第70話 追跡デート?

「シア。ここで本当に良かったのか?」


 頭上には雲一つ無い蒼天が広がり、日の強さを感じるものの、初夏の心地よい風が舞う中、色彩豊かな花々が咲き乱れる庭園に来ています。

 ええ、まだ行っていない場所がどのようなところか気になったのですから。


 はい。私はアルと一緒に昨日来ていた植物園にいます。


「はい。たまにはこのような場所の散策もいいと思いましたの」


 薔薇園はネフリティス侯爵邸のお庭にもあるのですが、衣服を気にせずに外に出られるのであれば、植物園でアルと散策するのもいいと思ったのです。


「そうか。何か不都合があるなら、さっさと帰るからな」


 ……アルはここに来るまで、ネフリティス侯爵邸に戻ろうと言い続けています。そして、隣にいる私はアルの機嫌の悪さをヒシヒシと感じています。


 原因は予想できます。あのグラニティス大将校閣下の態度が気に入らなかったのだと思います。





 お母様が原因で悪くされた足を治すために治癒の魔術を施せば、お母様に殺されかけた過程を見せつけられたあと、閣下は目を覚まされました。


「グラニティス大将校閣下。お身体の調子は如何でしょうか?」


 私は元通りに戻ったはずなので、確認して欲しいという意味を込めて声をかけたのです。すると、閣下は腰に佩いていた剣を鞘から抜いて、私に剣先を向けながら言ってきたのです。


「だから、私は嫌だと言ったんだ!」


 はい。お聞きしました。しかし、私もまさかお母様に出血死しそうなほど首を切られているとは思わなかったです。


「閣下。私闘は禁じられていますので、剣を収めてください」


 アルが私の前に出てきて、グラニティス大将校閣下との間に入ってきました。あの……閣下が怒るのも理解できますわ。これはお母様が悪いのですもの。でも、お母様もお母様でどうしようもない理由があったのです。っということは、結論としてあの存在が悪いってことになりますわ。


「ガラクシアースの力を借りるのは、戦いのときだけだとも言ったはずだ!」


 グラニティス大将校閣下のお怒りは相当のようです。私にはそのお怒りを収めるすべを持ち合わせていませんわ。


「ヴァルト。それぐらいでギャーギャーうるさいわね。竜騎士団に所属しているのなら、怪我の一つや二つぐらいするでしょう?」


 お母様が呆れたように言っていますが、閣下の言葉の大半はお母様に向けられたものだと思います。


「仕事とそれ以外は別だ! アンヴァルトをつけておくから、好きにしろ! 私はこれ以上ガラクシアースと関わらん!」


 そう言ってグラニティス大将校閣下は席を立って、出入り口の方に向かって行きます。


「ヴァルト。これも貴方の仕事よ」

「関わらんと言っただろう!」


 グラニティス大将校閣下は開けた扉を勢いよく閉めて出ていかれました。閣下、杖を忘れて行かれましたが、普通に歩けているようで良かったですわ。


 そして、ふとアルに視線を向けると、とても怒っているではありませんか! 表情はいつもと変わらず無表情ですが、怒気をまとっているではありませんか。


「完璧に治したシアに労いの言葉もないのか」


 私の耳に独り言のような呟く低い声が聞こえてきました。

 え? そんなことで怒っていたのですか? 私は別に言われなくても大丈夫ですわ。逆に閣下に同情をしてしまいます。

 お母様に八つ当たりのように殺されたのであれば、トラウマにもなるでしょうと。……殺されていませんが。


「アルフレッド君。フェリシア。用事があるのに足を運んでもらって悪かったね。グラニティス公も照れているんだよ」


 お父様。あれは絶対に怒っていますわよ。


「これから植物園だったかしら? 楽しんできなさい。ヴァルトは後で礼の品でも用意させるわ」


 お母様。それは頼まれてもいない依頼を勝手にして、報奨を出せと言っているようなものですわ。

 そして、私の腕を引いてお母様は耳打ちをしてきました。


「魔眼のアンヴァルトが戻ってくる前に、アルフレッド君を連れていきなさい。人殺しの目をしているわよ」


 アルもお母様に言われたくはないと思います。先程までお母様は人殺しの目をされていたのを自覚されていないのですか?


