第67話 暗黒竜の名を呼ばない理由
私は今、異様な空気に満ちた馬車に揺られて移動中です。今日は私が昨日言っていた植物園の行っていない場所の散策に行く予定でした。
いいえ、現在進行中で向かっていると言ってもいいのかもしれません。
私の隣にはいつもどおりアルが座っています。ただ、いつもは進行方向に向かって席についているのですが、位置的には逆で進行方向に背を向けて座っています。
なぜなら、向かい側にはお父様とお母様がいるからです。
別に親同伴のデートではありません。今向かっているのは、王城内にある黒竜騎士団の本部です。そこには私が渡した証拠品の数々があります。ですので、お母様に見てもらって、黒竜騎士団の方からの話を聞いてから、後日に教会へ行ってもらうという流れなのです。
本当は別行動する予定だったのですが、お父様が私もと言われましたので、渋々ついて行っているという状況です。
そして異様な空気になっている理由はお父様の一言が原因でした。
「フェリシア。エミリアに与えられた仕事はどうだった?」
お父様が良くわからない質問をしてきました。お母様から与えられた仕事とは、何のことを指しているのでしょうか?
エルディオンのことですか? それともクレアのことですか? それともアルの婚約者の立場を意地でも守るということですか?
「お父様。曖昧すぎてどれのことを言っているのかわかりません」
「ん? 泉の儀式のことだよー」
泉の儀式と聞いて私の失態が思い出され、イラッときました。私の魔力の殆どを奪われてしまい、人の目に竜人の姿をさらしてしまった失態。
私とお母様から殺気が漏れ出ています。よくお母様の前で、何事もないように口にされましたわね。
「どうもこうもありません。お母様から聞いていて、よく私に質問できましたね。お父様」
お母様から何があったのか聞いていれば、この話は禁句だとわかりますよね。特にお母様の前では。
「えー。エミリアは全然教えてくれないんだよー。言いたくないって」
それは言いたくないでしょう。
お父様、隣に座っているお母様が人殺しのような目で、お父様を見ていますよ。
「何があったのか知りたいよね。場所も秘匿にされた泉のダンジョンって興味そそられるよね」
「そそられないでください。それから、気になったのですが、暗黒竜の名は出してはいけないのですか?」
私はお父様の質問を無視して、話を変えます。この話題を続けますと、きっとお母様の手がお父様の首にかかると思いますわ。
「しー!」
私が暗黒竜の名を出すと、お父様は人差し指を立てて、口の前に持ってきて話さないようにという仕草をしました。
「アレはね。封じられてても生きているんだよ」
まぁ、そうでしょうね。暗黒竜をその身を犠牲にして封じ込めている、あの存在がいる時点で生きているでしょう。
「約二十年に一度の頻度で顕れる理由は考えたことある?」
……はっきり言って、前回の暗黒竜の残滓が存在していた時は、私は生まれてはいませんでした。そして、お祖母様に会うことがなければ、知ることも無かった名です。
普通であれば繰り返される危機に、子どもたちに言い伝えるべき事柄のはずですが、今まで隠されてきたかのように『暗黒竜の残滓』という名を聞いたことはありませんでした。これはおかしなことです。
国を滅ぼしかねない脅威に対して、知を与えないように隠されている。ですのに、繰り返されることを聞かれているのです。
「それはただ単に、神王の儀が行われているという意味ではないですよね」
お父様の問いに、アルが確認のように聞き返します。神王の儀が行われるから、それに合わせるように暗黒竜の残滓が出現する。
そう、あの存在が泉のダンジョンの真上で押さえ込んでいるものの、度重なる戦いで弱っていき、新たな力を集める為に新しい依代に宿る。そして、神王の儀が行われ、新たな力を得るまでの間に暗黒竜の残滓という物が各地に顕れ始める。
「違うよ。そもそもの問題だね。何故、残滓と呼ばれるモノが顕れるかということだね」
暗黒竜の残滓が顕れる理由ですか? 考えたことはありませんでした。私の中にあるのは、人から聞いた話ばかりですから……いいえ、実際にこの目で確認しましたが、私にとって、そこまで脅威にはおもわれませんでした。
あ……もしかして、アレが何かのヒントだったりしますか? あの存在が言っていた言葉です。
『暗黒龍の残滓は暗黒龍そのモノだと言って良い。自由にならないその身を魔物に移しているんだよ。たとえ倒したとしても、それは暗黒龍と繋がっている』
これは常に自由を得ようと、もがいているということでしょうか?
