと言ったのに、精神が保たないからっていう理由で二日後になったのよ。情けないわね」


 お母様。それはトラウマを逆体験した閣下には酷というものではないですか? 閣下には静養が必要だと思ます。


「だから、今日はひよこ共の相手をしてあげるわ」


 ひよこ共? どなたのことを指しているのでしょう? 思い当たる節がないので、首を傾げてしまいます。


「だからアルフレッド君。フェリシアと一緒に登城できるわよ」

「本当ですか!」

「お母様、何故私が王城に行かなければならないのですか?」


 お母様の言葉に、アルは喜んでいるものの、私は王城に行かなければならない理由の心当たりがありません。


「あら? 貴女が言ってきたのでしょう? ひよこ共の相手をするようにって、この私に」


 お母様に私が頼んだことは、赤竜騎士団を鍛え直して欲しいと言いました……あ、それでひよこ共なのですね。

 しかし、なぜ私が必要なのでしょうか?


「お母様、私が行く理由がありません」

「私が王都に長居するわけにはいかないでしょう。後は貴女が面倒を見るのよ」

「私にはエルディオンとクレアの面倒を見るという役目があるので、そこまで面倒は見きれません」


 そうです。私にはエルディオンとクレアを立派なガラクシアースに育て上げるようにとお母様から命令されているのです。

 するとお母様は私の背後に立たれ、私の耳元で囁いたのです。


「ネフリティス侯爵家と良好な関係を続けていくのも貴女の役目よ」


 これはアルがグチグチと言っている件のことですか?

 アルはこれからの戦いで必要とされることはわかっています。そして、今の赤竜騎士団ではアルの足を引っ張ることもわかっています。

 ネフリティス侯爵家は次代をアルを侯爵として立てることを決定しました。

 ならば、赤竜騎士団を鍛えることが、ネフリティス侯爵家のためになる。


「どうせ今の状況じゃ。冒険者もまともにできないでしょう? だったら、国王に顧問料を請求しなさい」


 流石お母様、お金が絡むようにするとは、抜かりがないですね。しかし、私が直接国王陛下に顧問料をくださいとは言えません。


「これがヴァルトのお礼の品ね」

「お母様。これはグラニティス大将校閣下が関わりたくないと、全て国王陛下に投げたと解釈できますが?」


 既に昨日の時点で決まっていたということではないですか。だったら、私に拒否権など存在しません。これは実質、国王陛下からの依頼ということになってしまいます。


「いいのよ。どちらにしろ、国からお金がもらえるもの。一ヶ月二千万Lラグアよ」


 二千万! 二千万ももらえるのですか! 

 私は座っていた椅子から立ち上がり、お母様と向き合います。


「ご命令、承ります」

「ガラクシアースとして役目を果たしなさい」

「はい」


 一ヶ月二千万が安定して入ってくるのでしたら、借金の返済がいくらか可能になりますわ。今はネフリティス侯爵家に生活を補助してもらっていますので、実質出費はかかっていません。

 借金が無くなるだけでも、生活に余裕ができますもの。


「お姉様。良い儲け話があると言われれば、付いていきそうな勢いですわね」


 クレアがデザートの果物を食べながら、言ってきました。

 一つ言っておきますが、クレアの交友関係を維持するための出費もかなりのものなのですよ。ドレス一つ作るのにも、私の稼ぎが一瞬で飛んでいくのですから。


「クレア。貴女はまだガラクシアースが何かわかっていないのね。儲けられるときに儲けないと、借金が増えていくばかりなのよ!」


 お母様の力強い言葉に、クレアは引き気味です。

 しかし、お母様の苦労はお母様にしかわからないものです。ええ、相当お父様の行動に困らされたのでしょう。


「と、言うことだから、アルフレッド君。当分の間、フェリシアと一緒に登城すると良いわ」

「ありがとうございます。シア、これでずっと一緒にいられるな」


 アル、私の側に立って嬉しそうにお母様に礼を言っていますが……ずっとは無理だと思います。


「アル様。私は戦闘訓練の顧問の役目を命じられましたので、元々戦闘訓練が必要ないアル様とは別行動ですわよ」

「え?」


 えっ、と言われましても、アルは第二王子と同じく上官の立場にいます。しかし、今回は第二王子も戦闘訓練に参加しますので、今第二王子がしている書類等の仕事が全てアルに回されると思います。


「はいはい、時間は有限だからさっさと行くわよ」


 お母様は固まってしまったアルの肩を叩いて、王城に向かうため食堂を出ていこうとしています。


「いってらっしゃ~い」


 そのお母様をお父様が見送っています。

 もしかして、お父様を単独行動させるつもりですか!