 しかし、関係のない黒竜騎士団の団長様に八つ当たりをしそうなほどアルの機嫌は悪いのでさっさと、黒竜騎士団の本部の建物から出たのでした。




 そして、王都の北の端にある植物園に来たのです。


「アル様。早々に不都合なんてありませんわ」


 私はアルの手を引きながら、ニコリと笑みを浮かべて言います。薔薇の香りが辺りに立ち込め、色とりどりの薔薇が咲き乱れている場所で、何の不都合なことが起こると言うのでしょうか?


「昨日はあの公爵令嬢に言いがかりを付けられていたじゃないか」


 シャルロット様は事前にこの植物園にいることがわかっていましたわ。それにシャルロット様はお会いするたびに、あのような感じですので、今更ですわ。


「ふふふっ。シャルロット様も二日続けて同じ場所に来ることなんてないでしょう」


 それに……もしかすると、シャルロット様はそれどころでは無いかもしれません。ネフリティス侯爵家から婚約の解消を言われている可能性があります。


「はぁ……シア。シアはもっと怒っていいと思う。閣下の態度のことも、あの馬鹿みたいに同じ事しか言わない公爵令嬢とかにだ」


 怒っていいですか。私はその言葉に首を傾げます。

 私も怒ることはありますわ。でも、今回のことは私が怒ることではありませんもの。


「アル様。私が怒らないわけではありませんよ。でも私がグラニティス大将校閣下に対して怒るのは違うと思いますもの」


 あれはグラニティス大将校閣下が怒っていいことですもの。


「それよりも、アル様。この植物園の薔薇は美しいですわね」

「ああ、リアンバール公爵夫人の力の影響を受けているからな」

「そう言えば、妖精様の花は青い大輪の花で薔薇ではないのですね」


 元妖精女王であったのでしたら、御自分を現す花が薔薇だったとしてもおかしくはないと思うのです。


「妖精女王の薔薇は妖精女王の薔薇だからな唯一無二だそうだ」


 あら? それは薔薇の方が妖精女王を示す物ということでしたか。失礼しましたわ。


「それで、閣下に売られた喧嘩は買っていいよな」

「……」


 せっかく、お話を変えましたのに……グラニティス大将校閣下は別に喧嘩をしたいわけではなくて、ガラクシアースと関わると、余波が酷いから関わりたくないと言っているだけですわ。


「アル様。グラニティス大将校閣下のことはお母様にお任せしていいと思います。アル様、あちらの方に行ってみたいですわ」


 私は小川が流れている方を指しますと、その奥の木々が整然と並んでいる隙間から、見知った姿が見えました。


「あら? ギルフォード様ですわ」


 今日は朝からお姿を見ることがなかったギルフォード様がお付きの人と奥の方に行っている姿がありました。


「兄上がここに?」


 あの奥の方には妖精の泉があります。

 良かったですわ。前ネフリティス侯爵様の言葉を聞いて、行動を起こしてくれたようです。


「良かったですわね。これでギルフォード様もいつかはネフリティス侯爵領に行けるようになりますわね」

「それにしては物騒な雰囲気だったが?」

「ふふふっ。硬い表情ではありましたが、緊張されているのではないのですか?」


 確かに木々の隙間から見え隠れしていた表情はいつもの穏やかな雰囲気ではなく、硬い表情をしていました。でもそれを物騒と表現することほどではないと思います。


「ちょっと跡をつけてみる」


 アルは何と理由をつけて、心配で跡をつけたいと言っているのでしょうか? 血縁上は従兄弟という立場ですが、今まで兄弟として育ってきたのですもの、やはり心配なのでしょう。


「シアはそこの四阿で待っていてくれたらいい」


 アルはそう言って気配を消しました。まぁ、折角のデートですのに、置いていかれますの?


「アル様。追跡デートに変更しましょう」

「ふっ。それも良いな」


 私とアルは気配を消して、ギルフォード様の跡をついていきます。木々の小道を進んで、奥まったところまで行きますと柵に囲まれたところまできました。


(どうされますか?)