「お父様。それは封印から解放されようと常に窺っているのでしょうか?」
「そう! アレは虎視眈々と息を潜めている。それじゃ、規則性もなく国の各地に出現する意味は何かな?」
「え?」
規則性もなく各地に顕れる意味ですか?意味があるのですか?
「ほら、考えたら神王が王都にいるっていうことは、王都に封印されていることがわかるよね。だったら王都だけを一方的に攻めればいい。だけどそうじゃない」
王都だけを攻めればいい。確かに封印されている本体を解放するには、あの存在を完膚なきまでに倒せば、本体は解放されると思われます。しかし、暗黒竜の残滓は各地に顕れ、破壊を繰り返しているのです。
「何かを探しているのか?」
隣からアルの独り言が聞こえてきました。何かを探しているですか。それでは王都以外も顕れる理由にはなります。
「そうだよ。アルフレッド君。それが何かと、知っていても知らなくても話してはならない秘密のことだ。だから僕たちはアレの名を呼ばない。アレは常にこちらを窺っているのだから」
だから、国の一番脅威になる暗黒竜の残滓の話を、今までされたことが無かったのですか。
きっとあの存在が封印の時に何か仕掛けをしたのでしょう。簡単に復活できないように。
ふと、私の脳裏に悲しそうな表情をしている妖精様の顔が浮かびました。封印するしかなかったと、おっしゃっていた妖精様。
言葉からその戦いは壮絶だったのだと感じました。そして、倒しきれずに封印という選択肢しか無かったのでしょう。
「それでフェリシア。エミリアに言われた……痛いよー。エミリア」
私がせっかく話を変えたのに、戻してきたお父様に向かってお母様は首に手刀を落としてきました。
……あの手刀、硬い鱗状の甲羅に覆われた
手加減しているとはいえ、『痛い』で済むものなのでしょうか?
お父様が頬を膨らませながら、お母様に抗議をしていると、馬車がガタンと揺れ止まりました。目的地の黒竜騎士団の本部に着いたのでしょう。
外から馬車の扉が開けられました。そして、先にアルが降りるのかと思っていたら、お父様がさっさと外に出ていってしまいました。
お父様。ご自分が伯爵という自覚はありますか?
お母様も私と同じことを思っているのでしょう。私の耳に舌打ちが聞こえてきました。
「見た目で勘違いされるから、私が先に降りると言っていましたよね!」
何か恐ろしいことを口にしながらお母様が馬車を降りて行かれました。
確かにお父様の見た目では、伯爵という威厳は皆無です。滅多に領地から出ないお父様の容姿を知らない方から見れば、ガラクシアースの一族の誰かと思われても仕方がありません。
ただ、お母様が先に降りるということは、馬車留めの前で待っている方々を有無を言わせないように威圧すると、聞き取れます。恐ろしいですわ。
「アル様。私達も降りましょうか」
「……」
何故、無言なのでしょう。視線は私に向けられていますので、私の言葉が聞こえていなかったわけではないと思います。
「アル様?」
どうしたのでしょうと首を傾げます。
「こんなに可愛いシアを他の男の前に連れ出すなんて……」
あの? 別にいつもと変わりませんわよ。あっ! いつもと違うといえば、今日も植物園にこの後にいきますので、妖精様の青い花を髪につけています。
花に合わせるように涼やかな水色の外出用のドレスを着ていますが、ただそれだけです。
「アルフレッド様。ガラクシアース伯爵様の要望でございます」
いつもは同じ馬車の中にいる侍従コルトが外から声をかけてきました。帰りは別行動になりますので、別の馬車の方に乗っていたのです。
「はぁ」
アルは大きくため息を吐いて、重い腰を上げて、馬車を降りていきました。差し出されたアルの手を取って、馬車から降りますと、知っている方と知らない方がお父様とお話しされていました。
一人は黒竜騎士団長様ですね。黒髪に黒目の魔眼持ち。リヒターリオン・アンヴァルト様です。
