第69話 ガラクシアースへのトラウマ

「フェリシアの治癒の魔術は一族の中でも飛び抜けて上手なんだよ」


 お父様がニコニコと私の治癒魔術のことを褒めてくれています。しかし、それとは正反対に私の隣に座っているアルの機嫌が急降下しているのがヒシヒシと感じるのです。


「しかし、この国一と言われた治療師の手にあまると言われたのだが?」


 グラニティス大将校閣下が半信半疑の目を私に向けてきました。

 王族で当時、第四王子という立場でいたのでしたのであれば、それはこの国で一番の治療を受けたのでしょう。しかし、右足に後遺症が残ってしまわれた。


「それは普通の人の治療師だよね。僕たちは人と接する時は常に気を付けているんだよ。手が当たっただけでも、内臓が破裂しちゃうから」


 お父様の隣で、お母様が頷いています。しかし、お母様。グラニティス大将校閣下のときは本気で殺しにかかったのですよね。後遺症は残っているものの、五体満足の姿でいることは、その治療師の方の腕は本当に良かったのだと思います。


 グラニティス大将校閣下と言えば、お父様の話を聞いて腕を押さえて、青ざめた顔色されています。

 色々遭ったのだとお察ししますわ。


「それでね。知っていると思うけど、アルフレッド君がフェリシアの婚約者なんだよ。子どもの頃のフェリシアは手加減をしらなくてね。何度かアルフレッド君は死にかけているんだよ」


 ……ちょっと待ってくださいお父様。アルが死にかける程の怪我を負わせた記憶は私にはありませんわよ!


 確かに、アルが剣の訓練をしているところにお邪魔したとき、木で作られた剣でアルの腕を切落したり、肩を吹き飛ばしたり……思い返すと大概ひどいことをしていますわね。


 なんですかグラニティス大将校閣下。お母様を見るように怯えた視線を向けないでください。私はグラニティス大将校閣下に手を上げたりしませんわ。


「でも、アルフレッド君を見てもらっても、なんとも無いことがわかるよね。フェリシアの治癒の魔術は普通じゃないんだよ


 普通では無いと言われれば、普通ではないでしょう。私は治癒の魔術は誰からも教えてもらってはおらず、子供の頃にいつの間にか使えるようになっていたものです。


 あら? もしかして、私が覚えてないほど幼い頃にアルに酷い怪我を負わせたことがあったのでしょうか?


「いや、ネフリティス侯爵家も大概普通じゃないと思うが?」


 グラニティス大将校閣下はアルを見ているようで、その先を見ています。アルの後ろの壁際には、侍従コルトが控えているぐらいですわよ。


「ネフリティス侯爵を見てもわかるだろう? 内勤にしておくのが勿体ないぐらいだ」


 全然わかりませんわ。グラニティス大将校閣下はご自分の中で話が完結しているようです。

 知らない私にもわかるようにお話して欲しいですわ。


「え? そうかなぁ?」


 お父様もネフリティス侯爵様を見ればわかるという言葉の意味が理解できないのか、曖昧に答えて首を傾げています。


「はぁ。ガラクシアースと比べると、ガラクシアースとそれ以外という分け方になるか。いつも思うが君たちの尺度が違いすぎて、話にならんのだ」


 グラニティス大将校閣下はため息を吐かれていますが、私は閣下の言いたいことがわからなくて、話が繋がりません。


「ヴァルト。グチグチ言っていないで、治療するかしないか、答えなさい」


 お母様が、大きな円卓の天板をバンバンと叩きながらグラニティス大将校閣下に選択肢を迫っています。


 天板にヒビが入らないか、私はドキドキしています。しかし、グラニティス大将校閣下がよくわからない話をしていると思えば、遠回しに治療を拒んでいたのでしょうか?

 お母様に選択肢を迫られて、引きつった表情をされています。


「あ〜……話はありがたいが、信用がならん」

「えー?」

「は?」


 言いどもったあと、グラニティス大将校閣下は目を泳がせながら、私のことが信用できないと言ってきました。確かに私はただの伯爵令嬢ですから、本来であれば、このように王弟殿下と関わり合うことなどないのです。


 お父様、『信用できるって』と言っていますが、それは子供びいきと取られてしまうでしょう。私は貴族の令嬢としては、ヴァイオレット様ほど知名度はありません。いきなり来て信用しろという方が無理なものです。


 それからアル。何故、先程よりも機嫌の悪さが悪化しているのですか?


