第68話 この国の闇
中央に円卓が置かれた、広い部屋に通されました。恐らく黒竜騎士団の幹部の方が集まって話し合いをする場所なのでしょう。かなりの広さがあります。
その室内の端には長机の上に並べられた、ヅラの山……失礼しました。私が渡した証拠品が既に用意されていました。今日のことですのに、話が通っていたようです。
いいえ、お父様とお母様とお知り合いの方のようですので、事前に話が通っていたのでしょう。
「その辺りに適当にかけてくれ給え」
グラニティス大将校閣下は私達に円卓の席につくように言われました。しかし、その声を振り切って、壁の端に行くお父様がいます。
「うわぁー! 凄い量のカツラだね」
はい、その山のようなヅラはこの三年間の間に我が家の敷地内に飛ばされてきたヅラです。我が家はゴミ溜めではないと言うのに、不自然なほど飛んでくるヅラ。
はっきり言って北側から物が飛んでくる程の強風など滅多にないのです。
この国の南には海が広がっていますので、南からの湿り気のある風がこの時期には多く吹きます。逆に冬になると北にある山脈を越えて冷たい風が国に吹き下ろしてきます。
しかしですね。王都のガラクシアースの屋敷の北側に教会があるとしても、その奥には高台の上に王城がそびえ立っているのです。
王都の北側ならまだしも、南地区に建っている教会から我が家にヅラが飛んでくるほどの強風はほとんどないのです。百歩譲って紙ぐらいはありえます。しかしヅラは……もしかして紙と髪と神を掛けて……なんでもありません。
ええ、今では私は嫌がらせたと思っております。誰からのとは言いませんが。
「なんてお金の無駄遣い。やはり死滅させるべきだわ」
お母様。それはヅラを見て言っているのですよね。死滅させるのは教会の人ではなく、脱毛の話をしていらっしゃるのですよね。
「はぁ。私は席についてくれるように、お願いしたのだが?」
勝手に証拠品を物色している両親に向かって、ため息を吐きながらグラニティス大将校閣下が言われました。
「あら? ヴァルト。貴方達では教会に手を出せなくて困っているのでしょ? だったら、黙っていなさい」
お母様。相手は王弟殿下であらせられます。そのような、物言いはいささか不敬だと捉えかねません。
「はぁ。ガラクシアースには困ったものだ」
グラニティス大将校閣下がため息を再び吐かれたところで、室内に殺気が満たされました。私はすっとアルの手を引いて、出入り口の両扉がある付近まで下がります。
「ヴァルト」
お母様の声が室内に響きます。黒竜騎士団の団長様がお母様を牽制しようと、グラニティス大将校閣下の前に出ましたが、それより先にお母様がグラニティス大将校閣下の目の前に現れました。
「たかが王族のクセに、ガラクシアースを馬鹿にしないでもらいたいわ」
おおおおお母様! たかが王族のクセにとは言いすぎです! 王族です! 王弟殿下なのです!
「別に馬鹿にはしてはいない。殺気を抑えてくれ給え」
「だったら、黙って指でも咥えて見ていなさい」
お母様はそう言って、踵を返して何やらはしゃいているお父様の背後に陣取りました。
はぁ、よかったですわ。お母様が手を上げようものなら私は、お母様とグラニティス大将校閣下の間に入らなければならないところでした。
手を上げたお母様の前に出る事態にならなくて、ほっとため息がこぼれ出ます。怒ったお母様の相手は私も無傷ではすみませんもの。
「君たちは席についてくれるか?」
グラニティス大将校閣下は私とアルに視線を向けて、疲れた声で言われました。ええ、お母様から直接殺気を当てられれば、生きた心地はしなかったでしょう。
言われたとおり、私とアルは大きな円卓の席につき、向かい側にグラニティス大将校閣下が座り、その背後に黒竜騎士団団長様が控えました。しかし、その視線はお母様の行動を注視しているのか、斜めの方向に向けられています。
「前回ここに来た時に、茶菓子も出ないのかと怒られてな。せっかく用意したんだ。食べてくれ」
その言葉と同時に、入ってきたところとは別の小さめの扉が開き、そこからカートを押して入ってくる黒い隊服を着た女性がきました。顔色に血の気がないように思えるのは気の所為ではないでしょう。