 私は声を出さずにアルにこの後の行動を確認します。そのまま付いていきますと柵と泉との間にはいることになり、ギルフォード様が振り返ると見つかってしまう可能性の方が高いのです。


 するとアルは別の方向を指して口だけを動かします。


(泉を挟んだ反対側に行こう)


 はい。その方がよろしいわね。

 しかし、ここからは道が整備されていないので、土がむき出しになっています。私は外出用のドレスに土が跳ねてつかないように裾を上げて、素早く進みます。密集した木の枝にドレスが引っかかれば、この綺麗なドレスに木の枝が突き刺さることになり、台無しになってしまいますから、飛び出た木の枝にも気を付けます。


 そして、泉の反対側に陣取り、草木で身を隠すように屈めて様子を見ます。


 ギルフォード様はお付きの人を外して、泉に向かって祈りを捧げているところでした。ただ、何かをボソボソと言っています。ですから、聞き耳を立てますと……あら……これはどうしたものでしょう?

 ギルフォード様は納得はされていませんでした。


 『何故、私が母親の過ちを精算しなければならない』とか『こんなものに意味があるのか』とか『領地に入れなかったのは、だたの偶然が重なっただけだ』ということを言っていました。

 ん?これはギルフォード様は領地に入ろうとされたことがあったということですか。


 もしかして、ここに来るように誰かに言われたのでしょうか?妖精様に祈っているというよりも、祈りを捧げている風を装っている感じです。これでは妖精様に認められませんわ。


 一度きちんとギルフォード様とお話をしたほうが良いのかと思案していますと、唐突に視界が塞がれてしまいました。

 あの……アル様。私の視界を手で塞がれると、ギルフォード様の観察が出来ませんわ。


 そして、小石が水に落ちる『ぽちゃん』という音が続き、ギルフォード様の気配が去っていきました。


「アル様。視界は塞がないでください」


 気配が柵の向こう側に行きましたので、私はアルに文句をいいます。これは困りますわ。

 すると、横に引っ張られバランスを崩したところで、アルに抱きかかえられていました。


「シアが俺以外の男を見る必要なんてない」


 ギルフォード様はアルのお兄様ですからね。アルも心配で跡を付けてきたのですわよね。


「アル様。ちょっと体勢が……」


 ええ、しゃがみこんでいたところに、横へ引っ張られたものですから、思いっきりアルの胸の飛び込んでしまった体勢になってしまっているのです。


「ん?」


 私の困った状態から解放してくれるのかと思ったら、ただ抱きかかえ直して、地面に座り込んだアルの膝の上に横抱きされている体勢になっただけでした。あまり変わっていませんわ。


「シアは俺だけを見ていればいい」

「アル様。先程のことはギルフォード様の様子を窺っていただけですわよ」


 私はアルが言い出したことですのにと、首を傾げます。


「ギルフォード様はやはり納得されていませんでしたわね」

「納得はしないだろうな」

「あとギルフォード様は領地に赴こうとされたことがあったのですか?」

「ああ、聞いた話だが、学園で嫡男のみが受けられるコースがある。俺には関係無いことだったから、詳しくは知らない」


 スペルビア学園の学科のコースのことですわね。残念ながら私は詳しくは知りません。学園に通えるのは高位貴族の男児のみなのですから。


「そこで領地に関する課題が出されたらしい。だから兄上は単独で領地に向かったそうだ。しかし、長雨で緩んだ地盤が崩れて領地に入る街道が崩落したんだ。ネフリティスの使用人は優秀だからな。命からがら助かったらしい」

「それは、通行中に地盤が崩落したということですか?」

「そうだ」


 これは偶然なのでしょうか?ガラクシアースと同じ国の東側にあるネフリティス侯爵領で地盤が崩落しそうな山道の街道は無いはずです。ということは平地で地盤の崩落がしたということです。

 これは本当に偶然で片付けられることなのでしょうか?


「今日のことは、父上とお祖父様に報告しておけ」


 アルは背後に向かって言うと、少し離れたところで侍従コルトが頭をさげています。それも道無き道を来たというのに、いつもと変わらない姿で立っています。その横では亜麻色の髪や衣服に枝や葉っぱが刺さった侍女エリスが肩で息をしながら立っています。

 付いてきているエリスも凄いですが、何事もなく立っている侍従コルトが恐ろしいですわね。


「アル様、そろそろ離して欲しいですわ」


 ギルフォード様も植物園を出た頃でしょう。私達も散策に戻っていいと思います。


「嫌だ」


 何故ですか!


「ここだと、人目がなくていい」


 そう言って、アルは私に口づけをしてきました。アル! 人目が無いわけじゃないです。そこにコルトとエリスがいるではないですか!




______________




皆様、あけましておめでとうございます。

投稿遅れましてすみません。色々カツカツで正月の朝から書き始めたので、こうなっております。

すみません。

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