「治癒の魔術が普通じゃないという時点で、私には嫌な予感しかしない」

「大丈夫だよー?」

「ガラクシアース伯爵。貴公が岩の様な獣に腕を食われて『痛いなぁ』と平然としている姿を見てしまった私としては、貴公の普通という言葉にすら、疑念を抱かざる得ない」


 これは閣下自身が、お母様に殺されかけて、お父様の戦う姿を目にして、ガラクシアースという一族に対して、一線を引いているのでしょう。自分たちとガラクシアースとでは違うと。

 だから、お父様が言う私の治癒の魔術が普通ではないという言葉に、嫌な予感がすると言われているのでしょう。


 突然、私の隣に座っていたアルが立ち上がり、グラニティス大将校閣下の方に移動していきました。

 表情はいつもどおり無表情ですが、まとっている雰囲気は何とも言えない程、機嫌の悪さが伺えます。


 ちらりと斜め後ろにいる侍従コルトに視線を向けます。私は何故ここまで機嫌を損ねることになっているのかわかりません。止めに入った方がいいのかと、視線を送りましたが、侍従コルトはニコニコといつも通り穏やかな表情をしています。


 これは私が止めなくてもいいということですね。……流石に他の騎士団の上官に手を上げることはないですわよね。


「閣下。信用できないかどうかは、治療を受けてみないとわかりません」


 アル。王弟殿下であり、大将校の地位にいる方を、近くから威圧的に見下ろすのはどうかと思います。

 閣下も若干椅子を背後に引いてアルから距離を取っているではないですか。


「ネフリティス赤竜騎士団副団長。私は治療を受けた時点で後悔していると、確信できる」

「閣下。治癒を受けてみないとわかりません」

「だからな。『あっ……ごめんちょっと力が入り過ぎちゃった』と言ってひどい目に遭うのは、こちらなんだぞ」


 もしかして、グラニティス大将校閣下はお父様からも何か被害を受けたのでしょうか?


「閣下。治癒を受けるべきです」

「……本音を言い給え、ネフリティス赤竜騎士団副団長。瞳孔が開いた目で見下されるは、居心地が悪すぎる」

「シアの治癒を他のヤツが受けるのは腹立たしいが、シアの力を否定されるのはもっと腹立たしい」


 え? そんなことで機嫌が悪かったのですか? グラニティス大将校閣下にとって私は、ガラクシアースの娘というだけで、信用度が低いのは仕方がありません。

 ええ、お母様に殺されかけたというのが、一番心に傷を付けているのでしょう。そして、恐らくお父様からも何かされたのでしょう。

 でしたら、無理に治療を受けられるのは、閣下にとってよろしくないことだと思います。


「ジークフリートから君の婚約者想いのことは聞いてはいるが、ガラクシアース伯爵令嬢のことも聞いているのだよ。竜の子はどうあろうとも竜なんだ……ガラクシアース伯爵夫人。テーブルを壊せば、請求させてもらうからな」


 お母様はグラニティス大将校閣下の言葉に、大きな円卓を持ち上げようと両手で掴んでいるところで、止められていました。


 お母様、この円卓はとても高そうですので、壊さないでください。

 お父様、手を付けてないお母様の分のケーキをチラチラ見ていないで、人殺しのような目をしているお母様の機嫌を取ってほしいですわ。


「私は命が惜しい。戦いでガラクシアースの手は借りても、それ以外でガラクシアースの手を借りようとは思わない」


 グラニティス大将校閣下の心の傷は相当深いようです。ここは大人しく引き下がった方がいいですわね。まだお父様は証拠品を全部確認し終わっていませんから、私とアルだけ退席させてもらいましょう。

 私はそう思い、立ち上がりました。


「閣下。そうです。竜の子のシアはとても可愛いのです」

「ヴァルト。酷いことを言うわね」

「なっ!」


 何故かグラニティス大将校閣下は左肩をアルに掴まれ、右肩をお母様に掴まれ、身動きが取れない状態になっていました。

 お父様! お母様を閣下から離してください!