黒竜騎士の女性はお茶と一口大のケーキが五つ並んだお皿を出して、逃げるように部屋を出ていきました。あの……凶暴な魔物と同じ檻の中に入れられたような態度はちょっと傷つきますわ。
グラニティス大将校閣下は出された紅茶を一気に飲み干され、大きくため息を出しています。
きっと前回お菓子のことで怒ったのは、お母様だと思うのですが、お母様は普段そんなことでは怒りません。何故ならお菓子がどれだけ高級品かご存知ですもの。
普通の貴族なら、もてなしが成ってないと言われそうです。
しかし、ここは黒竜騎士団の本部です。騎士団には貴族のマナーが適応されるとは思われません。
お菓子のことで怒るお母様に、違和感を覚えますわ。
私の隣に座っているアルは紅茶を一口飲み、グラニティス大将校閣下に話しかけました。
「閣下。ずいぶんとガラクシアース伯爵夫人に嫌われたものですね」
するとグラニティス大将校閣下は苦笑いを浮かべながら、背後に控えていた黒竜騎士団団長様に紅茶のおかわりを所望して、部屋の外に出るように促します。
「閣下。しかし……」
「構わん。凄く喉が乾いているんだ」
この部屋から出ていくことを躊躇している黒竜騎士団団長様を強引に退席させ、真剣な目をしてアルに向かって口を開きました。
「はっきり言おう。不可抗力だったと」
……全然話が繋がっていませんわ。その前の説明が抜けています。
「ネフリティス赤竜騎士団副団長。君はガラクシアース伯爵令嬢の婚約者だったな」
「はい。その通りです」
「いいか。この世には見てはならないものがある」
「……」
あの……さっきから文脈が繋がっていませんわ。何の事をおっしゃりたいのか、理解できません。
「この世は摩訶不思議なことで、構成されている。私は今でもあの時のことを後悔しているのだ。何故付いて行くと言ってしまったのか」
ええっと。これは不可抗力でお母様を怒らせる何かを見てしまったということですか? ん? 王弟閣下ですわよね?
王族関係でお母様と関わりがあるのは、第二王子の剣の修業の件と泉のダンジョンの件ですか。……これは嫌な予感がしてきましたわ。お母様の秘密を知って、殺されかけたのではないのでしょうか?
だったらお母様が一方的に嫌っている理由にもなります。
「ヴァルト」
お母様の声にグラニティス大将校閣下の肩が大きく揺れます。そして、自分は何もしていないと言わんばかりに、首を大きく横に振っています。
「言っておくけど、アルフレッド君は既に知っているわよ」
「は?」
「貴方達とは違って、フェリシアを可愛いと撫ぜ回していたわよ」
「可愛い? あれを? 隊が全滅したが? 兄上だったモノが止めなければ、私は死んでいたが?」
グラニティス大将校閣下が言葉を口にしていくごとに、お母様のまとっている雰囲気が怪しくなってきました。
これでは私はかばうことはできませんわ。
一口大のケーキをパクリと食べて、
お母様、完璧に人殺しの顔になっていますわ。
仕方がありません。
「お父様、このケーキ美味しいですわ。お母様と一緒にいただいてはどうでしょう?」
一人楽しそうにメモ書きのような紙を眺めていたお父様は、満面の笑みを向けてきました。
「え? そうなの? エミリア。食べようよ」
気配もなくお母様に近寄ったお父様は、お母様の上げられた手をとって、広い円卓の上に置かれていた茶菓子の前に座りました。
「そんなに怒っていたら、エミリアの可愛い顔が怖くなっているよ」
「私の顔はいつもと変わりません」
結局お母様の対応は、お父様に任せた方が一番いいのです。ええ、お母様の手刀を受けて『痛いよ』で済んでいるのですから。
しかし、お母様の王族嫌いの根源は、このあたりにありそうですわね。
「ガラクシアース伯爵令嬢、助かった。先程の非礼を詫びよう」
「私はグラニティス大将校閣下から何も謝られることは、されておりません」
ええ、グラニティス大将校閣下との間にある確執は、お母様との間にあるのですから。
「そうかい? 気にしていないなら、良かった。しかし、ネフリティス赤竜騎士団副団長。君の度量の大きさには感服する。流石、名実共に赤竜騎士団を引っ張っていっていることはある」
それはどうなのでしょう。一応、団長は第二王子ですわよ。……ということは、第二王子は所詮お飾りでしかないということですか?