もう一人の方は薄い金髪の体格のいい人物です。年齢的にお父様とお母様よりも少し上ぐらいでしょうか? 第一線で働いているというより、業務管理の上官の立場の人物にみえます。
ええ、右手に杖を持って体幹が少し歪んでいますから、右足を負傷したか無くしたかしたのでしょう。
「大将校閣下……」
隣のアルが珍しく唖然としています。その名前は今も朝聞きましたわ。ネフリティス侯爵様から脅され……失礼しました。三週間前にあったことをお聞きになろうとされたときに出された名前です。
それにしても、お父様と親しげに大将校閣下は話されていますので、お知り合いなのでしょう。
「フェリシア。こちらに来なさい」
お母様に呼ばれましたので、アルと共にお母様のところに向かいます。
「ヴァルトカナード・グラニティス大将校よ」
グラニティス? ……どうしましょう。貴族の名前として出てこないですわ。アルに恥をかかせないように頑張って覚えてきましたのに、肝心なところで出てこないですわ。
「ヴァルトはこの前使い捨てにされたギュスターヴの弟ね」
「相変わらずエミリアレイアは毒舌だな」
あっ! 王弟ヴァルトカナード様です! 三人いらっしゃる王弟の一番末の方です……あら? もしかしてお父様より若いのですか? 失礼しました。
「ヴァルト。長女のフェリシアよ」
「フェリシア・ガラクシアースと申します」
私はお母様から紹介されましたので、深々と頭を下げたカーテシーを行います。
「うむ。面を上げ給え。しかし、君たち一族は区別がつかんな」
頭を上げて良いと許可がでましたので、頭を上げてグラニティス大将校閣下を見上げます。
王妹であるネフリティス侯爵夫人と似ているかと言われれば、似ていないこともありませんが、どちらかと言えば第二王子にそっくりなギュスターヴ前統括騎士団長様に似ているような気がします。
「ヴァルト。左足ももがれたいのかしら?」
「ハハハハハ。話は中で聞こうか」
……あの? お母様。大将校様の足の怪我はお母様の所為とかではないですわよね。
薄い金髪のガタイの良い大将校閣下は右足を引きずるように建物の中に入って行きます。その大将校閣下の背後を守るように、黒竜騎士団長様もついて行っています。
「あの、アル様。私、グラニティス家という名に覚えがないのですが、どの地位になるのでしょうか?」
貴族のマナーとして全ての貴族の名前を覚えたつもりだったのですが、まさか王弟の名を覚えていないという、とんでもない失態を披露してしまう前に、確認しておかないといけません。
「グラニティス家は騎士伯だ」
「え?」
まさかの王弟の方が騎士伯に留まっているのですか?
「見てのとおり、黒竜騎士団の指揮官だな」
わかりませんわよ。指揮官と言われましても、足が不自由な以外は、鍛えていらっしゃるのが見て取れますので、実質的に御本人が動いているのではないのでしょうか? 第一線というのは難しいでしょうけど。
「閣下の希望で、騎士が名に付いていて格好いじゃないかという理由で、騎士伯を賜ったと聞いた」
とても変わった御方であることが、わかりました。そうでしょうね。あのお父様と普通に話ができている時点で、変わった御仁なのでしょう。
はい。お父様は誰に対しても口調にお変わりがありません。今朝のネフリティス侯爵様との会話を聞いていてもおわかりのように、私達子供に話す言葉と何ら変わりない話し方しかしないのです。
それを許せないのが貴族社会というものです。
ですが、グラニティス大将校閣下はそんなお父様と気を悪くすること無く、話されている時点で変わった方なのでしょう。いいえ、そんなお父様や毒舌を吐くお母様を許せる奇特な方だと、お見受けできました。
補足:犰狳(きゅうよ)とはアルマジロです。ペルテフィルスは絶滅した種です。大きさは50cmほどです。が、シアが巨大なと言っているので、グリプトドン科ぐらいの2.5mぐらいってことで……
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