 手を振っているお父様にクレアを貼り付けさせるべきかと思案していると、お母様が勢いよく振り返りました。


「貴方も行くのです!」

「はーい」


 そうですわよね。王都でお父様に単独行動を許せば何が起こるか、わかったものではありません。


「アル様、行きましょうか」

「お姉様。お仕事頑張ってくださいね」


 私が固まっているアルの背中を押して、歩くように促していると、クレアが手を振って見送っています。


「クレア。昨日はネフリティス侯爵夫人と一緒にドレスの着替えだけで終わったと聞きましたので、侍女長にきちんと教育してくれるように頼みましたから、しっかりと励みなさい」

「いや~!」


 どうもネフリティス侯爵夫人はクレアを着せ替え人形のようにして遊ぶことに、ハマってしまったようで、昨日もそれだけで終わったと、侍従コルト経由で聞きました。ですので、侍従コルトに真面目に教育をお願いしたいと頼めば、侍女長が直々に教育をしてくれると返答をいただいたのです。

 因みに王都のネフリティス侯爵邸の侍女長は夫人が降嫁してくる時についてきた方です。

 元々は古くからある貴族の令嬢だったとお聞きしていますが、詳しいお話は聞いてはおりません。

 ですが、教育はきっちりしてもらえるでしょう。




 そして、再び昨日と同じ状況になってしまいました。


 王城に向かう馬車の中、私とアルが隣に座り、向かい側にはお父様とお母様がいらっしゃいます。親同伴出勤ではありませんと付け加えておきます。

 今日はお母様が、赤竜騎士団の隊員をしばきに行くのと、私が顧問になるということを挨拶しに行くのです。


「そうか。俺も指導者として参加すればいいじゃないか!」


 アルがいきなり顔を上げて言いました。ええっと……ですから、第二王子の仕事をアルがしなければならないと思うのです。

 いいえ、訓練も一日中するわけではありませんので、午前中だけでしょう。っということは昼から冒険者の簡単な仕事を受けれるということではないですか!


「アル様。一般的に訓練は朝のみとお聞きしましたので、長くても午前中のみでしょう。昼からは私は帰りますよ」


 以前アルから聞いた話では、始業後に王都の周りを一周して、その後模擬戦を行って、そのあと王都の周りの小物の討伐とありました。これは新人の訓練メニューですが、午前中は訓練につかっても問題ない感じでしょう。


「何を言っている。シア。顧問として昼からは俺の側に居れば良い」


 ……顧問の意味が違いますわ。それだと赤竜騎士団全体の顧問という意味になっています。私はあくまでも戦闘訓練の顧問です。


「アル様。私は戦闘訓練の顧問という立場なのです。そうですわよね。お母様」


 私は向かい側で窓の外を眺めているお母様に確認します。お母様とグラニティス大将校閣下がどのような話をされて、国王陛下がどのような返答をされたかはわかりませんが、契約を履き違えることはしてはなりません。

 するとお母様は私の方にちらりと視線だけを向けてきました。


「好きにすればいいわ」


 ……適当に答えられてしまいました!

 一ヶ月二千万もいただくのです。私の仕事の範囲はきっちりと決めていただきたいですわ。


 私が唖然としていますと、お父様がクスクスと笑い出しました。


「ヴァルトカナードがね。金は出すから、好きにしろって、陛下の許可も訓練以外も口を出して良いよって、いうのをもらってきたよ」

「え?」


 お父様が言っている言葉が信じられません。するとお父様は空間に手を入れて、何かの書類を丸めた物を私に差し出してきました。

 丸めている紐を外して、開きますと一番に国王陛下のサインが目に入りました。


 ……これは……


「ほら! シア、国王陛下も認めているじゃないか!」


 はい。書類に書かれている内容は、金は払うから赤竜騎士団の強化に勤めろということ。そのために必要なことがあれば、ガラクシアースの采配に任せるということでした。

 実質、面倒だから好きにしろという内容です。


 いったいどういう交渉の仕方をしたのですか?


「お母様、もしかして国王陛下も脅したということではないですよね」

「あら? そんなことはしていないわよ」


 お母様の言葉にホッと胸を撫で下ろします。お母様自身、王族を嫌っていますから、あり得るかと思ったのですが、私の思い過ごしで良かったですわ。


「エミリアにボコボコにされたのはずいぶん前だからね」

「ボコボコにはしていません。依頼料金が安すぎると言っただけです」


 どの件でお母様に国王陛下は詰め寄られたのかわかりませんが、その時にボコボコにされたのでしょう。お母様は否定されていますが、お父様がそのように言っているのです。

 物理的ではなく、言葉攻めでお母様に言われたのだと、予想できます。

 でなければ、このような投げやりの契約書は書かないでしょう。


「シア。国王陛下からの許可もあるんだ。何も問題ないよな」


 アルは嬉しそうに言っていますが、貴族の令嬢が赤竜騎士団に普通の隊員のように常時出勤しているのは、色々言われると思うのです。

 期間はいつまでと決められているのでしょうか?


「お母様。この顧問の件はいつまでなのでしょうか?」

「それはフェリシアが赤竜騎士団で対処できると思ったときで良いわよ」


 ……それは暗黒竜の残滓を赤竜騎士団のみで対処できると判断したらということですか?


「お母様。無理難題を言わないでいただきたいものです。お母様の訓練課題をサボる人たちにそこまで期待するのですか?」

「期待? そんなものしていないわ。叩き上げるのよ」


 これはスパルタ訓練をしろということですか? それはそれで困りますわ。


 アル。執務室から第二王子を追い出そうとする計画を立てないでください。私はあくまでも戦闘訓練の顧問という立場ですからね。

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