「私は副団長の地位にいますので、赤竜騎士団をまとめているのは、ジークフリート団長です」
「ジークフリートか。兄上と同じで依代として、生かされた王子だ。赤竜騎士をまとめる者としては問題ないが、これからの戦いは厳しくなるだろう」
あら? 先程から思っていましたが、この方は覚えているのですね。この国の闇で繰り返されていたことを。
王族の方だからでしょうか?
「それから今朝早くに、ネフリティス侯爵が押しかけてきて、色々尋問されたのだが、あの堅物に面倒なことを言ったのは誰かな?」
尋問されたのですか? 王弟殿下とあろう方が。
それにその事を言ったのは私ですが、聞き出したのはお母様です。
「面倒なこと? 大事なことでしょ?」
私から聞き出したお母様が、馬鹿な者を見下すような視線を向けて言ってきました。その隣では、口の周りにクリームを付けながらケーキを食べているお父様がいます。お父様、口元を拭ってください。
「結局、この国の地下に潜んでいる闇にも手を出せずに、教会にも手をだせない。こんな体たらくな騎士団は必要なのかしら?」
お母様。その言い方はちょっとキツ過ぎませんか?
「言っておくが、両方ともおいそれとは手を出せない」
「あら? 公爵家の一つや二つ潰せばいいのよ。何の為に王族の貴方がここに配属されていると思っているのかしら?」
「うぐっ」
……今、とんでもないことを聞いてしまったようです。これは国の裏社会にどこかの公爵家が関わっていると言っているのですか?
「まぁ、この国は周期的に未曾有の危機に瀕してしまうから、付け入りやすいのは理解できるわ。でもね、それを排除するためにアンヴァルトの魔眼持ちと王族を配属しているのよね。自分の役目ぐらい果たして欲しいわ」
これはお母様が一方的に嫌っているというよりも、役目を果たしていないグラニティス大将校閣下に対して、怒っているのだと思います。
ガラクシアースは国の守りではありますが、王都内の事には手を出してはならないとお母様から厳しく言われた記憶があります。
ですから、私も役目を果たすときは王都の外で行うのです。ええ、王都から一歩でも外に出れば、王都内のことではなくなるのですから。
「うぐっ」
しかし、王弟殿下と地位にいるにも関わらず、お母様に言いたい放題されていますわ。
やはり、足を悪くされているのが、行動の低下と共に、思考の低下を招いているのでしょうか?
「あの……」
「何ですか? フェリシア。今は貴女が口を挟むところではありません」
「そうなのですが、グラニティス大将校閣下の悪くされた足は治らないのでしょうか?」
私が尋ねますとお母様が視線を泳がし始めました。
もしかして、本当にお母様がやらかしたですか?
「うん! そうだね!」
お母様の隣で口の周りにケーキのクリームを付けたままのお父様が声を上げました。お母様、何を驚いていらっしゃるのですか? 子どもの頃のエルディオンみたいな食べ方をするのは、今に始まったことではありませんわよ。
「フェリシアに治してもらおうと思っていたんだよ。いつだったかなぁ。エミリアが王族を半殺しにしたって、言っていたことがあったから」
そうですか。それは泉のダンジョンであの存在に竜人の姿になるまで魔力を取られて、怒り狂ったお母様が、目撃者全てを始末しようとされたのですね。それで部隊が壊滅して、当時第四王子だったグラニティス大将校閣下の片足に後遺症が残るほどの怪我を負わせたのですね。
「え? シアが俺以外のヤツの治療をするのか?」
私の隣から何故か、不穏な空気が噴出してきました。アル、何を言っているのですか?
__________
書籍化決定の報告です。
近況ノートにも投稿しましたが
小説家になろう様で開催していた第11回ネット小説大賞で受賞いたしました。
この度、金賞をいただきまして、
この作品の書籍化とコミカライズの確約をいただきました。
まだまだ先のことですが、書籍化したからといって、削除いたしません。
作品の方もまだまだ続きますので、今後ともよろしくお願いします。
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