「フェリシア。こちらに来なさい」

「シア。シアが信用できることを見せつけるべきだ」


 もしかして、これは私に治療するようにという流れなのですか?

 あの……グラニティス大将校閣下の顔色がだんだんと青くなっていますが?


「グラニティス大将校閣下の意見を聞くべきだと私は思い……」

「フェリシア。これは食わず嫌いの子どものように駄々をこねているだけよ」

「シアは悪くないのに、悪く言われるようなことが、俺は許せない」


 閣下の意見を……ちらりとお父様を見ると満面の笑みを浮かべています。お母様を止める気がないということですね。

 斜め後ろをちらりと見ます。侍従コルトも先ほどと変わらず、ニコニコとした笑みを浮かべています。アルを諌めてくれないのですか。


 閣下。黒竜騎士団団長様を部屋の外に出したのが仇となってしまいましたね。私はお母様に逆らうスベは持っていませんので、申し訳ありません。


 私は閣下の近くに行きますと、狼を目の前にした子羊のように怯えています。ちょっと傷ついてしまいますわ。


「すまないが、心の準備ができていない。後日にしてくれ給え」


 グラニティス大将校閣下は今は無理だと言っていますが、両肩に手を置いている二人がそれを否定しています。


「いつまで経っても心の準備なんて、できないわよね。ヴァルト」

「閣下。痛いかもしれませんが、直ぐに終わります」

「痛いのか! ちょっと待て! 治療で痛いってどういうことだ!」


 痛いかと聞かれれば、閣下の今の状態からだと、痛みが発生するでしょう。


「あの……閣下の足の引きずり具合から察しますと、足を動かす筋肉か神経が、肉ごとえぐられて、治療不可能な状態だと思いますので……」

「フェリシア。ヴァルトに説明なんてすると否定の言葉しか出てこないわよ。だから、さっさと治療しなさい」

「いや、説明は必要だ」

「ガラクシアースを馬鹿にした愚か者は、黙っていなさい。フェリシア、始めなさい」

「はい」


 お母様。私の言葉を止めたのはご自分のやらかしたことを再認識したくなかったからとかではないですわよね。


「閣下。諦めてください。痛いかもしれませんが、直ぐに終わります。……五分程、痛みに悶えるかもしれませんが」

「ちょっと待て! そこが一番大事なことだろう! 五分ってなんだ! 結構長い時間だ……イッ!」


 私は二人から拘束され、叫んでいるところでお母様からハンカチを口の中に詰め込まれたグラニティス大将校閣下に、私は治癒の魔術の施行を開始しました。



 閣下の全身を淡い光が包むように緩やかに波打っています。

 その波が大きくうねりだすと、閣下の首元から血が吹き出しました。私は思わずお母様を見ますが、お母様の視線は天井を見ているので、私とは合いません。


 私の治癒の魔術は、肉体の逆再生を行って元の状態に戻すという魔術です。今は、一旦怪我をしたときの状態に戻して、そこから正常の肉体の状態に戻すという工程をたどっているのです。

 今回、魔術の施行の条件はお母様が付けた傷を再現し、そこからの肉体の逆再生を行っているのです。


 ということは、お母様が閣下に負わせた怪我を再現しており、首に怪我を負ってよく生きていたと思ってしまいました。

 首の傷は直ぐに再生された皮膚によって塞がれ、次に右腕がおかしな音を立てましたが、それも元に戻ります。


 もうこの時点で閣下の意識はありません。

 ええ、右腕は潰されたのですね。ということは……右足も嫌な音を立てて血が衣服を染め、元の状態に戻りました。


 ……きっと閣下が生きているのは、あの存在が応急処置をしたのでしょう。普通は生きていませんわよ。お母様。


 後は細かいキズが出来ては消え、出来ては消えと繰り返して、魔術の施行が止まりました。


 術が終われば、術中に吹き出した血がどこに消えたのかというぐらい、ただ椅子に座って眠っているようにしか思えないグラニティス大将校閣下の姿がありました。


 はい、これでわかりましたが、お母様は獲物を追い詰めるように、細かいキズをつくり右足を潰して、抵抗する右手を潰して、首を切ってトドメをさした。


 これはトラウマに値することですわ。お母様。



_______


ちょっと体調を崩して、いつもより誤字脱字が多いと思います。後日、直しておきます。

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